我が愛しの化け物へ
砂原樹
【第一部】魔女と奴隷
prologue 断絶の古城
気がついた時には、すべてが終わっていた。
熱い。
身体が、燃えるように熱い。
いや、実際燃えたのか。見下ろした身体は所々焦げていて、纏っていた服はぼろ布のように皮膚に引っかかっているだけだった。
頬に伝わる床の冷たさが、茹だった頭を、意識を、一時的に繋ぎとめていた。
臭いがする。
何かが焦げる臭い、すえた臭い、肉の焼ける臭い。
音がする。
聞こえた断末魔はか細い喘鳴となって、正に今、消えていった。
炎の爆ぜる小さな音が断続的に響いて、耳の中に入ってくる。
今はもうその音しか聞こえない。少し前まで騒がしかったすべてが嘘のように、静かに炎が鳴いている。
だけどもう、すべてがどうでもよかった。
痛みも、現状も、絶望も、過去も。
たとえそれが、自らの生死に関わることであろうとも。
炎が見える。
緩慢に、億劫に思いながら瞬きをすれば、歪んだ世界は切り替わるように焦点を合わせた。一面に広がった炎の中心で、佇む人の姿が見える。
その人は何も変わってはいなかった。
周囲に転がる焦げた肉塊も、燃え盛る炎も、まるで意に介さぬかのように。表情一つ変えず、服の端すら焼けてはいないまま。
初めに見た時のまま、何一つ損なわれてはいない、完璧な姿。
燃え盛る火炎の中心で静かに佇む彼女の姿を、美しいと思った。
理由もわからないまま、ただ、美しいと。
「お人形さんに興味はないはずなのだけど」
気がつけば、遠くに居たその人はすぐそばでしゃがみこんでいた。
頬に手が伸びる。焦げた皮膚への接触に、鈍い痛みが走る。
「何故かしら。あなたのことは気になるの」
瞳だけを動かして仰ぎ見ると、彼女は至極不思議そうな顔で首を傾げていた。
「あなたの記憶を見たわ。別に同情している訳では無いのよ。そうね、可哀想とは思うけどそれだけ。だからどうしようとも思わない。なにかしたいとも思わない。……そうなのだけど、それとは別に、あなたのことがとても気になるの」
頬の上で指が滑る。遊ぶようにくるりと円を描いたその指は、口の端に辿り着いて、口角を下へとずらす動きを見せた。
「あなたの顔を歪ませたくて堪らない。その瞳の色が変わるところを見てみたい。……ああ、そうね、そうだわ」
一人頷いた彼女は、初めてそこでうっすらと笑みを浮かべた。
「これが俗に言う一目惚れかしら」
それは少女のように純真な、とても綺麗な笑みだった。
覗き込むように顔を近づけてきた彼女からはらりと一房髪が零れる。絹糸のようなそれが額に落ち、思い出したかのように火傷が痛んだ。
「ねえ、あなたの余生を貰うわ。その代わりに呪いをあげる。絶望を、悲嘆を、後悔を、苦悩を、もっと私に見せて。可愛い可愛い
歌うように、楽しそうに笑う彼女は、まるで新しい玩具を見つけた子供のようだ。
どうでもよかった。
過去も、今も、未来も、自らの生死ですらも。
生きたいと縋る熱意もなく、死にたいという渇望もなく、死ぬのかという諦念さえもなく、ただ思考を止めて、すべてを投げ出していた。
だから抵抗しようという気概も、ありはしなかった。
「
残忍と名高い古城の魔女は、そう言って焼けた額に口付けた。
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