第二十二話 許さない、絶っ対にだ!

 一日経ち、二日経ち、気が付けば俺たちは、もうすっかりアニメのアテレコもスムーズに進められるようになっていた。




 だが、『宅検』受験日までの残り日数は、もう一週間を切っている。


 まだ何か出来ることがあるんじゃないか、やり残したことがあるんじゃないか、そんな形のない焦燥感に俺は一人頭を悩ませていた。




「うーん……何でしょうね、この不安感」


「セ、センセイにそう言われてしまうと、私まで不安になってきちゃいます……」



 あ、そ、そうだよね。

 脇からみこみこさんの肘鉄を喰らい、はっ、と我に返る。



「い、いやいやいや! 凛音ちゃんは今の調子で問題ないと思うよ。さっきやったミニテストの点数だって、ほぼ満点だったじゃない。大丈夫大丈夫!」


「今回は、前回のとは比べ物にならない素晴らしい成績が残せることと思いますよ、お嬢様」


「ですが……合格しないと意味がないのです。もう後がないので」



 凛音お嬢様はそう言ったっきり、無言でうつむいてしまった。ひどくふさぎ込んでいるようにも見える。慌てた俺は隣のみこみこさんにそっと耳打ちした。



(え? どういう意味っすか?)


(ひゃん!? ……よ、よせ! 耳は弱いのだ。って何を言わせる!)


(は、どうでもいいので、kwskくわしく


(……はぁ。どうもこうもない。凛音お嬢様にとっては今回が最後のチャンスなのだ)



 え?

 全く意味が分からない。


 よほどほうけた顔付きになっていたのだろう。凛音お嬢様自ら説明をしてくれた。



「高校二年である今年『宅検』に合格できなければ、私の将来は大きく変わってくるのです」


「良かったら教えてくれる? その理由って奴を」


「はい……実は――」



 凛音お嬢様が語り出す前に、俺たちの前にはテーブルと椅子が三脚、そして紅茶が用意されていた。今日はダージリンか。そのままみこみこさん以外のエージェントさんたちはそそくさと退室する。それぞれ腰を降ろし、一呼吸置いてから改めて凛音お嬢様が語り始めた。



「私、今年『宅検』に合格できなければ……ある方と婚約をすることになっているのです」


「ええ!?」


「そうなのだよ、宅郎」



 そこでみこみこさんがいずこからか取り出したお見合い写真をテーブル越しに滑らせた。



「見てみろ」


「良いんですか?」



 そう問い返すと、凛音お嬢様とみこみこさんが同時に頷いた。



「じゃ、失礼して……うぇえっ!?」



 開いて驚く。

 誰だよ、この禿たおっさんは!



「こ、この人は? 高校生……じゃないっすよね、さすがに」


「はい。千里小路ちりこうじ家の三男にあたる高道たかみち様です。ご年齢は確か、四十五歳だったかと」


「いやいやいや……。どうしてそんなことに? ひどくないっすか!?」


「仕方がないんです。千里小路家は、もっとも『オタク・カルチャー』にひいでた才能をお持ちの家系で」


「前に話しただろう? 例の四大華族のうちの一つだ、千里小路家というのは」



 むう……。


 この写真を見る限り、俺の知っているオタクの中でもかなり強烈なキャラクター性を放っている。見事に頭頂部まで後退した前髪前線。見合い写真だというのにこれでもかと脂ぎった肌つや。口元は今にも、ふひひ、と笑い出しそうな卑屈そうな笑みをたたえ、鼻の右脇にあるイボからはひょろりと長い毛が伸びていた。太くたるんだ猪首いくびは、今にもシャツのボタンを弾き飛ばしそうだし、辛うじてぶら下がっているパステルカラーのネクタイのセンスもかなりひどい。つーか、これ、プリキュアとかのじゃないの!?


 あきれた俺は、首を振り振り、乱暴に見合い写真を突き返した。



「い、いや、で、でも! 何もバツイチの人と強引に婚約しなくても――!」


「………………高道様は清い身の独身だぞ?」


「それマ?」


「マジだ」



 やべえ。魔法使いどころか、大魔導士じゃないか。

 ひくり、と俺の顔も引きり気味だった。


 固く強張った表情のまま、凛音お嬢様は説明を始めた。



「鞠小路家は『オタク・カルチャー』に致命的なまでに疎いのです。なので、高道様と婚約させていただき、鞠小路家に婿入りいただくことで、『オタク・カルチャー』で後れを取っている面を払拭ふっしょくしたい、とお父様はお考えのようで……」


「だ、だからって……!」


「おい、宅郎。旦那様もそれを心から望まれている訳ではないのだ。だがな? ここで何とかしないと、鞠小路家は四大華族の中で発言権を失いかねない。だからこその苦肉の策なのだ」


「いやいやいや! 駄目ですよ、駄目ですってば!!」



 二人の納得しかけている雰囲気をぶち壊すように俺はたまらず大声をあげた。



「こ、こんなのおかしいですって! こんなキモオタと凛音ちゃんを結婚させる訳にはいきませんよ! こいつ、絶っ対夜は萌えロリ絵の抱き枕抱えてブヒブヒ言いながら寝てますって! 四大華族か何かは知りませんけど! そんなちっちゃい面子なんか糞喰らえですよ!!」


「でも、それでも私には、この鞠小路家を継ぐ大事な使命があるのです」


「うっ……」



 俺にとってはどうでもいいことでも、凛音ちゃんにとってはそうではない、ということだ。




 糞っ。

 何か良い方法は……。




 難しい顔付きで考え込む俺に、みこみこさんは苦々しい笑みを浮かべつつ明るい口調を装ってさらりと告げた。



「合格さえしてしまえば良い。それだけだ」


「それだけって……」



 そうなんだけども。

 いきなり密度を増した重圧感に、俺の中の焦りが否が応にも加速する。


 いや、俺のことは良い。




 せめて……。

 せめて、凛音ちゃんの気持ちを楽にしてあげられることはできないんだろうか?




 このままじゃ『宅検』受験に集中できないじゃないか。どうりでミニテストの時も厳しい顔付きで挑んでいた訳だ。口ではどうこう言っても、やっぱり嫌なものは嫌なんだろう。それが知らないうちに表情や仕草に出ていた、ってことだ。それが本番ともなれば、かかるプレッシャーは想像を絶するものになるだろう。そんな状態じゃ、つまらないミスだってしかねない。




 あ。

 そうか。


 俺の中に、突如閃きが生まれた。



「みこみこさん、旦那様に話があります。取り次いでもらえませんでしょうか?」



 この状況を打開するためにはこれしかない!




 ◆◆◆




【今日の一問】


 かきふらいの『けいおん!』のヒットにより、ひらがな四文字のタイトル作品が流行したと一説には言われています(所説あり)。では、次の中から実際には存在しないものを一つ選びなさい。


    (ア)ばくおん!!

    (イ)そふてにっ

    (ウ)あめかじ


    (私立小学校入試問題より抜粋)




【凛音ちゃんの回答】

(ウ)。

 これって、普通に『アメリカン・カジュアル』の略称ですよね。違いますか。




【先生より】

 正解です。これは近現代史を良く勉強している凛音ちゃんには簡単でしたね。ご存じのとおり一九六〇年代の日本では『アイビールック』を指す言葉としても使われていました。なお、ひらがな四文字のタイトル作品としては、『かのこん』、『くるねこ』、『つうかあ』、『まぶらほ』、『みなみけ』、『らき☆すた』なんてのがあります。これでもまだほんの一部なのですが、とっても多いですよね……。


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