第27話 攻防
アリツィヤは大剣を水平に構え、切先を背後に隠した姿勢で、一気にルーカとの間合いを詰めようとした。ルーカは正面に炎の胸壁を展開して、突進の勢いを削ごうとする。
(
(ああ)
アリツィヤから次の術式が示される。
一瞬のうちに流れ来る思念の奔流を、誠はつとめて正確に言葉として紡ぎ変える。
「 」
完成された魔術は疾く変容の力と化し、アリツィヤの眼前に迫った炎の壁に干渉し、打ち消した。その代償として奪われた魔力の損失に、誠は必死に耐える。――この戦いが続く限り、この苦痛には耐えなければならない!
残留する火焔の塊をはねのけ、アリツィヤは大剣を大きく振りかぶった。圧倒的な力感に満ちた魔剣を、彗星のごとくにルーカの頭上に撃ち落とす。
「……絶対に、駄目」
その呟きとともに、迫りくる剣を寸での所で受け止めたのは、キアラの操る光の楯のうちの一枚だった。
「――『
両脇に無数の楯を従えて、キアラは呟く。
最初の一撃を仕損ねたアリツィヤは、疾く飛びすさって間合いを稼いだ。キアラに助けられたルーカは、なおも火焔の壁を召喚する。
(アリツィヤ! あの楯はなんだ!?)
(聖句術による秘蹟の一種でしょう。魔術・打撃の双方に有効な、きわめて堅固な
(どう対処する?)
(あの数では、解呪は難しいでしょう。……ならば、あの少女に直接の打撃を与えるべきでしょう。――誠さん、お願いします。私は少年を牽制します)
返答とともに、アリツィヤから新たな術式が示された。
誠がその魔術を紡ぐ隙を庇うように、アリツィヤはルーカに間断のない攻撃を行う。
長大な剣を自在に操り、ルーカに魔術を用いる暇を与えない。
アリツィヤの矢継ぎ早の斬撃を、ルーカは無数の火柱をもって迎え撃った。
「――完成者ッ! 口だけのことはあるな! キアラっ!」
「……任せて」
ルーカからの呼び声に頷くと、キアラは左手を天空に向け、清らかな声音で聖句を紡ぐ。
「 」
はかなげな言葉の最後の一音が消え去ったとき、一条の雷雲がアリツィヤに向けて落とされる。「
アリツィヤは、理力の楯をもってその雷を防ぐ。ベルクートとの戦いの時とは異なり、充分な魔力をもって構成された楯は、キアラの聖雷に崩れることなく耐えきった。
めまぐるしい攻防をよそに、誠は必死になって、アリツィヤから託された術式を完成させようとした。
(くそっ! そりゃ俺は素人だけど、それにしたって、なんであいつらは、あんなにも自在に「魔術」を使えるんだよ!)
劣等感と焦りばかりが、心中で増幅される。たったひとつの魔術を行使するだけで、自分はこんなにも隙だらけになっちまうのに! そんな自分をかばうために、アリツィヤは苦戦を強いられていると思うと、気ばかりがひどく急いていく。
永遠にも感じられる数秒をかけて、誠はかろうじて、魔術を――完成させる!
「 」
自分が喋っているような、そうでないような、異形の言葉だ。
それは、疾く拡散し、この世界に浸潤し、そして。
ひとつの約束をなす。
――刹那、自分の肉体から抜け出た「力」が、そのまま足許から流れ去るような感覚を得た。
(……これはっ!)
自分が何を引き起こしてしまったのか。それは誠にも分からない。
だが、その「現象」のトリガーは、既に引かれている。
大地に潜行したかに思えた「力」は、そのままある一点を目指して疾駆する。
その行く先は――。
「……キアラっ!」
いち早く異変を感じ取ったルーカが絶叫する。キアラはあらたな魔術を発動させながら、空中へと飛び上がる。なんらかの魔力によるものか、その跳躍は常人の限界を超えた鋭さだった。
だが。誠の発動させた魔術は、キアラを確実に捕捉した。
キアラの直下において、「力」は急激に凝集した。あまりの密度に、硬く敷き詰められたアスファルト舗装面が半球状に盛り上がる。そして――。
「――『
誠はその魔術の名を呼んだ。
「――兄さん!」
キアラは兄の名を叫んだ。
凄まじい爆発が起こった。魔力による破壊に加えて、撒き散らされる飛礫は、そのまま肉体を穿ち貫く石弾となった。
空中に逃れようとしたキアラは、放射状に爆散する破片に捉えられ、直撃を受けた――かのように見えた。
「やったか!?」
キアラのいた箇所は、土煙に包まれて確認ができない。焦りから、つい誠はその場所に近寄ってしまう。
その時。
(誠さん! ……危ない!)
