第63話 擬似デートwith立花さん
六時間目の後、テスト後の弛緩した雰囲気のまま終礼が終わる。
今日は夏休み後の確認テストが五時間目まであり、六時間目のロングホームルームがあったのだ。
……テスト、結果はどうかな。今回は前ほど自信があるわけじゃないし、もしかしたら長岡さんに負けるかもしれない。長岡さんの苦手な三角関数も一つしか大問なかったしね。
ふと長岡さんを見ると、いつものようにクラスの友達と会話していた。
「えー、もう行っちゃうの?」
「ごめんね、この後生徒会の依頼があってさ」
「そっかー。じゃあまた明日ね!」
長岡さんも今日は早めに会話を切り上げていたようだ。
この後は生徒会室に行かず、俺はそのまま立花さんと擬似デートをする。後ろで見るために長岡さんも、早くに話をやめたのだろう。
そんな風に眺めていると、昨日のの生徒会室のように教室のドアがバァンと開け放たれた。
「宮田せんぱーい! 早く行きましょうよー!」
そこにいたのは肩くらいまで伸ばした髪をふわふわと揺らす立花さん。クラスメイトの半分くらいはみんな帰った後だけど、まだ人が居るため少し注目を浴びた。
「今行くよ」
俺は席を立って立花さんのもとへ向かう。
しかしその途中、肩を軽くぽんと叩かれる。振り返ると、島本がめちゃくちゃ良い顔をしていた。
「……頑張れよ!」
(良し! 良し! ライバルが減った! これで俺の時代だ!!!)
「あ、ああうん。頑張ってくるよ」
ライバルってのは十中八九長岡さんを狙う人、彼氏候補だろう。俺にそんな気は……、まあ、ほぼ無いため杞憂だとは思うけど。花火大会の時にあんなことをした手前、大きなことは言えない。俺は適当に流す。
「さ、宮田先輩! 行きましょう! 今日どこ行きます?」
「一応考えては来たけど、あんまり期待しないでね」
「大丈夫ですよー!」
立花さんは快活に答える。まあ今から言い訳しても仕方ないか。俺は一緒に教室を出る。
……そう言えば、ちゃんとしたデートって初めてだな。一応擬似ではあるけどね。
立花さんと来たのはいろんな店が軒を連ねる大通り。ブティックや飲食店など、様々なジャンルの店が立ち並んでいる。
その中で俺が選んだのは最近出来たタピオカ店。立花さん好きそうだし、丁度良いんじゃないかな。
「あー、ここですか。あず先週来ました!」
「えっ」
早速ミスした模様。そりゃそうか、流行ってるもんな……。
「でもまた飲みたいって思ってましたし良いですね! さ、入りましょ!」
そう言って立花さんは腕を組んでくる。ふわりと香った香水はほんのり甘い。
「ちょ、立花さん」
「何ですかーあずの彼氏の宮田先輩!」
「……いや、何でもないや」
「ふふっ、正解です!」
俺と立花さんは今は恋人同士。振り払ったらおかしいし、組まれた腕をそのままにして店の中に入る。
内装は水色や黄緑と蛍光色で溢れていた。並んでいる女子高生や女子大学生と思しき人達はみんなキラキラしていて、何となく俺だけ場違いに感じる。
「あずどれにしよっかなー」
「メニューなんてあるの? タピオカだけだと思ってた」
「そのタピオカに種類があるんですよー! ミルクティーとか紅茶、あと豆乳抹茶なんてのも!」
「へえ。全然知らなかった」
流行ってるとしか認識してなかったからちょっと驚いた。確かにバリエーションを付けなきゃ売れないもんな。色違いだったら映えるーとか。
まじまじと大きく書かれたメニューを眺めていると、俺達の番が来る。俺は立花さんにぐいっと腕を引かれて前に出た。
「ご注文はいかがいたしますか?」
「あずはタピオカ豆乳抹茶で!」
「俺は……ミルクティーのやつでお願いします」
「お持ち帰りですか?」
「あ、店内でってのもあるんだ」
「そうですよ宮田先輩! 何のためにテーブルと椅子が置かれてるんですかー!」
「それもそうだね」
タピオカと言われると外で飲みながら歩くイメージがあったから店内の発想がそもそもなかった。行列に対して店内で飲んでる人の数は少ないけど、よく見るとそれでも結構な人が居る。
「あず達は持ち帰りで!」
「かしこまりました! それではこちらの札を持ってお待ちくださいね」
しかし結局店内で飲むことは無く、立花さんが持ち帰りを決めてくれた。俺はどっちでも良かったから助かったな。彼氏としては減点……な気もするけど。
注文の列から外れる俺と立花さん。こういう時は俺から、彼氏から話さなきゃ。そんな意気込みを素早く察するかのように、立花さんは俺を見てにこにことしだす。
「ど、どうかした?」
「いいえ? 何か宮田先輩が面白い話をしてくれそうだなーって!」
「またえらくハードルが上がったね……」
「えへへ、冗談ですよー!」
立花さんはいたずらっぽく笑って俺の二の腕を軽く叩く。こういうボディタッチがモテる秘訣なんだろうか。
「えっと、面白い話か。カタツムリは基本右回りなのに、ある島では左回りが半分くらいいる話とかどうかな」
「何か普通に面白そうな話でめっちゃ気になりますけど、あずが求めてるのはインタレスティングじゃなくてファニーです!」
そうか……、女子との話は難しいな。長岡さんや音心との会話は基本向こうから話題を振ってくれるし、未耶ちゃんとは基本勉強とか生徒会とか、共通の話しかしない。こういう時に俺のコミュ力の無さが露呈する。面白い話なんてあったっけ……?
