第65話 擬似デートwith長岡さん

 今日は朝から綺麗な秋晴れで、澄んだ空に吸い込まれそうな錯覚を覚える。朝礼が始まるまでの時間、俺は教室で誰かと話すわけでもなくただ空模様を眺めていた。


 昨日、つまり未耶ちゃんとのデートでは思ったよりも踏み込んでしまったな。結局心が読めるとは言わなかったけど、ほぼそれに近いことは実践含め口にしてしまった。


 ……変に思われたかな。俺が逆の立場だったら、そりゃ気味悪く思うよね。


「おはよ、宮田くん」


 とんとんと背中をつつかれたので振り返ると、そこには艷めくハーフアップを揺らして微笑む長岡さんが立っていた。


「おはよう、長岡さん」

「うん」

「……ん? 今日ちょっと違うね」


 いつももだけど今日は一際綺麗な髪に、ふわりと香る甘い桃のような匂い。だけど香り自体は全くくどくなくて、いつまでも嗅いでいられそうだ。


「……ちょっと宮田くん。今の変態みたいだよ?」

「へ? ……あ、そうか読まれたのか。面と向かって言われるのは辛いものがあるなぁ」

「私も面と向かってこんなことを言うのは宮田くんだけだよ? それに、今日は彼氏でしょ?」


 ふふっと笑う長岡さん。一昨日は立花さん、昨日は未耶ちゃんと来て今日だ。正直長岡さんとのデートプランを考えるのが一番頭を使った気がする。


「今のも、口にはしてなかったけど女の子相手だと失礼な思考だからね? せっかくポイント稼いだのにプラマイゼロに戻っちゃったよ」

「勝手に読んだのは長岡さんのくせに……。……ん? ポイント稼いだってのは?」

「今日はちょっと違うってとこ。私もちゃんと彼女として気合い入れてきたんだからね」

「ああ、そういうことか」


 無意識に言ってたことだけど、そう思ったのなら良いことだな。よく言う気付いてほしいってやつだよね。


 それと良く考えたら俺、心を読めるくせに長岡さんの好みとかほとんど知らないんだよな。これはプランを考えた時に気付いたことだ。


「そそ、お昼も一緒に食べようね。教室……は流石に目立つかな?」

「出来れば別の場所が良いな」

「わかった。なら生徒会室で食べよっか」


 それだけ言うと満足したのか、長岡さんは上機嫌で自分の席へと歩いていった。昼ご飯を一緒に食べるのは想定外だったけど、まあ相手は長岡さん。別にどうとでもなるか。


 ふと長岡さんの背中へ視線を向ける。近くの女子達に挨拶を返しながら、しかし心の中では別のことを考えていた。


(早くお昼にならないかなぁ。人目につかないところで話すってあんまりないし、もしかしたら花火大会の時みたいに手とか繋いじゃうのかも? そうなったら多分、また断れないんだろうな、私)


 ……よく他の人と話しながら他のことをあんなに考えられるなぁ。思わず顔を背けるけど、これは別に恥ずかしくなったからとかそんなんじゃないから。


 誰に言い訳をしているのか、とりあえず思考を切り替えるためにまた空を眺める。


 伸びた青はどこまでも澄んでいる。その果てしなさに、俺は何故だかため息をついた。




 お昼時。例によって別々に教室を出た俺と長岡さんは、何事も無く向かい合って生徒会室で昼ご飯を食べていた。


 今日も俺の食べている弁当は琴歌が作ってくれたものだ。刻一刻と近付く彼女(正確には偽彼女だが)へ張り合うようにか、日ごとに豪華さが増している気がする。


「宮田くんのそれ、今も琴歌ちゃんが作ってるの?」

「そうだね。長岡さんが教えてくれたおかげで最近は美味しく食べれてるよ」

「んふふ、良かった。ホント可愛いね」

「否定はしないよ」


 琴歌のことは俺も好きだ。だけどそれは当然兄妹のそれであり、間違っても恋愛的な意味じゃない。


 そう考えるとやっぱり、琴歌の一時の気の迷いは早く正してあげなきゃな。好かれること自体は嬉しいけど、決して健全ではない。


「そうそう、昨日のみゃーちゃんとのデートはどうだったの? 夕方の公園ではちょっと良い感じだったけど」

「楽しかったよ。俺には勿体ないくらい良い子だね」

「勿体ないかはさておき、良い子なのは同意。それに一途だよね」


 合格発表の時に嫌な思いをして、高校でも怖いことがあって。だと言うのにあれだけ純粋なのは一重に未耶ちゃんの人の良さが理由なんだろうね。


(私としてはちょっとだけ複雑だけど、お似合いなんだよね。心を読んだ感じはみゃーちゃんも宮田くんの特性をちゃんと受け入れられそうだったし)

