第105話 人の恋路

 翌日の昼休み、早々にご飯を食べ終えた俺は情報収集のために校内を歩いていた。


 口に出されずとも考えてることがわかる。今では俺だけしか使えなくなった出歯亀過ぎる特権だけど、今は事の善し悪しを語っている場合ではない。


 そんな言い訳を自分にしながら渡り廊下を抜けると、そこは人通りの少ない美術室前のある別棟に辿り着く。


 男女の話す声が聞こえ、俺は反射的に足を止め隠れた。


「そうは言っても高槻君、あんまり急に言っても絶対OKなんて貰えないってぇ!」

「そう? 言うても島本は傷心中だしなぁ、攻めるなら今だと思うけど」


 声だけで誰かわかった。男の方は操二で、女子の方は……多分愛さんだよね? 会話もそんな感じだし。


 まるで探偵ごっこみたいだな、なんて思いながら俺は何となく二人を物陰から見ていた。


「あれだぜ? 島本の今がどんな感じか知ってる? ワンプレー終わったらすぐ溜め息、流石にクラスじゃ悟クンに気ぃ使ってんのか知んないけど、オレの前とかウザいくらいには落ち込んでるよ」

「ま、まあ島本君は昔から長岡さんのことがす、好き……だったし……」

「あっはっは、自分で言っててダメージ受けてんじゃん」

「そ、そういうのは今は関係無いの!」


 そう言えば二人に関わりってあったんだね。確かに操二は恋愛ごとにおいてはめちゃくちゃ頼りになりそうだし、島本とも同じサッカー部で人となりとか好みには詳しいはず。相談相手としてはこれ以上無い適任だろう。


(……宮田くんにも申し訳ないし……)


 予想していなかった思考。俺に申し訳ないっていうのは……前に舞さんが言ってた“告白する言い訳”の話かな。


「大体さ! この学校ってイベントが少ないと思わない!? 告白するタイミング全然無いじゃん!」

「まーオレらはまだ修学旅行があるって言っても、アレは三年の春だしなぁ。文化祭が終わったら勉強にシフトするヤツだって多いし」

「だったら告白出来ないのもわかるよね!?」

「オレはいつでも告白してた気するけど……そういうもん?」

「そういうもん!」


 ……おお、なるほど。操二が誘導したのかは定かじゃないけど、凄い自然に学校の不満が出てきたな。立花さんが持ってきてくれる情報も合わせて考えなきゃだけど、今のは覚えておいて損はないだろう。


 コツ、と操二の上靴がリノリウムを鳴らした音が廊下に響く。


「意外と愛ちゃんってウブだよね。今みたいにオレがちょっと近付いただけで赤くなる。ギャルっぽいのに」

「は、はぁ!? そういうのやめてよバカ! なってないし!」

「ごめんごめん、オレも別に友達の関係を超える気は無いよ。好きな子居るし」

「そうなの!? 意外!」

「多分どんな子か知ったらすげー驚くと思うぜ? 言わないけど!」

「えー何それ、教えてよー」


 確かにめちゃくちゃ驚くだろうね。丁度俺と琴歌の年齢差と同じだし、歳の離れた妹や親戚の女の子って言われる方が確実に納得出来る。


 多分そんなこと、今の操二は死んでも言わないってのはさておき。


「まーオレの話は置いといてさ。島本はもうサッカー部のキャプテンっつー最強に倍率の高い倍率激高物件になってるんだぜ? 一応リードしてる今のうちに告るべきだとオレは思うよ」

「一応っていうのが気になるけど、リードしてる? やっぱ周りよりはリードしてるよね!?」

「そりゃ一緒に夏祭り行ったんならリードしてんじゃねえの? そこから足踏みしまくってるし今はあんまわかんねえけどさ」

「高槻君ってホント一言多い!」


 ……これ以上は無粋かな。今更なことを思った俺はその場を後にする。


 恋愛にしろ部活にしろ、やっぱり高校生が求める高校生活っていうのは青春なんだろうね。全員が全員高校生は今しかないって意識はないんだろうけど、出来ることならあの頃は楽しかったなんて同窓会や成人式の日にでも話のタネにしたいはずだ。


 誰かが言っていた。青春は若者には勿体ないと。


 ……正しくそうなんだろうな、と当の若者が大人ぶって達観してみるけど。やっぱり実感はまだ湧かないや。


 教室に戻る道すがら、俺は見知った顔を見つけてつい立ち止まった。


「あれ、悟じゃない。昼休みに会うのは珍しいわね」


 音心はいつものツインテールを揺らしながら俺の名前を呼ぶ。どうやら誰かと居るわけではなさそうだ。


「音心こそ、一人なのは珍しいんじゃないのか?」

「まあアタシは人気者だからね。今はたまたま職員室に用があっただけで」

「生徒会関連?」

「進路。何か指定校推薦をくれるって言うから聞いてたのよ。こういう時は生徒会長やってて良かったって思えるわ」


 うちの高校の生徒会長は明らかに他の高校の生徒会長よりも任されている案件が多い。俺が知らなかった業務だってあったはず。


 だからこそこういう特別扱いがあったとしても素直に受け入れることが出来る。


 それくらいのことを、音心は一年間頑張ってきたのだ。


「で? 会長選挙の方の調子はどうなのよ?」

「周りに頼りきりだけど何とかやれてるよ。全力で勝ちに行くからな」

「周りに頼る、か。愛哩とは正反対ね」


 どこか自嘲を滲ませた笑みを浮かべながら、音心は続ける。


「愛哩は能力が高過ぎるから全部一人で何とか出来てしまうのよ。おかげで協力しがいがないったらありゃしないわ」

「相手側の俺がこんなことを言うのは変かもしれないけど、愛哩が無理をしてたら俺に言ってくれると助かる」

「無理せず完璧にこなせるのが流石なのよね」


 ここまで言わしめる愛哩に、しかし俺は疑問を抱かない。心の中はぐちゃぐちゃだろうに見える範囲は満点を叩き出せるその姿は、もう何度も見てきた。


 誰より取り繕ってきたんだ、その積み重ねは伊達じゃない。


「……一個だけ忠告しといてあげる。あの子はアンタの想像を軽々超えてくるわよ」

「だったら俺はもっと頑張らないとな」

「ま、どうするかはアンタ次第ね。アタシは愛哩の推薦人だからこれ以上お節介は焼かないわ」


 髪をクルクル弄りながら感情の見えない目で俺を射抜く。不快に思うものではないけど、少なくとも好意的なものでもなかった。


 音心は俺が来た方向へ歩き出し、徐々に足音が遠ざかっていく。


 振り返った時にはもうそこには居なかった。

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