第二十六話 井戸の中の蛙だったのか? いつの間にか巻き込まれていた。


 ……前回から引き続き、お話は川合かわいときの回想の只中ただなかにある。


 ここで念のため、

 時間軸に混乱が生じないように付け加えるが、昭和の六十一年。


 西暦では一九八六年で、舞台は私立大和やまと中学・高等学園となる。恐らく町や市をも超えて、府でも初となる中高一貫の学園だ。……後にわかることだから、まだ事情というべきか、詳細は伏せておくが、よく入れたものだと我ながら思いつつも、五月雨さみだれ間近まぢか……。



 高等部二年生になったのなら「進路進路」と、この頃から大騒ぎになるものだが、まだネズミのいじめが続いているのだから、……まったく呆れる。


 中途半端に平和だから、持て余しているのか?


 ったく、それが原因だと気付かず、性懲りもなくまた、

 本田ほんだ美津子みつこは情報屋の勧誘を、今行われている回想のように、また精密なベアリングのようにクルクルと、プツンと糸の切れた凧のように繰り返していた。


 他の奴は勧誘しない。

 あくまで俺にだけだ。何故なにゆえだ?


 勧誘のお言葉は左の条々(webならしもだが……)で、


「今の学園には情報屋が必要なの」

「君の力が必要なの」で、仕舞しまいには、

「正義が必要なのよ」と、いう具合に『必要事項三段攻め』だ。


 梅雨はまだだけど、本当に鬱陶うっとうしい。あと、


 某時代劇の役になりきっているのか、……キャラが暗い。アイドル系のその顔には不似合いだ。おまけに棒読み。まだまだあるけど、


 もっとオリジナルに、もっと台詞せりふに感情を込めて、同じ勧誘をするのであれば、それくらいはしてほしいものだ。……とはいっても、


「情報屋とは何ぞや」と声を上げる以前に興味なし。スルーだ。


 ――しかしな、それを決め込むにも限界があるぞ。


 と、そんな思いからか、

「……まあ、情報屋に報酬があるっていうのなら、話にも乗るがな」という感じでハッキリ声に、言葉に変わって出てしまった。その結果、俺は「アワワワ」と慌てる。


 それとは対照的に、彼女の微笑ほほえみが、そばに現れたのだ。



 昭和五十九年に最後のとりでにいたポニーテールの天使のような想い人のことを、一時でも忘れさせられそうな笑顔。……初めて見た美津子の笑顔だった。


 勧誘から始まり三か月という期間、

 本当に短かった。『情報屋稼業じょうほうやかぎょう』を結成して間もなく、突然の最終回。


 美津子が、情報屋を辞めた。


 ……理由がなくなったのだ。時流が、いつの間にか問題を解決していたのだ。ネズミはたくましくなった。自力でいじめを克服したのだ。


 本当は嬉しいはずだった。

 俺ではなくて、美津子が……。でも、暗雲漂う表情をしていた。


 俺は傍観者。これからもそうだ。

 正義の味方が嫌いだ。クソくらえだ。


 それでもな、興味を持てるものは金。美津子の言葉を当てはめるなら、

「今の家に必要なものは金」「収入が必要だ」……と、いうことになる。


 学園から徒歩五分に位置するアパート。そこが住処すみかだ。

 前に居たルームシェアの場所から、そんなに離れていない同じ千里の町。でも、俺にとっては一駅隔ひとえきへだてるほど遠い場所。想い人とは、それ以上に遠い場所に感じられる。


 そんな毎日。もう住む世界が違うのかさえ思っていた。


 今は母、

 母親、お母さん、母さん。……一番の後者だ。『川合』という名字で、俺は母さんと一緒に暮らしていた。川合という以外、他の名字を知らないから。アパートは古い。階段のさびはウェザリングではなく年季が入っている。六畳二間。キッチン、かろうじて水回りスペースを確保する。見ての通り母子家庭。表現が困難極まる貧乏ぶり。



 お袋、それは卒業後もっと後で……やはり母さん。


 生活保護は受けられずで、

 日々、お弁当屋さんのパートに勤めていた。俺もアルバイトを考えていたが、やはり校則では禁止。それでも校則の網を潜って夜間、スタンドのあんちゃんを演じた。


 情報屋は一度も稼業にならずに消滅した。


 美津子は人形のように動かない。以前の彼女はもういないのだ。再開のきざしも見えずもどかしい丁度ちょうどそんな時だ。……俺は、もう事件に巻き込まれていたのだ。


 情報屋は、美津子だけではなかったのだ。


 つまり情報屋は、俺たちだけではなかったのだ。それも大きな組織で『情報屋稼業』としてまかり通っていたのだ。その口のターゲットに、俺はなってしまったようだ。



 ――待てよ?

 なぜ狙われる? なぜターゲット?


 その二つの疑問から、まるで連鎖反応を起こしたように次々と、俺の脳内で疑問が巻き起こってくる。パチンコならフィーバーだ! そもそも情報を提供するところまでが『情報屋』の役目ではないのだろうか? 武器やアクションは必要ないと思うのだけど、この学園の『情報屋』は、意味を取り間違えているようだ。


 なら、情報には情報?


 と、いうわけでもないけど、

 けったいな話だが、その情報……『俺が情報屋に狙われている』ことを教えてくれたのは、この学園の『知新館ちしんかん』と呼ばれる三階の建物。その中にある一階の食堂で、いつもパン売り場にいる白の割烹着かっぽうぎのおばちゃんだ。……しかし、ほとんど面識がなかった。



『この学園にはね、大きく三つの情報屋稼業が存在する。音羽おとわ久保くぼ網川あみかわの三つ。その三つのグループを一つにまとめようとする動きがある。収集という綺麗な言葉ではなく潰し合い。力のあるものが生き残る世界。……力あるなら、この音羽に貸してほしい』



 ――と、何ということだろうか。


 昼休み早々この人込みを駆け抜けて、まるでヘッドホンでもしているかのように、直接脳に語りかけてくる。雑音の中にも拘らず存在感満載で、淡々とした中年女性の声が聞こえる。……また忍者の如く、周りの奴らには聞こえない仕掛けのようだ。



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