第44話 どういう関係?

 夕暮れの街で、景都が俺の車を見付けて大きく手を振った。

 白いセーターにブラウンのダッフルコートの景都。

 彼女は、背中にリュックサックを背負って、肩に三脚のバッグを掛けている。

 その首からは当然のようにF3を提げていた。


 俺が車を停めると、景都が駆け寄って来る。

「師匠、おかえりなさい」

「うん、ただいま」

 今日は、仕事帰りに景都と待ち合わせて、これから撮影に行く。

 景都がイルミネーションの撮影をしたいと言うから、俺はそれに付き合うことにした。

 この時期、イルミネーションが有名なスポットは土日混雑するから、撮影なら平日がいいだろうってことで、こうなった。


「お疲れのところ、すみません」

「いや、今日は早く上がれたからね」

 本当は、まだやり残した仕事もあるのだけれど、夜の撮影に行くという景都を一人で行かせるわけにもいかず、少し無理して退社した。


「さっきカメラを持った変な人に声を掛けられて、俺も一眼で写真撮ってるんだけど、一緒に撮らない? とか言うから、このF3見せたら行ってしまいました。フィルムカメラとか、すごいね、とか言って。私、ガチぜいに見られたみたいです」

 景都がそう言って笑う。


 F3は、軟派なんぱなカメラマンを退散たいさんさせる力もあるらしい。

 でも、確かにF3を提げて三脚を肩に掛けた景都は、ガチ勢以外の何者でもないと思う。



 俺は、人気のイルミネーションスポットになっている複合商業施設まで車を走らせて、近くの駐車場に停めた。


 そこからしばらく二人で歩く。


 オフィスビルやホテル、映画館、デパートなどが建ち並ぶ中を歩いて行くと、その中央の広場に向かう並木に、全てLEDの電飾が施されていた。


「綺麗!」

 景都が思わず声を上げる。

 イルミネーションは、広場にある大きなクリスマスツリーまで延々と続いていた。

 広場へ続く石畳のプロムナードには、赤い絨毯じゅうたんまで敷いてある。


 イルミネーションと共に、オフィス街のビル灯りやデパートのショーウインドーの灯りも手伝って、辺りは、宝石箱をひっくり返したような光で満ちていた。

 平日な為か、狙い通り、混雑というほどには人もいない。

 人通りはあるけれど、少し待っていると途切れることもあって、人がいない瞬間の撮影だって出来そうだ。


 景都はさっそく肩に掛けていた三脚の脚を伸ばして、雲台にF3を載せた。

 F3にはレリーズも着けている。

 彼女は邪魔にならないよう、人が途切れたところを見計らって素早く三脚を立てると、35㎜ F1.4の広角レンズで全景を抑えた。


「露出補正で+1くらいにして明るめに撮ると、街のきらびやかさを写し取ることが出来るよ」

 俺のアドバイスを聞いて、景都がそれでもう一枚シャッターを切る。


「師匠、クロスフィルターを使ってみてもいいですか?」

「うん、いいかもね。キラキラの写真になるし」

 俺が言うと、景都はレンズの先にフィルターをねじ込んだ。

 このフィルターを着けると、光源から十字に光芒こうぼうが伸びるから、こんなふうに光源が多いところだと、まばゆいばかりの写真になる。


「師匠、今度はレンズを替えますね」

 全景を取り終えた景都が、レンズを105mm f1.8に替えた。

 それを、立ち止まってイルミネーションを見上げるカップルの後ろ姿に向けて、ピントを合わせる。


「うん、背景のLEDが全部ぼけて丸い玉になるから、幻想的な写真が撮れるね」

 景都は、このレンズを使おうって直感的に考えたんだろうか。

 それとも勉強していたのか。

 とにかく、俺が指示しなくても、もう景都はレンズ選びも出来るようになっていた。

 これ以上はアドバイスなんかせずに、景都に自由に撮らせたほうがいいのかもしれない。


 俺達はプロムナードをゆっくり歩きながら、写真を撮りつつクリスマスツリーがある中央の広場に向かった。

「なんか、みんなうらやましいですね」

