第51話 寝正月
元旦は、昼過ぎまで客間で
気がつくと、俺達は毛布を掛けて、三人で川の字になって寝ている。
俺が、両脇に景都と杏奈さんを抱えるような形になっていた。
障子から差し込む光が二人の顔を柔らかく照らしている。
二人とも安心しきった顔で眠っていた。
二人の足が俺の足に触れていて、やっぱり、二人の足は冷たい。
しばらく寝顔を眺めたあと、俺は、俺の腕を
こんな幸せそうな顔、写真に残さない手はないと思ったのだ。
機材部屋からコンタックスを持ち出して、景都と杏奈さんの寝顔にレンズを向けた。
長いまつげが小刻みに震えていて、唇をキュッと結んだ景都と、指をくわえるようにして丸まっている杏奈さん。
「もう、師匠、なんですか?」
シャッターの音に気付いて景都が目を覚ました。
目を覚ました彼女の前には、カメラを構えた俺がいる。
「師匠! 寝顔撮ってるなんて、
景都が抗議して、毛布に顔を隠した。
「レディに対して失礼ですよ」
そう言って、毛布から顔を半分出したところで、またシャッターを切る。
「師匠の意地悪!」
景都には怒られたけれど、元旦からいい写真が撮れたと思う。
「もう、お昼ですね。私、お
起き抜けて、景都がキッチンに立った。
俺は、客間のコタツの上を片付けて、おせち料理のお重を並べる。
杏奈さんを起こして、三人で朝食とも昼食ともつかない食事をした。
そのまま、夕飯とも
元旦だし、こんなだらだらとした一日でもいいだろう。
「これは、俺からのお年玉」
頃合いを見計らって、俺は景都にポチ袋を渡した。
「ありがとうございます!」
景都が、勲章でももらうみたいに、
「お姉ちゃんからも」
杏奈さんも景都にポチ袋を渡した。
「お姉ちゃん、ありがとー!」
景都が杏奈さんに抱きつく。
「これでまた……」
景都が、何か言いかけてニヤニヤした。
まさか、このお年玉が、
「景都ちゃん、レンズとかフィルムもいいけど、服を買ったり、友達と美味しいもの食べに行ったりするのに使ってもいいんじゃない?」
まあ、彼女にあげたお金だから、何に使うかは彼女の自由だけれど。
「師匠、なに古いこと言ってるんですか。女の子がみんな、服とかパンケーキが好きだと思ったら、大間違いですよ」
景都が腰に手を当てて、わざと
「大丈夫です、お友達の佐緒里ちゃんとは、レンズ一本で、熱く語り合えますから」
景都がしたり顔で言う。
まったく、
「さあ、師匠どうぞ」
景都がお
「大沢さん、私の酒も飲んでもらいますよ」
酔った杏奈さんが、今日もまた俺に絡んでくる。
コタツと半分同化している俺達がマンションを出たのは、一月三日の昼過ぎのことだった。
さすがにこのままだと体がなまるから、意を決して外に出ることにしたのだ。
俺はコートを着て、クリスマスに景都が送ってくれたマフラーを巻く。
「きゃ!」
着替えようとして、デニムのボタンが閉まらなくなっていた杏奈さんが、短い悲鳴を上げた。
散歩がてら、近くの神社に
ずっとぬくぬくとした部屋の中にいたから、頬に当たる冷たい空気が肌を刺激して気持ちいい。
景都は、もちろん首にF3を提げていた。
彼女はそれで新春の街を切り取る。
日だまりの門松の上で丸くなる猫。
初売りの福袋の行列に並ぶ人達。
晴れ着で歩く女性にも声を掛けて、写真を撮らせてもらった。
夢中で写真を撮る景都を、俺と杏奈さんは頬を緩めて眺めている。
普段、ひっそりとしてる静かな神社は、初詣客で混雑していた。
景都が神社の
「師匠は、何をお願いしたんですか?」
景都が訊いた。
「三人とも、健康で平穏に過ごせますようにってね」
本当は、もっとギラギラした願いでもあればいいんだろうけど。
「お姉ちゃんは?」
景都が訊いたら、杏奈さんはなぜかほっぺたを赤くして下を向いてしまった。
「景都ちゃんは?」
今度は俺が訊く。
「…………秘密です」
景都が、意味ありげに言った。
マンションに戻って、再び三人で「コタツの
「はーい」
景都がコタツを出て、インターフォンのモニターを確認しに行った。
しばらくすると、玄関の方が騒がしくなる。
ドタドタと廊下を走ってくる音が聞こえて、
「和君! お年玉回収に来たよ!」
ほっぺたが艶々になっている
コート姿の姉と母が、その後から続く。
「温泉の帰りに寄ったよ。あんた達が、どんな生活してるのか見たくてさ」
姉が言う。
年末年始を温泉旅館で過ごしたという、贅沢な家族の登場だ。
「へえ、いい所だねぇ」
部屋の中に素早く目を走らせて姉が言った。
「景都ちゃん、久しぶり!」
「久しぶり!」
景都と七海は、手を取り合って再開を喜んでいる。
「さあ、杏奈さん。お土産に、日本酒の美味しいところと、おつまみ買ってきたよ。飲もうか」
姉が、紐を掛けて提げて来た二本の一升瓶を、コタツの上にドンと置いた。
「はい!」
杏奈さんが、小気味よい返事をする。
「あんた達、ずっとおせちで飽きたでしょ? 母さん何か作ろうか?」
母がコートを脱ぎながら言った。
「景都ちゃん、台所使わせてもらうわね」
「はい、私も手伝います」
「いいの、景都ちゃんは座ってなさい。七海と遊んであげて」
温泉で英気を養った母がパワーアップしている。
「ほら、和臣、私と杏奈さんにお酌しなさい」
姉がふてぶてしく言った。
結局、三人はそれから二晩泊まっていった。
俺は強力な女性陣に囲まれて、残りの正月休みを過ごす。
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