「んー……、じゃああずから質問良いですか?」
「うん」
「宮田先輩はどんな女の子が好みです?」
「……他の話題無い?」
「良いじゃないですか! それとも何ですか、もしかして答えられないような好みなんですか! 巨乳がーとか顔が可愛くないとダメだーとか!」
「そんなことはないけどね」
ただ考えたことがないってだけで。中学の頃はそんな話もした覚えがあるけど、確かその時は性格が良い子みたいに適当に濁した気がするな。
「……強いて言うなら、本当の俺を知っても引かない人、かな」
心が読めて
なんせどんな隠し事も出来ないのだ。人が心を読めないのは、読ませないのはそうする理由があるから。そう感じてならない。
思わず真剣な顔をしてしまった俺を見て、立花さんは目を丸くして、それから。
「宮田先輩かっこいいー! 本当の俺を知ってはいけないぜ! ってことですね!」
「それ悪意こもってない!?」
「十五番でお待ちの方ー!」
「あ、あず達呼ばれましたよ! 行ってきますね!」
「ちょっ、俺を中二病で結論付けるのやめてくれない!?」
「えー? そんなこと思ってませんよー?」
思いっきりそんなこと思いまくりな顔をして、立花さんは受け渡し口へと向かう。誤解される言い方だなって今考えたら俺もそう思うけど、何か納得いかない……。安易に話せる話じゃない分、説明も出来ないや。
結局そのまま話は立ち消えて、俺と立花さんはタピオカを持って店の外に出た。
それからはタピオカを飲みつつ女性向けの小物が売られた店を中心にウィンドウショッピングをして、気付けば太陽が傾いていた。夕日が空をオレンジに染める。
家に帰る学生や社会人が行き交う駅のロータリー。立花さんはスマホで時間を確認して、一つ頷く。
「じゃああずとのデートはこの辺で終わりでしょうか! 今日はありがとうございました!」
「こっちこそごめんね。変なことに付き合わせてさ」
「言い出したのはあずですし、気にしないでください! ……あ!」
「え、何? 何かあった?」
「宮田先輩は今、あずに申し訳なさを感じていますよね」
「何その不穏な導入」
ごめんって言った手前否定出来ない分より怖い。何を言い出すつもりなんだ……?
「宮田先輩、あずが今日女の子の好みを聞いた時に自分を受けいれてくれる人って言いましたよね」
「まあ、うん」
そういう解釈が一番近いかな。俺は特に口を挟まず言葉を待つ。
「あずはそれ、良いと思います。でもそれ、一つ前提があると思いません?」
「前提?」
「自分から言わなくても自分を理解してくれることです」
いつになく真面目な表情で立花さんは俺の目を真っ直ぐ見据える。
俺の中の理解して欲しい自分。それは勿論、心を読めてしまうこと。
確かに、俺から言うつもりはない。
「思いを寄せてくれてる人には、言ってみても良いんじゃないですか?」
まるで誰かを思い浮かべながら訴えかけているよう。言わなくても、俺には誰のことを言っているか寸分の狂いも無く理解出来てしまう。
(今のままの長岡さん一直線な宮田先輩じゃ、未耶ちゃん可哀想だもん。これくらいの援護射撃は良いよね)
明日の擬似デートの相手は未耶ちゃん。本当に俺のことを好きでいてくれているならば、そのことを言わないのは不義理かもしれない。それは客観的な判断じゃなくて、ただの俺の意地みたいなものだけど。
「かもしれないね。ありがとう、立花さん」
「いーえー! それと、今日は本当に楽しかったですよ! タイミングが違えばあずもアプローチしてたかもしれません!」
「はは、それは光栄だな。こっちもありがとう、良い経験が出来たよ」
「ふふっ、何ですかそれ。じゃああずは電車なので、また明日です!」
「うん。じゃあね」
立花さんは最後にぺこりと頭を下げてぱたぱたと駅へ駆けていく。
思いを寄せてくれている人には言ってみても良い、か。それも一つの考え方だな、なんて思い浮かべながら、俺は家路を辿った。
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