第35話 琴歌の卵焼きと写真の俺

 それから一時間後、長岡さんの助力やお手本もありながら琴歌はお昼ご飯を無事に完成させた。


「はい、おにぃ」


 コト、とお弁当の容器が並べられる。木製の小判型の弁当箱はいつも琴歌が渡してくれるやつだ。


「おお、お弁当スタイル」

「一応それの練習だからね」


 定番の卵焼きからハンバーグや野菜等お弁当によく入っているおかずが彩り良く飾られている。それに出来たてのためか良い香りが鼻腔をくすぐった。


「美味しそうだな」

「琴歌ちゃん頑張ったからね〜。味わって食べてあげてよ?」


 琴歌と長岡さんはテーブルを挟んで俺の正面の椅子に並んで座る。丁度どちらの心も読める位置だ。


(その分宮田くんも読まれちゃうんだけどね)

(……もうそろそろ慣れてきたのが嫌だな)

(読まれること? それはお互い様だよ)

「……また見つめあってる。おにぃのバカ」

「ごめんごめん、じゃあいただきますしようか」


 俺は少し慌て気味に手を合わせ、遅れて琴歌と長岡さんも両手を重ねる。


「いただきます」

「う、うん。召し上がれ」

「召し上がれー」


 箸を手に取り、四つ並んだうちの最も綺麗な卵焼きを口に放り込む。咀嚼する度出し汁が溢れて美味しい。


「おお、俺の好きな醤油の卵焼き。流石琴歌、美味しいよ」

「……それ、愛哩さんがお手本で作ってくれたやつ」

「ありがと、宮田くん」

「あ、ごめん。でも本当に美味しかったよ。琴歌の作ったのはこっち?」

「うん。美味しいかわからないけど……」


 少しだけ形の歪んだ、そして色の濃い卵焼きを取り一口で食べる。さっきと同じように出汁が口の中に広がる、けど……。


(か、辛っ!? 醤油の量間違えてないか!?)

「……おにぃ、どう?」

「ん、んんっ、美味しいよ! ……もし良かったらで良いんだけど、琴歌と長岡さんの分も貰えない?」

「えへへ、おにぃ欲張りすぎ。はい、どーぞ」


 琴歌は嫌な顔一つせず四つ並んだ卵焼きを俺の弁当の米ゾーンに置いてくれる。いやホント、優しく育ってくれて何よりだ。


「……」

「な、長岡さん?」


 じぃーっと俺を凝視する長岡さん。カッコつけすぎたかな……?


「良いよ、はい」


 ふふっと笑みを零して卵焼きを差し出してくれる。しかしくれたのは三つだけで、長岡さんは最後の一つをパクッと一口で食べた。

 あれ変な形してたから琴歌の作ったやつだよな? 割と真剣に辛かったけど、大丈夫か……?


「んんっ、これは確かに食べたくなるね! 宮田くん!」

「う、うん。そうなんだよ」

(ホントは結構辛いけど……。カッコイイお兄ちゃんだね。好きになっちゃうのもわかるかも)

(あんまりからかわないでよ……)

「え、えへへ。愛哩さんもありがとうございます」


 一方の琴歌はただひたすら照れていたのでしっかり誤魔化せたようだ。せっかく練習して自信がついたのに落ち込んだら勿体ないからね。それに嬉しそうな顔を見ると俺まで嬉しくなってくる。


