第27話 死神
妻が亡くなり早くも一年が経ちました。老い先短い命ですから、悔いの無いように様々な事に挑戦しました。なかでも、孫達と一緒に行ったハイキングは忘れられません。見渡す限りの山一面が山吹色や朱色に染め上げられ、それは美しい光景でした。
戦争時代では考えられない美味しい物もたくさん食べました。もう、十分過ぎるほどの幸福を感じていたのです。
そして、私は呆気なく倒れました。昨日までは節々痛いと感じるほか、特に異常は感じなかったのです。畑に出て、子供達の好きなトマトに水をやっていたくらいです。
家に掛かかりつけのお医者がやって来て診てもらいました。私と同級生で懇意にしていたため、どこが悪いのか正直に話して欲しいと伝えました。しかし、彼は老いによるものだというのです。
それならば仕方ないと受け入れるより他ありません。天命なのでしょう。翌日から親族が次々と家に訪れました。離れた所に住んでいた弟も足を運び、まだまだ死ねないぞと励ましてくれたのです。
やはり私は幸せ者だと噛みしめました。
そして、『あの方』が見えるようになりました。
私の地方では、死が訪れる七日前から神様が見えるという言い伝えがあります。神様は白装束を着て、目隠しをしているらしいのです。
私に見える『あの方』は白装束でこそありませんでしたが、件の神様であるに違いないと思われました。いつも頭を垂れていらっしゃるのでお顔を拝見出来ません。そもそも、私などが見ては不敬にあたるでしょうし、丁度良いのかもしれません。
親戚が訪れる最中も、食事の時も、眠ろうとしている時も、ずっと一定の距離感を保ちながらそこにいて下さいます。
『あの方』との距離は一日経過するごとに縮まっていきました。動いているお姿は見たことがありません。まるでだるまさんが転んだです。距離感と反比例するように私の体調は優れない日が増え、眠る事も多くなりました。
そして、瞼を開けるのも難しい程の眠気と疲労感が体中を支配する日がやって来ました。『あの方』が見えるようになってから七日目です。薄れゆく意識の中、最期に家族の顔を見たいと必死に目を開きました。すると、今まで決して動くことのなかった『あの方』の顔がどんどん近付いてきます。目玉があるはずの場所には暗闇が詰まっており、歯が一本もありません。口を半開きにしながらどんどん顔を近付けてきます。こんな不浄に思える姿が、本当に神様のものなのでしょうか。
助けてくれ、誠、由美子、麻由子、健一、そこにいるならこいつをーー
「一月十四日、午後一時二十一分、ご臨終です」
「最期、どこか苦しかったのかしら」
「さあね。さっさと葬式の手配するわよ」
「そうね」
「お腹空いたー」
「今日は寿司とるか。じいさんの遺産も入ることだし」
「やったぁ」
(完)
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