第35話 思い出を辿って

 小学校の同窓会が先日開催された。みんなと会うのは約二十年ぶりで、童心に帰ってはしゃいでいた。特に仲の良かった武史たけし雄太ゆうた雅人まさとと俺の四人は二次会を終えて三次会へ行くことになった。全員まだ独身だから家族に気兼ねする事もない。ここまで来たら朝まで飲むしかない。久し振りのオールに皆クタクタになりつつも笑っていた。

 ふと、深夜に酔いが醒めてきた頃に武史が言った。


「なぁ、覚えてるか?雅人のばあちゃん家に夏休みにみんなで止まったこと。あれ、めっちゃ楽しかったわ。忘れらんない」


 雅人は煙草をふかしながら記憶の中の思い出を探るように何度もゆっくりと頷いた。


「覚えてるぞ、吊り橋の板が抜けて雄太が落ちそうになったよな」


「余計なことばっかり覚えてるな……いやでも、ほんと楽しかった。見た事ないでっかいクワガタ採った時はめっちゃ興奮したわ」


「確かに。あれから何度もばあちゃん家に行ってるけど、あんなサイズは見た事ない……ほんと懐かしい。そういえば、ばあちゃん家があった村は五年前に廃村になったんだよ」


「えー……そうなんか」


 武史はひどく悲しそうに溜息を吐いた。雅史はその姿を見て、


「なんでそんなに落ち込むんだよ、お前が」


 と、笑い飛ばした。


「いや、もうおっさんになった今、昔の楽しい思い出が恋しくてさ。雅人のばあちゃんさえ良ければ、またみんなで行きたいなとか思ってたんだよ」


 そういえば武史は先程、仕事の愚痴や恋人に浮気をされた話をしていた。辛い時期で、しかも孤独を感じている。過去の思い出に縋りたくなる気持ちは俺にだってよくわかる。


「あー……じゃあみんなで行く?あそこ近くに温泉あるし、ばあちゃんはいないけど、村はまだあるからちょっと覗いて行こうや」


「温泉な!それいいわ、来週末でも空いてるけど!」


 武史は盛り返して、早速ビールを頼んでいた。ぐだぐだと喋り続け、来月の頭の週末に行くことが決定した後は空が白むのを待って解散した。


 当日は雅人が車を出してくれることになった。運転手以外はコンビニで酒を調達し、日頃のストレスから解放された俺達は異様な盛り上がり方を見せた。

 やがてトンネルをいくつか抜けて山道へと入っていく。くねくねと続く道の中、案の定一人吐き気を催す者が出て来た。武史だ。


「ほらお前、だから言っただろ、絶対酔うと思ったんだよ。だから酒あんま入れんなって言っただろ」


 雅人が溜息と共に言い放った言葉に対して、武史は涙目で小さく頷いた。


「もうちょい行ったら着くから。辛抱してくれ」


 そして脇道へ入ったかと思うと、途端に不安になる光景が目の前に広がった。先程まで走っていた二車線の道路では、まっすぐな杉の木が道の両サイドを並んでいたのでよく晴れた空が見えたが、こちらはぐねぐねと曲がった木の枝が空を覆い隠して鬱蒼としている。加えて道路は一車線で、赤土やらどこから落ちてきたのか分からない石が散乱していた。益々揺れる車内で武史は背中を丸めた。

 それでも暫く進んでいくと家が見えた。窓ガラスやドアなど外と仕切る物がどの家もなく、中が丸見えだ。柱も何もかも雨ざらしで朽ちており、破けたソファや無造作に置かれた棚、空き瓶などが転がっている。傾いている家もあった。どの家にも人が住める状況じゃない。そう、誰もいない筈なのに何か気配がする。例えば今見えた台所であったり、通り過ぎた家の影。……気味が悪い。 

 やがて、ある一件の家の前で雅人は車を止めた。


「着いたぞ」

 

 武史は車から飛び出すと、茂みの中に駆け込んだ。


「随分変わっちまったな……」


 雄太は当時の写真と家を見比べた。玄関は取り払われており、他の家と同様に中がむき出しになっている。天井も朽ちて壁紙のようなものが垂れていた。屋根瓦の隙間からは無数の見たこともない草が伸びている。家々が森に食われようとしていた。


「思ってた以上に劣化が激しいっていうか、ここまで酷いもんかね……」

 

 雅人は伸びをしてから煙草に火を点けた。


「武史が戻って来て休憩したら、もう温泉行くか。ばあちゃんに写真撮って来るって言ったけど、これじゃあ逆になんか悲しくなっちゃうよな」


「あ、俺らだけの記念に残るものは撮っときたいんだ。今後、早々集まれることなんてないかもしれないだろ。何が起こるかわかんないしさ……」


 雄太は苦々しくそう言って、車から三脚とカメラを持って来て設置を始める。何度もカメラを覗いては手元の写真と見比べていた。そこへ幾分スッキリとした顔の武史が戻って来た。


「小学生の時に撮ったこの写真と同じ構図で撮りたいんだ……真一しんいちはいないけど」


 俺は耳を疑った。ここにいる。


「明日、温泉の帰りにあいつの墓参りに行こうか。高校に上がるまでは毎年命日には行ってたよな、俺達。学校別々になってから集まらなくなっちまって」


「そうだな。あー、あいつも一緒に来れたら良かったのに」


 なんだよ、墓参りって。いるよ、ここにいる!

 思わず一番近くにいた雅人の腕を強く掴んだ。


「わぁっ!」


「どうした?!」


「なんか、腕に冷たいものが……ほら、鳥肌が立ってる」


 雅人は大げさに他の二人へと腕を見せた。目の前にいるのに俺と視線が合わない。どういう事なんだ。

 頭を抱えていたが、本能的に感じるところがあり振り返った。俺の視線の先には雄太のばあちゃんの家の玄関、廊下、そして二階へと続く階段がある。

 ゾワリと腰の辺りから鳥肌が立つ。――奥からこちらを覗いている男がいる。古臭いジャンパーにキャップを目深に被っていて顔が見えない。

 あいつ、なんだか変だ。

 家に背を向けて無駄話をしているみんなの背中を突き飛ばした。


「え、なに今の!」


 三人とも前のめりに倒れ掛かる。俺は逃げろと何度も強く雄太の耳元で叫んだ。


「なんだよ、これ。耳鳴りが凄い。なんかボソボソ聞こえるんだけど」


「おかしいって、ここ。……さっき茂みから帰った時にさ、誰もいない家の中で動く影見たんだよ」


 武史は既に車へと走り出している。


「おい、待てよ!あぁ、くそっ」


 雄太はカメラを取りに行った。雅人だけが後ろ髪を引かれるのか家を見つめている。振り返れば男はゆらゆらと揺れながらこちらへ近付いて来る。その目は白目までも真っ黒だった。雅人は名残惜しそうにやっと車へと走り出した。

 俺も一緒になって走る。ちらりと家を振り返ると、男は玄関を出ることもなくゆらゆらとこちらを見つめていた。なんだか少し胸が痛い気もする。寂しげに見えてしまった。車に乗り込んだ俺達は温泉へと一直線に向かった。

 意識するとみんなとのコミュニケーションがちぐはぐなのが分かるけれど、気にしないようにした。だってみんなといるだけで凄く楽しい。それでいいじゃないか。

 その晩、俺は眠る事なく窓から見える満点の星空を眺めつづけた。


(完)






 


 



 






























 


















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