「……複雑か」

「っ! もう、だから女の子の心は勝手に読んだらダメって何回も言ってるのに」

「ごめん。……うん、ごめん」


 ここで踏み込めないのは、花火大会の時に言われた言葉を気にしているからかな。


 それとも、ただ純粋に言い訳をしているだけだからかな。


 一度も恋愛をしたことがない俺には、違いがはっきりと認識出来ない。


「そう言えば今日は何をする予定なの?」

「俺長岡さんのことあんまり知らないんだよな。好きなこととかさ」

「……急にどうしたの?」

「だからちょっと趣向を変えてさ、今日は俺のことを知ってもらおうと思って。自分のことは教えないのに相手にだけ強制するのは違うなってさ」

「お、成長してるんだね。良いと思うよ、そういうの」


 立花さんに言われた、言わなくても自分のことをわかってくれる人を望んでいるっていう性質。一切の反論を許さないそれは完璧に的を射たもので、今回試しにその選択肢をとってみようというものだ。


 ふうとため息をついて卵焼きを口に運ぶ。砂糖が入っていない辛めの卵焼きは俺の好みの味で、思わず頬が綻んだ。


「にしても宮田くん、知ってもらうって具体的にどこに行くの? あてもなく散歩?」

「俺が通ってた中学。入るつもりはないけど、その辺りを歩こうかなって」

「!」


 長岡さんは目を丸くする。逆の立場だったら俺もそうしてたな。


 トラウマの詰まった中学。意識的にか無意識にか、俺は高校生になってからは中学近辺に行ったことがなかった。


 もしかしたらあの頃の友達に出会ってしまうかもしれない。そう考えると、やっぱり自分からは行こうと思わなかった。


「立花さんや未耶ちゃんみたいにステレオタイプなデートじゃないけど、良い?」

「ダメって言うと思う?」

「そう思わないから提案してみた」

「んふふ、そっかそっか。じゃあ今日は色々聞かせてね?」


 長岡さんはいたずらっぽく笑って、アピールするように首を軽く倒した。


 揺れた髪から香る甘い桃の匂い。俺はつられるように笑顔を作って、弁当の残りを食べだした。




 終礼が終わり、教室にざわざわと喧騒が生まれる。俺は机の上に置いてあった筆箱を鞄にしまい、長岡さんのもとへ目をやる。


 いつもはクラスのみんなに囲まれて少し話してから生徒会に行っているけど、今日は予定があると言って早々に雑談を切り上げていた。


 頃合いを見て俺は長岡さんのもとへ近寄ろうとするが、それよりも早く、いつもは放課後に話していない男子が長岡さんへ声をかけた。


「長岡!」


 引き締まった体や短い髪型と、爽やかな印象を覚えるその男子は操二と同じサッカー部の島本。いつもはすぐに部活へ向かうのに教室に残っているってことは、今日は休みなのかな。


 予想していなかった長岡さんは島本を見て、キョトンとした顔で応答する。


「島本君? どうしたの?」

「あのさ、俺今日休みでさ! だからその、もし暇だったらどっか行かね?」


 島本は教室全体に聞こえるくらいの声量で誘う。注目を浴びたのは言うまでもなく、だけどそれを気にした様子は島本にはない。


(視界にいるうちに誘えってな。高槻もこれなら認めてくれんだろ)


 ……操二? 相談でも乗ったのかな。正直心が読めずとも島本の好きな相手はわかるし、多分そのことについて話したんだろう。


「今日は予定があるの。ごめんね」

「あー……、生徒会あるもんな」

「んー、今日のは生徒会というか。……説明難しいなぁ」

「説明が難しい?」

「宮田くんと出かけるんだ。だから今日はごめん」

「っ!」


 聞き耳を立てていたクラスメイト達は一気にざわめき出す。俺が生徒会に入ってることはそろそろ全員が認識してるだろうけど、どこか含みのある言い方は邪推をするには充分だった。


 ……視線が痛い。別に生徒会の用事で良いのになぁ。


(……クソ、また宮田かよ……!)

