第五十三話 類は類を呼び、それと比例するように広がるネットワーク。


 ……同日の同時刻。


 公営住宅の近くにある美容院・ミザール。そのまた近く……お隣と言っても過言ではない喫茶店。小さな小さな喫茶店・スモール。男性が入ってきた、一人で。


 カランコロン……と、効果音付き。


 足も留めず男性は歩く近づく、近づいてくる。

 わたしのいる席の傍まで。


「お兄ちゃん、遅~い」


伊都子いつこ、待たせたな」


 わたしは平田ひらた伊都子。自称だけれど演劇部の部長。


 わたしが「お兄ちゃん」と呼んでいるこの男性は、兄妹ではなく正確には従兄妹で平田宏史ひろし。何とあのミズッチの……いやいや我らが顧問の、瑞希みずき先生の彼氏。それがもし結婚まで至るのなら、わたしは瑞希先生の義妹……まあまあまあまあ、兎も角お兄ちゃんに大いなるチャンスを作ってあげた。このままだと、本当に疎遠になりそうだから。



 負けてほしくないの、中坊なんかに。

 特に、あんな生意気な中坊なんかに。


 噂によると、川合かわい君と親密な関係にあるらしい。それって問題じゃないの? ねえ、あなたはどう思う? 教師と生徒……そんな関係になったら大問題。ミズッチヤバいよ。


 これはね、それを阻止する聖なる行動。

 学園の秩序を守る大切なこと。きっと正義は勝つからね、胸張れ! わたし。



「お兄ちゃん、相談してみてくれた?」


「ああ、演劇部のインストラクターの件だったな」


「瑞希先生は了解してくれたわよ。明後日の午後、学園で打ち合わせしようって」


 ホッと安心。その様な趣で……

 そう顔に書いてあるわよ、お兄ちゃん。察しの通り何かで喧嘩していたようね。


「僕の方も北川きたがわ座長に許可を貰った。

 しっかりやってくれとの、お言葉も頂いてな」


 思えば、……そう。

 羨ましいよ、ミズッチが。


 一人称が『俺』の、川合君。フルネームは川合未来みらい。……何か女子力アップのようなお名前だけれど、それがどうして、イケメンって感じだ。あくまで見た目だけ……


 それに対して、お兄ちゃんは一人称が『僕』……見た目もナヨッとした趣だけれど、そうね、別の意味でのイケメン。宏史という名前も逞しくて男っぽい。負けてない。


 だからね、


「ありがと、お兄ちゃん。

 じゃあ、チョコパフェだね、ご褒美に」


「お前は、チャッカリしてるな」


「うふふ、だって、ここのチョコパフェおいしいのよ」


「はいはい、わかったよ」


 と、面倒臭そうな口調も交え、お兄ちゃんはウェートレスに声を掛ける。そのウェートレスは俯き加減。緊張しているのか、注文を復唱するも吃る。注文の品は、チョコパフェとウインナーコーヒー。そして今一度のプロフィールを行う。お兄ちゃんの……


 くどいようだけれど、わたしではなく、お兄ちゃんの。


 平田宏史。現在、千里せんり芸術大学院に通う学生。そして、北川みつるが率いる……瑞希先生のお兄さんが団長を務める、劇団山越仲良やまごえなかよし座に所属する団員さん。


 この度、これを機会に、


 わたしはミズッチ、瑞希先生……北川瑞希と密かに相談していた。女子の間で流れる情報の速やかさと正確さは、何処まで信憑性があるのか。そのことも視野に入れながら、探りも入れながら、様子も窺っていた。……まあ、相談の内容は、これまで演劇部にはインストラクターは存在していなかった。確かに部員二名だけの部だから、だけれど、この後は五名まで増員する予定だ。そこはミズッチに賭けている。ならば文化祭で劇をするお話を知ったことで、専門の人に教わる必要があると思ったので、お兄ちゃんを起用するようにと、ミズッチ……あ、いや、瑞希先生に促す運びとなった。


 それが、その第一歩が明後日……

 六月三十日の午後に、実行されるのだ。



 ……と、その前に、

 駆け出す月曜日。マンデー。



【川合未来の視点】


 今日から新たなる週。だけども、六月も終わりを迎える。

 六月は、俺の誕生月。……水無月の男だ。


 まるで詩人のようで柄ではないが、まっ、お話は勧める。兎も角、新しい季節だ。


 その象徴なのか?

 ただ俺は、いつものように教室に入っただけなのだが、驚くべきものを見せられた。


 それが今日の、俺の行動を狂わせることとなったのだ。


 それは何か?

 それは、あの早坂はやさか海里かいりが教室に入ってきたからだ。


 いつもなら俺は、慌ただしい朝には声を掛けないようにしていた。だけれどこの時ばかりは、思わず……思わず声を掛けようとしていて、距離を詰めようと足が動いていた。


 しかし彼女は、それよりも早く、クラスの女子どもに囲まれてしまった。


 あっ……

 と、手を差し伸べる素振り……も手伝ってか、我ながら間抜けなポーズ。


 炸裂する井戸端会議的なお喋り。

 俺とは関係ない内容で……まあ、なくもないけど、それほど興味はない。


 ただ思うことは、


『――まったく、いつもは静かなのに、

 うちの女子どもは、ここぞとばかり、彼女に話し掛けてくる』


 まあ、わからないわけではないけど……


 ミズッチが、彼女と仲良くしてあげてほしいと、皆にもお願いしていたから、確かにそうなのだろうけど、それだけとは思えない。転校生ということで興味津々なのだろう。


 そして、その女子どもの話し声に便乗し、俺が彼女の何に驚いたのか、次の言葉だ。


「海里さん、またイメチェンしたの?」


 と、そんなところだ。短いものは長くならないが……つまりはその逆だ。



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