アリツィヤからの思念に、誠は慌てて飛び退く。
「……クソどもがぁっ!」
少年の絶叫とともに、土煙を貫いて襲い来る火球が、誠の至近、半歩先で破裂した。
「ぐっ……あぁぁっ!」
ルーカの放った火焔の魔術だった。直撃こそは逃れたものの、間近で巻き起こる途方もない熱量は、未だ誠が体験したことのない苦痛を生んだ。……しかし、本来ならば重傷となってもおかしくないほどの熱量は、前もって完成させていた「水精の加護」の魔術によって、多少は和らげられたようだ。
誠は吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。灼き焦がされた皮膚がじりじりと痛むが、そんな事に構ってはいられない。
急いで間合いを取り、アリツィヤの知識から新たな魔術を自らの意志でもって受け取ろうとする。彼女から示されるのを待ってはいられない。
(攻撃か……防御か……俺は、どうすればいい?)
己に問う。アリツィヤは、ルーカの行動を封じるべく、魔力の応酬を続けている。だから、自分で決めて、自分でやるしかない。……自分で!
(……休むわけには……いかないか!)
心を集中させるごとに、自分の思考とアリツィヤの思考がじょじょに重なっていく。お互いの心の動きをじかに感じ取りながら、一瞬先の戦いの構図を定めていく。有機的な連携だ。
そして誠は、ひとつの魔術を得る。アリツィヤの体得している知識に、己の肉体をそのまま沿わせることで、彼女に遜色のない速度で呪文を詠唱し――。
「――雷よ! アリツィヤを守ってくれ! 『
術式の完成とともに、大地から幾本もの雷の柱がせり上がり、アリツィヤと戦っているルーカを包囲する。
「邪魔だァっ!」
ルーカは吠え、自分を取り巻く火焔の柱を、誠が喚んだ雷の柱に叩き付けた。激しい魔力干渉により、同時にいくつもの爆発が起こる。
「……くっ!」
衝撃波に耐えきれず、誠は目を伏せてしまいそうになる。
だが、閉じかけた誠の目に映ったのは、そのただ中に果敢に飛び込んでいくアリツィヤの姿だった。
「アリツィヤ!」
大剣を振りかぶり、彼女は爆風のなかにいるはずのルーカに斬りかかる。
魔力干渉による爆発が収まり、その中に、もつれあう人の姿が現れる。
そこに現れたのは……アリツィヤと、ルーカ、そしてもう一人。
ルーカに肉迫するアリツィヤの剣の切先は、両者の間に浮かぶ光の楯によって受け止められていた。ルーカの後方には、地に倒れ伏すキアラ・リナルディの姿がある。白い導師服は血と泥にまみれ、楯を操るために突き出した右腕は、苦しげに揺らいでいる。
「……楯よ……守って……」
あえぎながら呟くキアラは、今にも崩れ落ちそうだった。誠の魔術は、たしかに彼女の能力を大きく削いだようだった。
精神の集中を乱されたためか、無数に存在していた楯は、そのほとんどが消失していた。
(俺が……やったんだ)
その悲痛な姿に、誠は次の魔術の行使を一瞬だけ躊躇った。だが、その一瞬によって、ルーカはより大きな魔術のための貴重な時間を得た。キアラの助力により、辛くもアリツィヤの剣から逃れたルーカは、「……やってくれたな、卑怯な犬どもめ。アリツィヤ……それから、そこのおまえだ。僕ではなくキアラを傷つけたことを、僕は……絶対に許さない。必ず、殺してやる」その怒りの言葉とともに、両手で複雑な紋様を空中に描き、より高度な魔術を発動させる助けとする。
(アリツィヤ! あれを解呪する方法はあるか!)
(あれは、高位魔術……秘蹟です。今からではもう間に合わない! ――だから)
アリツィヤは大剣を繰り出してルーカに撃ち下ろそうとする。だが、キアラの楯に阻まれて、その刀身は届かない。再びキアラかルーカに攻撃魔術を撃ち込むことも考えたが、それをなすための時間は、誠自身の躊躇いによって失わせてしまった。
「燃え尽きるがいい! 『
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