第34話 長岡さんin俺の家

 今日は罰ゲームの当日。長岡さんが琴歌へ料理を教えてくれる日だ。俺は長岡さんと午前の十時くらいに適当な場所で待ち合わせ、今は家へと二人で向かっている。


「案内してくれてありがとうね」

「良いよ。てか俺の方が非常識なことしてるんだから、何も気にしなくて良いよ」

「それはほら、罰ゲームだし。……ホント、何で負けたかなぁ……」


 またスイッチが入った……。長岡さんそんなに負けず嫌いだったんだなぁ……。これなら負けておいた方が良かったかも、とも思わなくもない。

 まあ負けないけどね。そんなので勝っても嬉しくないだろうし、というか長岡さん相手ならバレる。


(次のテストは夏休み明けの確認テスト……。今度こそ勝たなきゃ)

「今から勉強するの? 気合入ってるなぁ」

「他人事みたいに……。宮田くんに負けたからこんなに張り切ってるんだからね?」

「うん、それはわかるけどさ。俺も俺で負けるつもりはないよ」


 実際今回は得意なところかつ調子も良かったからこその学年一位だ。慢心していると一位はおろか、十位以内の張り紙にすら名前が入らないかもしれない。


「……次は罰ゲーム、どうする?」


 少し不安げに訊いてくる長岡さん。前の勢いが嘘のようだ。


「あははっ、何でちょっと緊張してるのさ」

「だ、だって! 二連続負けてるんだから流石にちょっとは……!」

「ごめんごめん、何か面白くてさ」

(……もう、ただでさえ宮田くんのご両親に挨拶するの緊張してるんだから……)

「あ、うち今日は親居ないよ」

(週末は基本デート行ってるし)

「……心読んだのとか色々ツッコミどころあるけど、とりあえずご両親仲良いんだね」


 まあ確実に悪くはないよな……。息子の俺からすると、見るのも割と辛いからもう少し自重してくれるとありがたいんだけども。


「っと、着いたね」

「へえー、宮田くんこの辺に住んでるんだね。一軒家の大きなお家」

「この辺は地価もそれ程高くないからなあ」


 詳しいことはわからないけど、そんなことを前に父さんが言っていた気がする。

 鍵を取り出し、ドアを開ける。俺は家へ入らず長岡さんを待つと、長岡さんは楽しげにふふっと笑って先に中へ入った。小声でありがと、と呟いたのもしっかり耳に届く。


「お邪魔します」


 長岡さんは丁寧に靴を揃え、玄関に上がる。俺も靴を脱いでリビングへ案内した。

 中では琴歌が既にキッチンで用意を始めていた。エプロンを付けて手を洗っている。


「おかえりおにぃ……って!!! だ、誰その女の人!? 友達を連れてくるんじゃなかったの!?」


 うん、まあ長岡さんを見たらこんな反応になるとは思っていたよ。


(お、おにぃが女の人を連れてくるなんて……! もしかして、彼女!? 嘘、でもおにぃはシスコンなのに! やだやだ、そんなのやだ!)


 何か琴歌、いつにも増して子どもっぽくなってるなぁ……。

 クイ、と服の袖が引っ張られる。長岡さんのテレパシーでの会話の合図で、俺は向けられた目を合わせた。


(こういうことね。おにぃ・・・のこと、ホントに好きなんだ)

(長岡さんまで俺をおにぃって呼ばないでくれ。立花さんじゃあるまいし……)

(……ふーん? 立花さんには既に呼ばれたことあるんだ?)

(……この会話方法、いらないことまで伝えてしまうからそこはやっぱり不便だな……)

「お、おにぃ! 何で二人で見つめあってるの!」

「え? ああいや、ごめん。とりあえず紹介するよ。こちらクラスメイトで生徒会も一緒の長岡愛哩さん」

「こんにちは、琴歌ちゃん。お兄さんから話は聞いてるよ。今日はお料理頑張ろうね!」


 長岡さんからの真っ直ぐな視線に、琴歌は思わずたじろぐ。教室でよく見る完璧な笑顔だ。もう何回も見てるけど、いつ見ても惚れ惚れするほどの完成度だなぁ。


「……宮田琴歌です。今日はよろしくお願いします」


 俺が連れてきた女子ということで多少気に食わないのだろうが、それでも挨拶をしてぺこりと頭を下げる。長岡さんはそれを見てこちらこそと同じく頭を下げた。


「そ、それで! その、長岡愛哩さん!」


 緊張した様子で長岡さんに話しかける琴歌。何を訊くつもりなんだろう。


「愛哩で良いよ?」

「じゃあ愛哩さん、おにぃとは、その。どういう関係なんですか!」

「関係かぁ……。ねえ宮田くん、私達ってどういう関係なのかな?」


 長岡さんは首を傾げて俺へ話を振ってくる。つられて琴歌もじいっと俺を凝視する。

 どういう関係って言われても……、友達、じゃないのか?


(私ってそんなに不特定多数の中の一人なの?)

(確かに長岡さんは特別だけど、だからと言って彼女ではないだろ?)

(まあね。でも悲しいなー?)

「……何というか、朋輩ほうばい、みたいな」

「ぷっ、あははっ! 何その言葉選び! 宮田くんやっぱり変だよ!」

「う、うるさいな! 良いのが思いつかなかったんだよ!」

「……とりあえず、おにぃと愛哩さんは付き合ってないの?」


 恐る恐る、それでもほんの少しの期待を込めた目で尋ねられる。俺は首肯し、長岡さんも安心してと口にする。


「琴歌ちゃんのお兄さんは取らないよ。……今はね?」

「な、なぁっ!? べ、別におにぃがどうとか……そんなの、どうでも良いもん……」

「んふふ、そっかそっか。じゃあそろそろお料理の練習始めよっか?」


 長岡さんはそう言って琴歌の背中を押す。琴歌も渋々だが納得したようで、キッチンの方へ歩き出した。


 さて。俺は何をしようかなぁ。やることも特にないし、リビングでグダグダしておこうかな。

 今が十時半前だから、色々考えたら丁度お昼ご飯に出来上がるくらいか。


 ゴトゴトッ!


「わっ、ごめんなさい愛哩さん!」

「良いよ、落としたのがまな板で良かったよ。包丁とかだったら危なかったしね」


 ……本当に大丈夫かな。心配になってきた。

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