第52話 初仕事
「先輩、明けましておめでとうございます!」
年明けで出社すると、姫宮が元気な顔を見せた。
「明けましておめでとうございます。本年も、よろしくお願いします」
知世ちゃんが折り目正しく頭を下げて、いつもの優しい笑顔をくれる。
「うん、明けましておめでとうございます。今年も頑張っていこう」
俺は二人の顔を見渡して言った。
休み明けで
「先輩、どうしたんですか? 休みのあいだ、お
姫宮が、
「いや、ぴんぴんしてたけど?」
「はい、だって先輩、私の家に
新年早々、姫宮の軽口が始まる。
真面目に付き合って損した。
「私は、先輩がいつ来てくれるんだろうって、ずっと待ってたんですよ」
「そうか、なら、永遠に待っててくれ」
「あの、先輩。私も、ウエディングドレス用意して待ってたんですからね」
知世ちゃんが、恐る恐るって感じで言った。
「うん、知ちゃん、今のはいい感じ。ちょっと
姫宮が言って「そうかな」と、知世ちゃんがはにかんだ。
姫宮、君は知世ちゃんをどこに導こうとしているんだ……
とにかく、年が明けても我が部署は相変わらずで、それはなによりだ。
年明けの午前中は、社長からの有り難い訓示を頂いて、設計部の年頭会議で終わった。
昼食はいつも通り、姫宮と知世ちゃんと三人で食堂で済ませる。
ゆっくり食後のお茶を飲んだあと、景都や杏奈さんから何か連絡が入っていないか確認しようと席を立ったら、総務の松本さんが食堂の入り口にいて、遠くから俺に手招きする。
相変わらず、制服を羽織って、冬でもシャツを腕まくりしている松本さん。
「どうしたの?」
俺が訊くと、松本さんは俺を食堂の外に連れていった。
二人で、廊下の突き当たりにある非常階段の踊り場に出る。
外は寒くて、さすがの松本さんも羽織っていた制服を着た。
ここは四階で、風もかなり強い。
「ねえ、大沢君、あなたの部署が大きく
誰が聞いているわけでもないのに、松本さんが少し声を落とした。
「いや、なにも」
午前中の会議でも、そんな話はなかった。
年明けの確認のようなことばかりで、議事は淡々と進んだ。
「そう……」
松本さんは腕組みして考え込んだ。
「来年度から、部屋を今の場所からもっと広い部屋に移って、人員も増やすらしいってことで
彼女は首を
「まだ休みが明けたばっかりだし、近々、話があるのかもしれないけど、そうだね、大沢君が聞いてないなら、そんなに大事でもないのかな」
彼女が言う。
確かに、そんな話があるなら、俺が知っていないとおかしい。
「ごめんね、時間取らせて」
「いや、それはいいんだ。なにかありそうって教えてもらうと、こっちも助かるし」
会社の隅っこに追いやられた俺達には、貴重な情報源だ。
「うん、なんか分かったら連絡するね」
松本さんはそう言うと、忙しそうに小走りで行ってしまった。
俺は、一人になった踊り場で考える。
部屋が広くなる?
人員が増える?
うちは、ただでさえ、いつ潰されてもおかしくない部署だと思っていたのに、それが逆に大きくなるってどういうことなのか。
人員が増えるって話も、今まで三人でなんとか回せていたわけで、これ以上増やしてどうするんだってところはある。
まあ、増やしてくれるというのを、無理に断る理由はないのだけれど。
「先輩、松本さんと何の話だったんですか? ついに、私と結婚する愛の
部屋に戻ると姫宮が訊いた。
「なんだよ愛の住処って」
姫宮、年初から飛ばしすぎている。
「違うよ、同期の新年会の話」
俺は嘘を言った。
まだ不確定な話だから、姫宮や知世ちゃんには言わないでおこうと思った。
「なーんだ」
姫宮は言って、昼休みの残り時間、知世ちゃんと土産の交換会を始める。
そんな二人を見ながら、新しい人員が増えたら、この職場のバランスも変わるだろうな、なんてことも考えた。
午後は、なじみの工務店や設計事務所の担当に、年初の挨拶の電話をかける。
松本さんの話でどこか心の
姫宮がパソコンのモニターを見るふりをして、そっと視線を
「大沢、ちょっといいか?」
部屋に入らず、くいくいと、人差し指を動かして俺を呼ぶ部長。
「はい」
席を立った俺を、部長はそのまま会議室に誘った。
肩で風を切るって感じで、なんだかご機嫌の部長。
俺達は二人で寒々とした無人の会議室に入る。
部長は入るなり、俺の肩をぽんぽん叩いた。
「まずはおめでとう」
そう言って、どこか含むところがある笑顔を見せる部長。
ゴルフ焼けの顔に、深い
「いや、まったく、年明けからめでたいよ」
部長が重ねた。
「はい?」
俺は、わけも分からず聞き返す。
「大沢、お前の
部長が片方の口の端を持ち上げた。
「えっ?」
「
部長はそう言って、俺の肩をもう一度ぽんと叩いた。
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