境界線の隔てた先 /肩の熱にしがみつく
明里 好奇
第1話
敵地の中を走り抜け、見つけた先の戦闘で半壊した民家に軍人が二人転がり込む。大きな体をした熊のような男がサブマシンガン片手に民家をクリアリングしていく。安全の確保が出来たら、小柄な男が声を荒げた。
「ほら、短時間で済ますから、早くそこに座ってくれ」
男は柄にもなく、熊を急かすように促す。
普段は笑顔で治療や処置を行う彼らしくないと、熊は思った。わずかな違和感はすぐに大きくなっていく。それが不信感へと心配に変わるのに、時間はかからなかった。
「大丈夫ですよ。そんなに深くないから」
「こんな激戦区のど真ん中で気休め言ってんじゃないよ。死ぬぞてめえ」
驚くほど口汚く手荒く処置していく男に、不信感よりも心配が上回っていく。
周辺のクリアリングはすでに終わっている。外は戦場ということを忘れてしまうほどに静かだ。
普段ならば大丈夫だと他人を気遣う男だと知っているからこそ。
自分の腕より半分くらいの太さの男の腕をつかむ。丁度包帯を巻いていたところらしい。彼の腕に力は入っていない。包帯は音もなく床を転がっていった。
「ちっ」
舌打ちをして無言で腕を振り払う男を見て、いよいよ怪訝な顔になっていく熊。
男は転がっていった包帯を調整し、巻きなおしながら留めている。熊は図体のでかい癖に、怪我をしていようが構わずに大きく動いてしまうことを知っているから、その上に丈夫なテープで補強しておくのを忘れない。
細かい傷にも処置を施していく。顔を隠していたマスクを外させ、頬や額に走った傷にも手当てをしていく。小さい傷は保護フィルムを貼る。
処置が一通り終わると、男は熊に並んで座った。
普段は落とさない重たいため息を落としながら、少しだけ呼吸が荒いのを確認する。熊は自分が建てた仮説がどんどん色濃くなっていくのを感じた。
「ちょっと、すいませんね」
言いっぱなしの謝罪をさらっと吐いて、軽い男の体を壁に押し付ける。並んでいた体を反転し、彼を壁に追いやるようにさえぎる。
覆いかぶさるように上から眺めると、彼は睨みつけながら怪訝そうにしている。いつもは、こんなに攻撃的になったりしない。
「どこか、負傷しているでしょう?」
だとしたら、理由はきっと隠しきれなくなってきた自身のダメージではないか。それは戦場に色濃く染みついた鉄さびに似た血液の匂いではない。多分今もまだ流れているのであろう彼の生きた血の匂いだと、思う。
自分のものかと思っていたが、よくよく考えれば自身はそんなに出血していないことに熊は気が付いた。
数秒にらみ合うと、男は負けたというように小さな声で伝え始める。
「……ごまかせると思ったんだけどな」
そう言って笑った顔は、今までよく見ていた彼の苦笑で、熊は大きく安堵した。
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