第二十七話 あしたなんかいらない

 俺は残りの僅かな時間を惜しむように、ひたすら『凛音お嬢様ダメ化計画』に費やした。




 そして――。

 いよいよ明日が試験日となった。




 こんこん。

 がちゃり。



「おはようございまーす、センセー」


「おはよう、凛音ちゃん」



 何処となく口調から品位が欠け、若干フランクに、いや、むしろお年頃の女子高生らしくなった凛音お嬢様に明るく挨拶をした。『凛音お嬢様ダメ化計画』は昨日で終了だったので、今日は元通りのお嬢様らしい清楚な恰好をしている。やっぱりこっちの方がいいな。



「いよいよ、明日ですね! 心の準備は良いですか、凛音ちゃん?」


「正直、ドキドキで胸いっぱいです……」


「ま、ここまで来ましたし、あとは本番で出し切るだけですよ。リラックスしてくださいね」


「はい! ふー……すー……」



 多少大袈裟に見えるほど、大きな身振りで深呼吸をすると、それを無言で見守っている俺の方を見て、凛音お嬢様は、ぷっ、と可愛らしく噴き出した。



「センセーの方がよっぽど緊張した顔してますよ?」


「え? あ、ああ、そうかもしれない。何たって、凛音ちゃんの将来がかかってるからね」



 あ、しまった、と余計なことを口走ったことを咄嗟に後悔したが、凛音お嬢様は笑顔を崩すことなく静かに首を振ってみせた。



「大丈夫です。もし受からなくっても、それが私の実力ですから……。た、高道様との婚約の件だって、もう私の中ではしっかりと受け入れていますので気になさらないでください」


「ん?」






 あれ?

 何か忘れているような……。






 そ、そうだった!!






 俺は『凛音お嬢様ダメ化計画』に夢中になるあまり、彼女のこれからの人生を左右する肝心な話を凛音お嬢様にしていなかったことを今頃になってようやっと思い出したのだった。



「ご、ごめん、凛音ちゃん! 一つ、大事な話をしないといけなかったんだ!」


「え!? ……な、なんでしょうか?」


「婚約の話だよ! あれ、もし『宅検』に合格しなくても、もうしなくて良くなったんだ!」


「ほ……本当ですか!」


「ホントホント。凛音ちゃんのお父様にもきちんと納得してもらったからさ」



 納得済み、と口では言いながら、やっぱり気になっていたのだろう。一瞬にして凛音お嬢様の表情が一輪の花が咲いたかのように、ぱあっ、とほころぶのを見て、俺まで嬉しくなって手と手を取りながらその場で輪になって一緒にぴょんぴょん跳ね回る。



「早速、高道様との婚約話は反故ほごにされていると思うよ。お父様からもみこみこさんからも確かにそう聞いているからね。これは絶対だ。良かったね!」


「はい! ………………あ」



 しかし、ぴょんぴょん、がいきなり停止して、俺だけつんのめりそうになった。

 凛音お嬢様は何故かいぶかし気に眉をしかめている。



「ど、どうしたの、急に?」


「あ、いえ……。婚約が破棄になったのは実に喜ばしいのですが……お父様は無条件でそれを承諾されたのでしょうか?」


「いや。さすがに無条件で、って訳にはいかなかったよ」



 そこで俺は経緯を手短にまとめて説明することにした。



「お父様にはこう言ってやったんです。『もし凛音ちゃんが合格しなくっても、その時は俺が『オタク・カルチャー』の専属アドバイザーとしてこの世界に残りますから』ってね。もちろん、いつまでもずっと、って訳にはいかないんだ……けど……? え? あれ?」



