ゆかりなさんと。

遥 かずら

第1話 ゆかりなさんと俺。

 「あのね、わたしがいつも遊びに行ってる部活の先輩に、前から告白されてて……ずっと保留にしてたんだけど、付き合うって返事しようと思うんだ。高久くんはどう思う?」


 いつもの帰り道、会話の流れが一瞬だけ途切れたと思ったら、突然こんなことを言い出した。用意も出来ない答えを待つよりも先に、ゆかりなさんは決心をしたみたいだった。


「よし、決めた。まずは付き合ってみる! 合わなかったら別れよう。うん、それだ」


「ま、待って、それって急すぎるよ。何でそんな急に思い出したように言うのさ……」


「何か急に思い出した。や、でも心配しなさんな! わたしはたぶん、他の人のものになるから、高久くんはもう何も心配要らなくなるよ。いっつも送ってもらったりしてるし、それって罪悪感があるわけさ~」


「いやいやいや、困るよ」


「んー? どうして高久くんが困るの? 自由になれるぜ? わたしのような妹と歩いたりしてろくに彼女も出来ないでしょ? これはきっとチャンスなのだよ。そんなわけだから、先に家に帰っとくよ! 慌てず急がず、高久くんはゆっくりと帰ってきたまえ! じゃあね」


 言葉を失った俺は金縛りに遭ったかのようにそこからしばらく動けなかった。突然あんなことを言い出した妹。そして密かに妹を想っている兄の俺。この関係は簡単じゃない。そもそも、一般的に妹に対して「さん」付けで呼ぶことは少ないはずだ。そして、兄に対してリスペクトしているような欠片も見られない「くん」付けは、言われてムカつくというとそうでは無く、むしろもっと呼んで欲しいとさえ思っている。


 連れ子同士の兄妹は、血の繋がりが無い。年齢も同じ。だから恋だって出来るし、結婚だって出来る。でもそう思っているのは、たぶん俺だけ。密かに想いすぎる俺と、俺に対して何を考えているのか分からないゆかりなさん。他人行儀のようにゆかりなさんと呼んでいるけど、実は結構好きな響きでもある。


 あぁ、それにしても部活の先輩に告られてるのか。その時点で先手を取られてるし、いやそれよりも俺の気持ちを知ったらきっと、蔑むような目で「は? 冗談キツイぜ。もう呼び捨てで呼ぶけどいいよな?」なんてヤンキーのように豹変しそうで怖い。


 でも想ってるんだよな、妹のゆかりなさんに。どうにかして、血の繋がりが無い妹と恋をしたい。弱い立場でも何でも構わない。だから、どうか……俺にチャンスを……ということで、巡って来たチャンスを早くも消費なわけですが。


「えっと、こっちは高久くん」


「ど、どうも。ゆかりなさんがお世話になってます」


「はぁ……そうですか」


 あぁ、やばい。絶対、むかついていらっしゃる。ゆかりなさんが言っていた部活の先輩さんと俺とでデートに来ていた。俺はただの付き添いです。どうしても気になって、俺は付き添いをしたいと言い出していた。


「ゆかりなさんのデートに付き添いたいんだけどいい?」


「高久くんが? 何でまたそんなこと言い出すのかな?」


「えーと、し、市場リサーチだよ、うん。ゆかりなさんが求めている物についてのリサーチをしたいわけでして……行ってもよろしいか?」


「ぷっ、変な日本語。ナニ人だったっけ? てか、いいよ。デートってほど大層なものじゃないし」


 そして今まさに、明らかに部活の先輩にめっちゃ睨まれております。ええ、何で付き添ってやがんですか? なんて思われているに違いありません。


 ゆかりなさんのリサーチを……もとい、妹の傍にいたいだけなんだよ。ただ何が不思議かって言うと、付き添いしたい! って言ったことに対して、ゆかりなさんは何も不思議がることがなかったこと。


 お互いに好意を、ではなく、兄が好きで好きでー! な妹ならともかく、彼女作っちゃいなヨ! なんて応援までしてくれる妹なのに、デートに付き添う兄とか嫌じゃないのかい? すごく嬉しいんですけど。期待が膨らんでしまいますが、よろしいのでしょうか。


「……あ、どぞ。俺に気にせずにパシャっと撮影しちゃってください」


「高久くんもフレームに入る?」


「えっ!? いやいやいやいや!! 悪いって!」


「ん? 何で? わたしは気にしないよ? ですよね、先輩!」


「――あ、うん」


 早く帰れよと鋭すぎる眼光で訴えられている最中なんですが、ゆかりなさん。俺も同じフレームに入っちゃっていいすか? いや、入りたいです。ゆかりなさんと笑顔の撮影に挑みたいです。


 そして結局、ゆかりなさんの初デートは本人曰く、成功したらしい。もしかしなくても、俺が付き添ってくることを想定済みなんですか? それは何かのフラグが立っちゃいますかね? いや、落ち着け俺。


「高久くん、このまま家に帰る?」


「いやっ、全然ヨユーですけど。何か食べる?」


「なるほどね。そっか、オッケ。帰ろうか、マイブラザー」


「へ? あ、もういいの? じゃあ家に帰ろうか」


「先輩のこと、どう思う?」


「俺が……!? いや、色々鋭かったですよ?」


「ん、理解。じゃあ、もう少し様子見ときます」


 よく分からないけど、俺の意見は何かを導くことになるのですか? ゆかりなさん、教えて欲しいです。


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