「ただ琴歌、今度は甘いやつにも挑戦してみてくれないか? そっちも食べてみたくなってさ」

「もう、おにぃはワガママだなぁ。じゃあそれは次のお弁当で作ってあげるね!」


 ……一応、今後の予防線も張っておくんだけどさ。




「わ、これが幼稚園児の宮田くん! 小さくて可愛い〜! スモック着てる〜!」

「でね! これが小学生の頃のおにぃ! この頃になるともうカッコイイ感じも出てきてるでしょ!」

「ホントだね、琴歌ちゃん!」

「……恥ずかしいからやめてくれない?」


 空のお弁当を片付けた後、俺はリビングで羞恥プレイ(語弊有り)を受けていた。

 ……俺の目の前でアルバム広げるとか何の拷問だろう。てか琴歌何で俺のアルバムをすっと出せるんだよ。この写真とか琴歌が生まれる前のやつだし。


「……二人はもう料理の練習は良いの?」

「今は休憩。こうして琴歌ちゃんとも仲良くさせてもらってるしね」


 長岡さんも何だか面白がっているようで、俺が何を言っても引く気配がない。まあ別に言うほど嫌ってわけじゃなくて、単に気恥ずかしいだけなんだけどさ……。


「この頃のおにぃは本当にカッコよかったんだよ!」

「この写真の頃って言うと……小学三年生くらい?」

「そう! みんなのリーダーだったんだから!」

「そう言えば琴歌も後ろからちょくちょくついて来てたっけ。まだ四歳くらいだってのにね」

「へー、琴歌ちゃんは昔からお兄ちゃんのことが好きなんだ」

「そ、そんなんじゃないから! 好きとか……別にそんなんじゃ……」


 顔を赤らめてそっぽを向く。我が妹ながら本当にわかりやすいなぁ。

 とりあえず二人を止めることは諦め、俺も一緒になって写真をパラパラと見ていく。この頃は何でも出来る気がして全部が楽しかったっけ。


「あれ? 宮田くん、この小さい女の子ってもしかして」

「ん、ああ。それ音心だよ。その頃はよく遊んだなぁ」


 写真に映る肩ぐらいに切りそろえた身長の低い女の子。俺が三年生のリーダーだとしたらあいつは女ながらに四年生で、よく三年対四年で遊んだ。


「体操服を着てハチマキをしてるってことは、運動会とか?」

「そうそう。ほら、どっちも赤のハチマキしてるでしょ? これその頃は最強タッグだー、とか言ってはしゃいでたんだよ。それを母さんに撮られちゃって」

「ネコちゃん今も元気?」

「元気だぞー。もう毎日うるさいくらいにな」


 琴歌が首を傾げながら訊いてきたけど、確か琴歌もよく音心に遊んでもらってたっけ。女の子同士可愛らしい遊びで、あれだけケイドロとかキックベースとかやってた音心が一緒になっておままごととかをやってるのには変な違和感を覚えたよな。


「へー、やっぱり幼馴染みなんだね。宮田くんと会長」

「そうなるのかな。まあ実際勝負だって言ってはいっつも遊んでたからなぁ」


 あの頃をしみじみと懐かしみながら、俺はどんどん写真を見ていく。四年、五年が過ぎて六年生。

 そう言えばこの頃だっけ。いつの間にか心を読めるようになってたのは。


(宮田くんが生まれ変わった年、みたいな?)

(そうだな。まあ言っても別に小学生の頃はみんな裏表もあんまりなかったから支障はなかったんだけど)


 問題はこの後。中学生の頃だ。徐々に成長していく心は否定と嫌悪を覚え、それをダイレクトに受けてしまう。


「おにぃ?」

「あ、うん。どうかした?」

「いや、何だか怖い顔してたから。大丈夫?」


 指摘され、俺はハッとして顔をぐにぐにとほぐす。

 琴歌にバレるほど緊張してたのか、俺は。だらしない話だな。


「そんなことないよ。だらしなくなんかない」

「っ、長岡さん……」

「それが当たり前なんだと思う。私は昔からそう・・だったから割り切れるけど、宮田くんは違うもんね」


 長岡さんは優しい表情で俺に微笑みかける。もはや比喩ではない、俺を見透かしたような表情で。

 ……何だか情けない。だけどこう思うことだって長岡さんに言わせたら当たり前なんだろう。客観視は難しい。


「正解、当たり前だよ」

(宮田くんは写ってる写真みたいに笑ってる方が似合うと思うし、暗くなるのは勿体ない)

「……ありがとうね、長岡さん。まだ全部は消化出来ないけど、それでも笑えるようには頑張るよ」

(あと長岡さんって意外と臭いことも言うんだな)

「なっ、勝手に読んで臭いって何さ! 宮田くんサイテー」

「あ、いや別にそんなつもりじゃなくて……」

「……むぅ、おにぃも愛哩さんもなーんか良い雰囲気」

(そんなんじゃ邪魔出来ないじゃん……)


 琴歌の言葉で俺と長岡さんは今の今まで忘れていた琴歌を思い出す。だけどその思い出したタイミングがあまりにも同時過ぎて。


「「あははっ!」」

「な、何!? 二人とも何で急に笑い出すの!?」


 さっきの暗い感情から一転、俺は長岡さんと一緒になって笑うのだった。

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