第七話 しーうーのあらまんちゅ

「おはようございます、センセイ!」



 俺が扉を開けた時には、凛音お嬢様自らスクリーンでアニメを観る準備をしているところだった。昨日の続きで、藤子・F・不二雄を観るつもりだったのだろう。



「今日は作者を変えます。本来ならこっちから先に紹介するべきだったんですけどね」


「もしかして……手塚治虫でしょうか?」


「当たりです。まずはアニメ・漫画の原点ともいえる『黎明期』から始めないとですから」




 みこみこさんからの情報によると、この二三〇〇年においてはアニメ・漫画の歴史はいくつかの『時代』に分けて体系化されているようなのだ。縄文時代、弥生時代……そんなイメージが近いだろう。


 なかでも『トキワ荘』の住人たちが活躍した時代を『黎明期』と呼び、学問としての『オタク・カルチャー』の基礎とし、原点としているらしい。さらに手塚治虫・藤子不二雄・石ノ森章太郎・赤塚不二夫の四氏の作品群の総称を『四大文明』としているという話だった。俺の知ってる奴とかなり違うが、あまり気にしないようにする。




「さて、手塚治虫の作品は、アニメももちろん優れているんですけれど、俺が強く推したいのは漫画の方ですね。これ以前の漫画では、ページ内で右の列からコマを縦に読み、次に左の列を縦に読む、というのが普通だったんですよ。でも、彼はそれを一変させたんです」


「先駆者、ということですね!」


「そうです。他にも動作や感情を記号化することを推進していった。これで、複数の登場人物が出てくる物語でも、容易に漫画化することが可能になったのだ、と俺は思っています」



 そこで俺はタブレットとペンを取り出し、こんな風に、と拙い画力を駆使して例を挙げてみせた。人物の背後に動作線を描けば急いでいるように見えるし、普通の表情に汗を描き加えれば動揺し焦っているように見える。開いたドアに擬音を描き加えれば重々しさが追加される、という具合にだ。


 こんな落書きでも素直に、成程!と喜んでくれるとこっちまで嬉しくなる。



「ただですね」


「……ただ?」


「真剣に手塚作品に取り組もうとすると、彼の一作品だけでひと夏終わってしまうんです。それほど深くて濃いんです。何しろ手塚作品のテーマは『生命の尊厳』という壮大な物なので」


「うぅ……難しそうです」


「なので、ここはあえて、ざっくりと読み流しちゃいましょう。多分、俺のいた時代の奴に聞かれでもしたら、おぅコラ手塚舐めんなよ!って怒られちゃいそうですけど」




 批判は承知の上だが、何せここは二三〇〇年。

 肝心の批判する奴が存在しないので、俺の方も気は楽である。




 しかし、これにはきちんと根拠があった。みこみこさん経由で『宅検』の出題傾向をチェックしてもらったところ、いくら『黎明期』が重要だとはいえども、全体の比重は15%程度だったのだ。ならばここだけに時間をかける訳にはいかないだろう。まずは、広く、浅く、だ。


 メジャーどころだけを押さえることにし、『ジャングル大帝』に始まり、『鉄腕アトム』、『リボンの騎士』、『火の鳥』、『どろろ』、『ブラック・ジャック』、『三つ目がとおる』を次々と消化していく。ただし今回は教材がアニメじゃなく漫画なので、するり、とただ聞き流す訳にはいかない。なので、俺が科白を読み上げ、即興のアテレコをすることにした。


 普通の勉強ならばひたすら書いて覚えるやり方があるが、アニメや漫画は『ごっこ遊び』をするのが本来の姿だと思ったのだ。これはなかなか効果的な印象で、俺なりの手応えを感じていた。


 ひとしきり読み終えたところで喉が渇いてしまい、合図をしようと振り返ったところでエージェントさんたち数人が入室し、いそいそとお茶の準備をしてくれた。てっきり男だけかと思っていたけれど、女の人もいたらしい。アールグレイの柑橘系の香りが心にまで沁みわたる。



