第八話 ヒーローを創った男

「おはようございます、センセイ!」


「おはよう、凛音ちゃん」


「今日は『四大文明』の続きですよね? どちらから進めますか?」


「では、石ノ森章太郎にしましょう。じゃ、早速始めますね」



 取り上げた透明なタッチパネルを教えられた手順通りに操作してスクリーンを起動する。


 石ノ森章太郎の代表作は、『サイボーグ009』に『佐武さぶいち捕物控』のような少年向けもありつつ、『がんばれ!!ロボコン』のようなギャグ物や、『さるとびエッちゃん』に『千の目先生』のような少女向け作品もある。後年は『HOTEL』や『マンガ日本経済入門』のような大人をターゲットにした作品もあって、そのバリエーションと構成力は実に多彩だ。



「これだけの才覚を発揮しながら、石ノ森は『トキワ荘』の男性メンバーの中では最年少だったんだよ。このへん、問題に出そうだね」



 年代並べ替え問題は、どんな種類の試験でもあるあるである。

 重要なポイントだ。


 だが、例に挙げた石ノ森の代表作品を一つ一つデジタル漫画でなぞっていきながらも、俺の意識は既に別の場所にあった。



「でもですね。俺が考える石ノ森が後世に残した最大の功績とは、彼が『ヒーローをつくった男』なのだ、ってことなんですよ」


「ヒーローを……創った男……ですか?」


「そうです」



 俺はスライドを切り替えた。

 そこに表示されたのは――そう、もちろんあの特撮ヒーローだ。



「その始まりは、この『仮面ライダー』です。今後、別の時間に学習することになりますが、特撮・変身ヒーロー物というジャンルがあるんですけど、石ノ森がいなかったら、それは今のような形にはならなかったんじゃないか、と俺は思っているんです」


「特撮というのは確か……コスチュームを纏った役者が演じる実写映画のことですよね?」


「そ。その分野で言うと第一人者の円谷英二を外す訳にはいかないから、石ノ森こそが元祖って訳じゃないんだけどね。でも、等身大の変身ヒーロー物と言えば、やっぱり石ノ森かな」






 変身ヒーロー『仮面ライダー』は、当時としては珍しい手法で生み出された作品だ。


 特撮によるTV映像化を前提に、企画・設定・キャラクターデザインを石ノ森が行い、それを東映が実写化するのと並行して石ノ森が漫画化をする、といった具合にである。


 これが空前のヒットを呼び、初代に続く『仮面ライダー』シリーズが次々と生み出され、さらには『イナズマン』や『人造人間キカイダー』といった変身ヒーローを経て、やがて後世に多大なる影響を与えた初のスーパー戦隊シリーズ物、『秘密戦隊ゴレンジャー』が生まれることになったのだ。




 スーパー戦隊シリーズ物と言えば、日曜の朝――ニチアサのお決まりでありお約束である。


 俺の時代に放映されていた作品は、実にその四十二作品目。期間にして四十二年間も続いている長寿枠なのである。




 お約束ついでで言えば、途中紆余曲折うよきょくせつありながらも、メンバーは決まって五人、というヒーロー物の不文律も『秘密戦隊ゴレンジャー』から始まった。ま、一四人が変身して一〇ヒーロー登場、なんてインフレ気味のものもあったけど。


 でもこれは、何も戦隊ヒーローに限った話ではなく、ヒーロー物に限らずさまざまなジャンルの他のアニメや漫画までも、五人で一チームというのが当たり前、という良く分からない常識を俺たちに植え付けるまでに至ったのだ。その影響力やなんたるか、である。




 さらには、赤は『リーダー役』で、青は『クールで頭脳明晰』、ピンクは『紅一点』、などという色別のキャライメージまで俺たちにまたたく間に刷り込んでしまった。




 そこで可哀想なのは緑と黄色である。


 緑は特に秀でた特色を持たない『追加枠』扱いされることになり、黄色に至っては『太っていてカレー好き』という有難くも何ともない、むしろイジメに近いイメージを植え付けるまでに至った。その功績――いや、功罪には計り知れないものがあるだろう。