「じゃね、島本君」

「あっ、長岡!」

「お待たせ、宮田くん」


 刺さる視線をまるで無いものとして、長岡さんは俺の正面に立つ。


(そろそろ気がないってアピールしなきゃ島本君も、あと愛ちゃんも可哀想だしね。宮田くんもそう思わない?)

(……女子って凄いなぁ。そんな気遣いとか一切考えたことないよ)

(私はむしろ羨ましいけどね)


 こんなところで話していても仕方が無い。俺は教室を出ると、後ろを続いて長岡さんも一緒に出た。


 ……今のを見る限りは、告白のが一番優しいのかもって思ってしまうな。そう考えると、やっぱり琴歌にもそうさせないのが一番じゃないかと、俺は考えを固めたのだった。




 うちの高校から俺が通っていた中学までは歩いて三十分といったところだ。それくらいなら俺は歩いても良かったが、長岡さんや後ろを着いてきている音心達のことを考えて最寄りのバスに乗った。


 降りたところからは数分で辿り着ける。俺と長岡さんはフェンスの外側から中学のグラウンドを眺めていた。


「ここが宮田くんの通っていた中学なんだね」

「うん。……ホント、変わらないな」


 時間が時間だけに帰宅する学生は見えない。ただグラウンドから聞こえてくる声やその雰囲気、それに外観が否応なしに脆い部分を抉ってくる。


 部活には入っていなかった。だけど、教室に残ってあの頃の友達と話していた記憶が甦った。


 これは多分、怯えているんだろう。


「そこのサッカーゴールさ、体育の時よく使ってたんだよ。動かすのが重くてさ」

「うちのは意外と軽いよね」

「うん。……それと俺、運動は苦手じゃなくてさ。だから結構パスとか貰えたんだ」

「そうなんだ」

「人を見るだけで次相手が何をしたいかわかるからディフェンスは上手かったし、パスを貰う時も完璧な位置に移動出来た」

「私達の特権だね」


 思えばその頃から、俺は少し距離を置かれていたのかもしれないな。


「そこの校舎の隅の方で告白されたこともあったよ」

「んふふ、自慢?」

「長岡さんはよくわかると思うんだけど、こっちからすると早く言ってくれってなるんだよね。言いたいことが完璧にわかるからドキドキもありゃしない」

「それはそうかも。今日の島本君のあれだって朝から知ってたし」

「……普通の恋愛が出来ないのは、ちょっと勿体ないなって感じるよ」

「その代わり、普通じゃない恋愛は出来るけどね?」


 ちょんと手の甲に長岡さんの手が触れる。思わず長岡さんを見ると、照れくさそうにはにかんでいた。


「ちょっと恥ずかしいかも」

「……今朝さ、俺からいきなり手を繋がれたら断れないって考えてたよな」

「! ……もう、それ私が宮田くんと分かれた後に考えてたやつでしょ。ホント、早く席替えして宮田くんの後ろに行きたいよ。そしたら私もいつでも宮田くんの考えてることがわかるのに」

「それは嫌だなぁ」


 それならせめて隣とか、お互い対等な位置の方が何倍も良いや。


 日が傾いてきたのか影が長くなる。遠くからはカラスの鳴き声も聞こえてきた。


「長岡さん、今の俺と長岡さんは付き合ってるってことで良いんだよね」

「ひとまずは今日だけだけど、うん」

「……手、繋ぐ?」

「……ちょっとそれ、ずるくない?」

「自分でも反則じみてるなぁとは思うよ」

「もう」


 きゅっと手が握られる。自分の体温よりも少し温かくて柔らかいそれは、言うまでもなく長岡さんの手。


 赤くなった長岡さんの顔は夕日のせいなのか、それとも。


(……宮田くん、ずるいなぁ……)

(繋ぎたくなった、っていうのもずるいかな)

(口で言ってくれなきゃずるいよ)

「……長岡さんと、その」

「ちゃんと言って」

「……恋人っぽいことを、してみたくなった」

「そ、それもずるいから! 宮田くん今絶対私の方見ないでよ!」

「え?」

「ダメだから!」


 まくし立てる長岡さんにぎゅっと手を握る力を強められ、気持ちを抑えグラウンドへ視線を向ける。


 ……こんなことを思うのは変な話だけど、俺だってこういうことも出来るんだな。


 初めに抱いていた怯えはどこへやら、俺はそれから暫くの間長岡さんとの無言を心地良く感じていた。

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