 どうしたんだろう。

 凛音お嬢様は何故か俺の台詞を耳にしても喜んでくれなかった。


 反対に、少し思いつめたような表情をしている。



「そう……ですか。そうだったんですね……」


「ご、ごめん。勝手なことしちゃったかな?」


「あ! い、いえいえいえ! そういう……訳では……!」



 今度はびっくりするくらいの晴れ晴れとした笑顔を見せてくれた。


 気のせい……だったのかな。



「なら、安心して明日を迎えられます! 私、精一杯やりますから!」


「ほらほら。そんなに気負わないで。リラックスだよ、凛音ちゃん」



 ふん、と鼻息荒くガッツポーズを取る凛音お嬢様の背後に回り、力の入った肩を揉みほぐしてあげる。最初、びくっ!と身体が強張ったが、無理もない、良く考えたらこんなスキンシップ、今まで一度もしたことなかったっけ。でも、これくらい大丈夫大丈夫。惣一郎氏も許してくれるだろう。多分。


 肩越しに振り返り、凛音お嬢様が俺を見つめた。

 マッサージが効いたのか少し熱を帯びた視線だ。



「ね、センセー? そういえば私、美琴さんにお願いしている物があったんです。代わりに預かってきてもらえませんか?」


「えっ? いいけど……呼べば来てくれるんじゃあ――」


「御存知のとおり美琴さんも忙しい方です。済みませんがお願いできませんでしょうか?」


「ま、いいよ。もちろん」


「急がせて済みませんが、早速お願いしますね」



 人を使い慣れた風の他人行儀な凛音お嬢様の台詞に何だか違和感を覚えた俺だったが、そこまで頼まれたらNOとは言えない。マッサージ終了の合図代わりに、ぽん、と凛音お嬢様の肩を軽く叩き、笑顔を見せて部屋を退出する。


 扉が閉まる直前に見えた凛音お嬢様の表情からは何処か決意のようなものを感じた気がしたが、俺はあまり気に留めず、みこみこさん探しに出かけたのであった。




 ◇◇◇




「……あー。いたいた。おーい、みこみこさーん!」



 屋敷の中をうろうろとうろつき、それでも見つからなかったので離れの研究棟まで戻ってようやっと見知った顔を見つけた俺は一声呼びかけた。おかげで随分時間がかかってしまった。



「何だ、宅郎?」


「何だじゃないっす。あの、あれです。凛音ちゃんから頼まれた物があるって聞いたので」


「ん? 何の話をしている?」



 きょとん、とした顔だ。

 芝居にしては出来過ぎである。



「いやいや。それが何だか知りませんが、もう秘密にしなくっていいですよ。凛音ちゃんに代わりに受け取ってきてくれ、って言われたのでわざわざこうして取りに来たんです」


「ま、待て待て。話が見えないぞ?」


「だからですね――」



 もー、面倒臭い人だなあ。


 溜息を一つ吐き、仕方なくもう一度繰り返そうとした俺の口を強引に塞ぐと、みこみこさんは蒼褪あおざめた顔でこう言った。



「わ、私は……何も頼まれてはいないぞ……? 一体、何故………………おい、まさか!?」


「んぐ……ぷはっ! 何なんすか、もう!」


「馬鹿者! お前もいいからついて来い! 大至急だ!」



 もー、訳が分からないよ!




 ◆◆◆




【今日の一問】


 次は、島田フミカネ及びProjekt Kagonishの『ストライクウィッチーズ』より、登場人物の名前及び通称です。正しくない組み合わせを一つ選びなさい。


    (ア)宮藤芳佳 → ちびっ子

    (イ)坂本美緒 → サムライ

    (ウ)フランチェスカ・ルッキーニ → 黒い悪魔


    (公立高等学校入試問題より抜粋)




【凛音ちゃんの回答】

 (ウ)。

 (ア)と(イ)は合っているので消去法で選びました。




【先生より】

 正解です。問題の解き方のコツを掴んできましたね。良いですよ。ちなみにルッキーニは『フランカ』とか『ガッティーノ(子猫)』と呼ばれています。『飛行機の儀人化』ともいえる本作では、使役する使い魔の影響で耳と尻尾が生えるため、スクール水着に似たボディスーツのお尻の部分には穴が空けられています。『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』は名台詞と誤解されていますが、実際にはキャッチコピーの一つなので注意してくださいね。



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