5

 ブックカバーを無料でしてもらい、周りからはどんな本を読むのか分からないようにする。


「それにしても物珍しいね……」


 長塚は俺が何の本を買ったのか分かったらしく、そして、それが俺のイメージと会わないような言い癖で言った。


「この世界は意外と面白いかも……」


 そんな事を呟くと、クスクスと嬉しそうにカフェオレを最後の一滴まで飲み干した。なんだか、嫌な予感しかしない。


 そして、奪った泥棒女に目を向ける。


「……で、なんで俺の本をいつまでもっているわけ?」


「このシリーズの続き今日だったのね。少しの間借りておくわ。大丈夫、本に傷つけるような行為はしないつもりだから」


「普通、俺が読んでから借りるものだろ?」


 と、順序というのがすべておかしい。


「……それでこの後どうする? なんなら長塚の魔法が見てみたいな」


「なら、私の森にでも来る?」


 と、適当にそんな事を言ってみたのが意外とあっさりと意見が通ったようだ。だが、『私の森』というのは一体何のことだろうか?


「それで、あなたの家はどこにあるの? そこは静かな場所?」


 と、時坂もまた表情では嬉しそうにあらわにはしていないが、内心、ちょっぴり嬉しそうな好奇心というわくわく感がなんとなく言葉の波動からスピード感から伝わってくる。そして、俺も気になっていた。魔女の家————


「この近くだよ。周りは自然が多くて、動物たちが住んでいる。風も涼しく、くうきもおいしいところだよ」


 話していることが嘘っぽくて、理解できない。


「つまり、そう言った幻術で作ったあなたの家がここにあるという事ね。桐谷君、彼女の家に行ってみましょう。ここだと、静かに本も読めないから……」


 時坂が俺に誘いの申し出をしてきた。もちろん、断る余地もない。


「そうだな。ここだと、これからの事も長塚の魔法についても話せないからな」


「私は別にいいよ。魔女の家は人を寄り付かせない。だけど、魔女が許した者なら出入りができるというのが向こうの世界の常識、つまり、家に入れるって事は魔女から信頼されているって事なんだよ」


 ふぅ、と長塚は息を吐いた。


 女=魔女というのは鉄板である。魔女は魔法の心理、つまり真髄しんずいを探求し、成し遂げた者の事である。


 魔法とは一つの魔法から生まれたものだと言われている。


 その一つの魔法というのは何なのかは誰も知らない。だが、始まりの魔法使いがその真髄を知っているのだと、俺はこの時代のネットのアーカイブで調べたことがある。長塚の姿、その雰囲気から見ると、まだ、その真髄には到達していないような気がしている。


「あ、そう……」


 俺は目に入った誇りを落としながら長塚の話を聞き流す。


「…………」


 長塚は黙ったまま俺を見つめてくる。テーブルに肘をつき、手に顎を当てているその姿勢は俺の方角からして、ちらっと、胸が見えるくらいの角度だ。


「さて、それじゃあ私の家へ行こうか。ここでは見せられない魔法を見せてあげるよ……。それにもしかすると、この世界が存在する理由も分かるかもしれない」


「あなたがそういうのなら試してみる価値はあるわ。それで、一つだけ聞きたいのだけれど、魔法には時間の移動や場所の移動の魔法ってあるのかしら?」


 時坂は俺の本を閉じて長塚に訊く。


 どうやらそれが目的と言ってもいい様らしい。


「あるよ。家の書庫を調べれば出てくるかもね。と言っても魔導書だけでも千以上はあるから一日では終わらないと思うよ……」

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