「どうでした? 凛音ちゃんが一番印象に残った作品ってどれでしょうね?」


「やっぱり、『火の鳥』でしょうか。あれって、複数の物語に分かれているんですよね?」


「良く学んでいますね。今回読んだのは『鳳凰編』です。アニメにもゲームにもなっていますし、あの中だと個人的にも一番好きな作品なんですよねえ。THE『火の鳥』って感じで」



 ま、ゲームに関しては、あんまり本編のストーリーと関連性ないんだけどな。

 ノミで攻撃して、鬼瓦でルート作って進む、って何だよ、それ。



「でもね、他のいずれの作品も後世に与えた影響は大きいと思うんですよね。たとえば『ジャングル大帝』。あれは絶対ディズニーとかミュージカルのアレにパクられたと思うんですよ」


「え……? それってアレですか? 確か『ライオン・キ――』」


「それ以上はいけない」



 本家が『公認』したものを掘り起こすとロクなことにはならない。



「あとですね、佐藤秀峰の『ブラックジャックによろしく』というタイトルの医療漫画は、そのまんま『ブラック・ジャック』へのオマージュが込められたものだし、『鉄腕アトム』はのちのロボットアニメに多大な影響を与えたと思うんですよ。そもそも手塚作品の未来感って、何か良く分からないけど、未来ってスゲー!って思わせる不思議な魅力と説得力があって」


「私は逆の意味で面白かったです! あの、全身タイツみたいな? さすがにあれは……」



 凛音お嬢様はお嬢様らしく、失礼に当たらない程度に控え目な笑いを必死で噛み殺しながら告げた。


 確かに大人になった今の俺ならあれはないよなー、とか思うものの、子供の頃はきっと未来はああなるんだろうな、と大真面目に信じ込んでいたものだ。そしてそれは、きっと俺だけじゃない筈で、いろんな科学者や技術者が子供の頃に読んだ手塚作品を未来予想図として夢描き、そのうちのいくつかは現実の物になっている。そう考えたらその影響力は絶大だ。



「でも……やっぱり私でも偉大さを感じます! だって、根底に流れるテーマは共通だとしても、いろんな角度からいろんな題材で描かれていて……男の子向けも女の子向けもそうだし、大人向けも子供向けも、ギャグもシリアスも、全部あるじゃないですか!」


「そうなんだよねえ……ある漫画家がぼやいてたっけ。散々試行錯誤してチャレンジしてみたけれど、ふと気付いてみたら、その全てをもう手塚治虫が先にやっていたんだって」



 確かその科白は、魔夜峰央の物だっけ。

 その気持ちは痛いほど分かる。



「でも、ここだけに時間かける訳にはいかないんだよなあ。勿体無い……」

「うぅ……ですよねえ」



 手塚マニアにするのが目的ではないのだ。

 オタクにしないといけないのである。



「じゃ、明日、明後日と続けて黎明期、終わらせちゃいましょう。かなりハードですけど」

「は、はいっ!」



 この勢いで、石ノ森章太郎と赤塚不二夫を一気に語り尽くすぞー!




 ◆◆◆




【今日の一問】


 次は、手塚治虫の『ジャングル大帝』のアニメ主題歌の歌詞の一部です。□内にふさわしい語句を埋めなさい。


    レオ、レオ、□□□□の子~♪


    (私立中学校入試問題より抜粋)




【凛音ちゃんの回答】

 『ムファサ』。

 ミュージカルで観たので、これには自信があります。




【先生より】

 正解は『パンジャ』です。お願いですから、例のアレからは離れてください。各方面からマジで怒られてしまいますので。ちなみに逆さから読むと『ジャパン』となり、そのモデルは明治天皇だといわれています。つまり『レオ』は『パンジャ』の子ですから、昭和天皇ということになるのでしょうか。


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