 いやいや、だが実のところ『カレーが好き』という設定が明確にあるのは、『太陽戦隊サンバルカン』のバルパンサーだけなのである。これ豆な。






 朗々と語る俺の説明が終わると、凛音お嬢様は、くすり、と可愛らしい笑いをこぼした。



「その、五人で一チームとか、色別のイメージって、不思議とうなずけるから面白いですね」

「でしょ? もう人類が潜在的に生まれ持っていた何か、みたいな感じがしちゃうよね」



 このあたりも頻出度が高いので、是非とも凛音ちゃんには覚えてもらいたかったのだ。どうやらつたない語り口調ながらもきちんと伝わった手応えが得られた。良かった良かった。


 ひとしきり石ノ森作品を網羅したところで例のごとくエージェントさんたち数人が入室し、いそいそとお茶の準備をしてくれた。実に有能な人たちである。淹れ立てのプリンス・オブ・ウェールズの香りを楽しみつつ、そっと口をつけてから尋ねてみた。



「どうでした? 凛音ちゃんが一番印象に残った作品ってどれでしょうね?」


「そうですね……実は『人造人間キカイダー』が一番気になってしまいました」


「うぇ……っ? ち、ちょっと意外なチョイスだね。どうしてかな?」



 凛音ちゃんは少し慌てたようにかしこまり、自分の中の漠然とした考えを、時間をかけてまとめてから口を開いた。



「あ、あの、センセイの説明の中にあった、悪と正義の狭間で苦悩するヒーロー、というくだりが妙に気になってしまって……。それに、主人公・ジローの抱いていた『人間になりたい』という夢が叶わないラストシーンがとっても心に残ったからです」


「成程ね。そのへんは良く童話の『ピノキオ』と重ね合わされることが多いんだよ」


「あ! 私、あのお話、好きなんです! それでかもしれませんね!」



 実際、漫画版は『ピノキオ』の導入と結末に挟まれるような形で描かれているし、キカイダー=ジローの持つ不完全な『良心回路』には、『ピノキオ』の重要な登場人物であるコオロギの『ジミニー・クリケット』から引用したと思われる『ジェミニィ』というルビが振られていることからも、石ノ森があの作品を意図的に示唆していることが分かる。


 その追加説明をしてあげると、凛音お嬢様は得心したように何度も頷いた。



「はぁ……。やっぱりセンセイの仰った通り、手塚の血脈なんですね、石ノ森も。深いです」


「ふ、深いって……。ま、たかがオタク、されどオタク、でしょ?」


「ですねっ!」



 俺からしてみたら、今までの人生において『オタク・カルチャー』を指して『深い』などと言ってくれる人は皆無だったので、若干落ち着かない気分が湧かないでもなかったが、それでもこれだけ真剣に耳を傾けてくれる生徒がいてくれるとこっちだってやる気が出てくる。



「じゃあ、休憩が終わったら、もう一度おさらいをしてみよう、凛音ちゃん!」


「はいですっ!」




 よし。これで石ノ森もクリアできた。

 明日は最後の巨頭、赤塚不二夫だ!




 ◆◆◆




【今日の一問】


 次は、石ノ森章太郎の『イナズマン』の変身時の掛け声です。正しいものを一つ選びなさい。


    (ア)フーリン・カザン!

    (イ)ゴーリキ・ショーライ!

    (ウ)ショッギョ・ムッジョ!


    (私立小学校入試問題より抜粋)




【凛音ちゃんの回答】

 (ア)。

 私、日本史は成績も良いので、多分合っていると思います。




【先生より】

 正解は(イ)です。(ア)を選んでしまったのは武田信玄と勘違いしたからではないでしょうか? ちなみに、信玄をはじめとする戦国時代の武将は誰一人変身できません。また、(ウ)は忍殺語です。実際退廃美めいたアトモスフィアをかもし出すコトワザです。いいね?



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