第66話 擬似デートwith音心

 今日は擬似デートの最終日で、相手は音心だ。


 放課後、俺は校門で待っていた。終礼後すぐに向かったから下校する生徒は多く、人が少ないところにいるとはいえ少し注目を浴びている。


 数分待っていると、昇降口から音心が顔を出した。いつも通りの様子で、これからデートなんていう気配は一切無い。


 音心は俺の前に歩み寄ると、口を開く前にふふっと笑った。


「何かアンタとデートなんて気持ち悪いわね」

「開口一番で厳しすぎるだろ……」

「何、もう三人とデートしたからってちょっと余裕持ち出した? アタシからしたら悟なんてまだまだ子どもよ」

「……ふっ」

「ちょっと!!! 今のは笑うところじゃないわよ!」


 ころっと表情を変えてぷりぷり怒り出す。かと思うと、バシンと背中を叩かれた。


「ほら、行くわよ」

「良いけど、どこに行くかは言ってないぞ?」

「どうせ小学校とかそんな感じでしょ」

「……凄いな」

「伊達に昔アンタと遊び倒してたわけじゃないわ」


 音心はツインテールを揺らしながら歩き出す。遅れないように俺もすぐに後を追う。


 小学校に行くと決めたのは昨日のことがあったから。トラウマの詰まった中学でさえ意外と簡単に行けたし、小学校くらいならお互い懐かしいななんて軽口を叩けそうだなって思った。


 にしても、音心にそれがバレてるとは思わなかったな……。流石に昔から知ってるわけじゃないか。


 俺は早足になって、音心の隣に追いついた。




 秋とはいえまだ九月。辺りは日も落ちる前で、昼時と変わらないくらい明るい。


 小学校に着いたがグラウンドで遊んでいるのはほんの数人。少しだけ時代を感じた。


 門は開いていたので音心と共に敷地内へ入る。六年間通っていただけに、いろんな記憶が甦ってきた。


「ここでよく鬼ごっことかしたわね」

「うん。昔の音心は足が速くてみんなに尊敬されてたよな」

「そうね。まあ今も速いけど」


 音心はふふんと鼻を鳴らして近くの縦に半分埋まったタイヤに腰掛ける。隣のタイヤに俺も腰を下ろした。


 遠くで遊んでいる小学生はキックベースをしている。俺も昔やったっけな。


「……で? 誰が良かったとか、アンタはあるの?」

「今回の依頼のこと?」

「ええ。愛哩に未耶、あとあずって子とデートしたじゃない」

「まあ、相性良いんだろうなって子は」

「あら、意外と素直に答えるのね」

「隠すことでもないからなぁ」


 俺はキックベースを眺めながらため息のように口にする。彼女はいたことがないけど、彼女なら絶対楽しいだろうなって子は確かに存在した。


「誰か聞いても良いの?」

「それも隠すことでもないし、相手は別に音心だから」

「あ、アタシ!? 待って、別にアンタとは小学校を見に来ただけよ!? ……はっ、てことは元々アタシ狙い……!」

「そんなわけないだろ!?」

「そんなわけないって何よ!!!」


 嬉しいか嫌なのかどっちなんだよ……。女子って難しいなぁ。心の中で呟いた。


「……まあ良いわ。悟なんてこっちから願い下げよ」

「はいはい……」

「で? やっぱ愛哩?」

「……ここまで言っといてなんだけど、やっぱり言わないって選択肢は?」

「ない」

「だよな……」


 直前になって恥ずかしくなってきた。だけどそれを許す音心じゃないし、俺も別に期待してない。


 意を決して、口を開く。


「立花さんは良い子だよ。明るいし優しいし、だけど周りもちゃんと見えてる」

「そうね。尾行中もそんな感じがしたわ」

「長岡さんはなんというか、上手くは言えないんだけど俺と一緒なんだよ。だから、おこがましい言い方をすれば理解者かな」

「ん? てっきりアタシは愛哩が相性の良い相手だと思ってたんだけど、その順番で言うってことは未耶なの?」

「長岡さんはそういうのとはちょっと違うっていうか」


 多分前提とか土俵、次元が違う。俺と長岡さんだけが共有出来る共通点は、相性の善し悪しを超えてる気がする。


 それにお互いがだったらって考えると、多分めちゃくちゃ良いとは言いきれない。完全に無駄な思考なんだけどね。がアイデンティティに影響を与えてるのは間違いないし。


「未耶ちゃんとは多分、ずっと仲良くしていけると思うよ」

「ふーん。昨日は愛哩と手なんて繋いでおいて、節操がないのね」

「……見られてたんだったな」

「それこそ未耶がビックリしてたわよ? わたしの時にはしてなかったのにーみたいな顔して」

「あれ? 俺未耶ちゃんとも手を繋がなかったっけ?」

「事情を知らなかったらその発言とんでもないわね……」


 音心は顔をひきつらせながら嫌悪感丸出しで呟く。そりゃ言葉尻だけ見たら酷い人間っぽいけども……。


 ただ未耶ちゃんと相性が良いって考えてるのは本当だ。あの子は多分俺の事情、つまり心を読めることを知っても変わらずに接してくれそうな気がする。


 ……ちょっと違和感があるな。変わらずに接してくれるんじゃなくて、受け入れてそれも普段に変えてくれそう。


「ただこれって俺が決めるんじゃないよな? 確か匿名投票じゃなかったっけ?」

「まあそれもそうね。……言っとくけど、アタシを選ぶなんてことは」

「ないから安心して」

「言いきられるとそれはそれで腹立つんだけど」

「ワガママにも程があるな……、っと」


 ここまで転がってきたボールを手に取る。どうやら視界の奥でキックベースをしていた子の一人が大ホームランを叩き出していた。守備の子達はもう取りに来るのを諦めていて、蹴った子は悠々とダイヤモンドを一周している。


 遠くから守備の一人の子が、大きな声を上げる。


「ごめんなさーい! それこっちに蹴ってくれないー?」

「ほら、蹴りなさいよ。アタシはスカートだし」

「ん」


 俺は小さく答えて思いっきり蹴る。ボールは何回かバウンドしたけど、丁度ホームへ飛んで行った。小学校の子達は口々に凄いやヤバいなんて言ってる。


「ありがとー!」


 俺は手を振って答えると、キックベースは再開される。変な方に飛んで行かなくて良かった。


「流石男子ね。アタシなら多分あそこまで届いてなかったと思う」

「音心は身体も小さいしな」

「アンタ今どこ見て言ったのよ変態!!!」

「身体って言っただろ!?」

「……まあ良いけど。とりあえず悟、女子っていうのは色々複雑なの」


 音心は柄にもなく真剣な顔で俺を真っ直ぐ見る。つられて俺も真面目に耳を傾けた。


「誰とは言わないけど、ちゃんと尊重してあげるのよ」


 それだけ言うとツインテールを揺らして、またキックベースをする子達へ視線を戻す。俺の返答は求めていないようだ。


 あえてぼかされた“誰か”。それが一体誰のことなのか、そもそも特定の一人なのかどうか。


 歳上らしい忠告を残した音心は、キックベースをしていたあの頃とは違って大人びて見えた。

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