 撮りながら景都が言う。

 このイルミネーションを見に来ているのは、もちろんカップルが多かった。

 みんな、腕を組んだり手を繋いだりしながら、思い思いにイルミネーションを眺めている。


「なんか、けちゃうな」

 ふざけてほっぺたをふくらませる景都。

「師匠と私って、周りからどういうふうに見えるんですかね」

 景都がそんなふうに言った時だった。


「ちょっと、すみません」

 背後から声を掛けられる。


 振り向くと、制服姿の二人の警察官が立っていた。

 メガネを掛けた一人は若くて二十代半ば。

 もう一人の背の高いがっちりとした方は、俺と同年代か、少し上くらいだと思う。


 俺と景都は、周りからあやしい二人だと思われたらしい。


「君は高校生くらいかな?」

 若い方の警察官が景都に訊いた。

「はい」

 景都が頷く。

「あなたは? お父さん、ではないですよね」

 俺も若い方の警察官に訊かれた。

 明らかに、援交かなんかを疑われているんだと思う。

「身分証を見せてもらっていいですか?」

 若い方の警察官に言われて、俺は免許証を見せて、景都は学校の生徒手帳を見せた。

 別にやましいことはない。


「二人は、どういう関係?」

 年上の警察官が訊いた。


「私達は、その、一緒に暮らしていて……」

 なんて説明していいのか、説明に困る。

 カメラの売買で知り合って、一緒に暮らすことになったとか、それを短い言葉でどう説明したらいいんだろう。

 俺だって、どうしてこうなったのか分からないのだ。


「師匠は、いえ、大沢さんは、私の姉の婚約者です。だから、私達は三人で暮らしてます」

 景都が言った。

「本当に?」

 若い方の警察官が眉をひそめて訊く。


「それじゃあ、家の方に連絡していいですか?」

 年上の方の警察官が訊いた。

「はい、どうぞ」

 景都が言って、若い方が彼女の生徒手帳にあった電話番号に連絡する。


 マンションには杏奈さんがいるはずだ。

 杏奈さん、上手く話してくれるだろうか?

 景都の嘘に、ちゃんと反応出来るのか。


 そんな俺の心配をよそに、隣で景都は平気な顔で見守っている。


「確認取れました。どうもすみません」

 しばらく電話をして、若い方の警察官が頭を下げた。

「お姉さんが、ちゃんと説明してくれました」


 杏奈さん、上手く話を合わせてくれたらしい。

 それはそうか、彼女は物語をつむぐ人なのだ。

 警察官の話を聞いて、一瞬で景都の嘘を察したに違いない。


「色々あるもので、彼女みたいな女の子と、それを連れている男性には、一応、声を掛けてるんですよ」

 若い方の警察官が言った。

 それは、こんなおっさんが、夜、景都のような子を連れ回していたら声も掛けられるだろう。

 かえって掛けられないほうが、この国の治安をうれうくらいだ。


「お、君それ、ニコンF3だね」

 年上の方の警察官が、景都が首から提げたカメラを見て言う。

「はい」

「おじさんも昔持ってたよ。いいカメラだね」

「はい! ありがとうございます」

 景都がとびきりの笑顔を見せた。


「それじゃあ、気を付けて撮影続けてください」

 年上の方の警察官がそう言って、頭を下げて去って行く。


 二人を見送ったあと、俺達は顔を見合わせて笑った。


「びっくりしましたね、お兄様」

 景都が言う。

 それにしても景都、俺が杏奈さんの婚約者だなんて、警察官相手に、よく咄嗟とっさにあんな嘘がつけるものだ。


「あーよかった。私の恋人です、って言わなくて、どっちにしようか、最後まで迷ったんですよ」

 景都がそんなことを言って悪戯に微笑む。


「さあ、師匠、クリスマスツリー見に行きましょう」

 景都が俺の腕に自分の腕をからませて、広場まで引っ張っていった。


 こんなことをするから、いらぬ誤解を生むのだ。

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