第21話 尾行

 放課後は梅雨時には珍しく晴れ間がのぞいていた。遠くの雲は黒いがこちらへ届くまでにはまだ時間があるだろう。


「ほら行くよ、宮田くん」


 隣に居るのは長岡さん。今日は生徒会活動を休んで二人で操二を尾行するのだ。

 ……何故尾行に二人も居るかは知らない。俺は一人で良いって言ったんだけど、例によって長岡さんのゴリ押しで二人に決まったのだ。


「にしても高槻君、本当に帰るの早いね」

「うん。うちのクラスの終礼終わって三組見に行ったらもう居ないし」


 走ってなかったら多分見失ってただろうな。先に音心に休むって言っておいて正解だった。

 二〇メートル程空けながら操二の後ろを追う。多分まだ気付かれてはいないはずだ。


「長岡さん、この辺って何があるんだっけ? 俺こっちはあんまり来ないんだよね」

「この先は大きいモールがあるね。結構みんな行ってるよ?」

「そうなんだ」


 まあここらはあんまり都会ってわけでもないからなぁ。学生の行く場所も自然と限られてくるんだろう。


 少しすると、横幅五〇〇メートルはありそうな大きい建物が見えてきた。周りに広がる駐車場だけでもかなりの広さだ。


「あっ、高槻君中に入った」

「どうする? 中に入る?」

「何かわかるかもしれないし、入ってみたいな」


 長岡さんはそう提案しながら、しかし返事は待たずにモールへ入っていく。俺も特に何も言わずにそのままついて行った。


 中は様々な店舗が軒を連ねていた。ブティックや靴屋、後は小物を売っている店が多くを占めている。


「宮田くんはこういうところに来るの久々?」

「いや、言う程久々ではないかな」

「あ、そうなんだ。一人?」

「いや」


 大体は琴歌と来てるけど、言うのは何か恥ずかしいな。


「……え、女の子なの? 琴歌って誰」

「また使って……」


 あんまり昔の俺みたいな・・・・・・・テレパシーの使い方をされると自己嫌悪に陥る。

 やめてくれ、とは言えないけどね。どの面下げて言えるんだ。


「琴歌は妹だよ。宮田琴歌」

「あ、そうなんだ。そう言えばシスコンなんだっけ?」

「立花さんのを真に受けないでくれ。……ほら、丁度そこのファンシーグッズショップとかに付き合ってって言われるだけだから」

「あ、懐かしいな。私も昔こういうところ行ったっけ。ほら、丁度高槻君も中に……、え?」


 外から見えるその店の内装は赤や黄色、ピンクといかにも可愛らしげな色で彩られており、中で買い物をしている人達は勿論女子小学生、そして操二……。


「えっ!? いや、んん? あのお店って男子高校生も使うの?」

「そんなわけないよ! 今だったら私だって一人であそこ入るのには躊躇するよ?!」


 ファンシーグッズショップから一〇メートル程離れた柱の裏で操二を覗く俺と長岡さん。身体が結構密着しているだとか、この際そんなことはどうでもいい。


「……彼女へのプレゼント、とか?」

「宮田くんはあのお店の物を彼女に渡すの?」

「だよなぁ……」


 じゃあ妹とか、後は親戚か? 纏まらない考えが頭の中をグルグルと回る。


「あっ、宮田くん宮田くん。何か手に取ったよ」

「あれは……多分レターセットかな。前に琴歌も買ってた気がする」


 おにぃにラブレターとか考えて買ってたっけ。無論それを俺には伝えていないし、まして現物は貰っていないが。いや貰うのもまずいんだけどさ。

 操二はそれだけ持ってレジで会計を済ませる。こちら側へ歩いてきたので慌てて俺と長岡さんは柱へ隠れ直した。


(……バレてない、よね?)


 くいっと服の袖を引っ張られて視線を合わされる。テレパシーで話し合う合図みたいなものだ。


(多分。こっちの方は一切見てなかったし。それに操二の思考も、ほら)


 俺は長岡さんに視線で操二の方へ向くよう指示する。


(あの二人いつまでついてくるんだろうなぁ)

「「え!?」」


 操二は頭をポリポリ掻きながら歩を進めている。特に変わった様子はない。

 ……いやいや、というより何だ今の!? まさかもうバレてる?!


「ちょ、ちょっと宮田くん! 声大きいよ!」

「ブーメランも良いところだからな!?」

「いや、でもいつバレたの? 見られてなくない?」

「俺もそう思うけど……」

「あのー、お二人さんちょっとイイかな?」

「「!?」」


 ぎゃーぎゃー言い合っているところに、件の操二が割り込んでくる。俺も長岡さんも予想外のことで咄嗟には何も言えなかった。


「二人とも、どしたの? オレに何か用?」

「いや……、用というか……」


 俺は思うように言葉を紡げずしどろもどろになる。しかし幸いにも操二に不審がる様子はなかった。


「いや、言わなくて良いよ? どうせあれでしょ、島本辺りに俺が何でサッカー部を辞めたのか突き止めて欲しい的な」


 ズバリの回答。思わず頷きそうになるが、先程と同様長岡さんに服の袖を引っ張られた。長岡さんはいつもの癖で指を唇に当てている。


(本当のこと言うの?)

(下手に誤魔化すよりは良いかなって思うけど)

(……それもそっか)


 長岡さんも納得してくれたようで、俺は改めて操二に向き合う。


「その通りだよ。あと取っかえ引っ変えだった操二に彼女が出来たっていうのもおかしいって聞いた」

「なるほどね……。確かに前までのオレなら彼女なんか絶対作らねえわな」

「それで何か分かればと思って尾行してたんだけど……気を悪くしたよね。ごめん」

「んにゃ、別にいーよ? 気にしてない気にしてない。たださ」


 操二はそこで一度溜め、俺、そして長岡さんの目を品定めするように見透かす。まるでテレパシーで奥底まで見られているようだ。


「悟クン達はアイツらどうにかしてくれんの?」


 目だけは笑っていないアルカイックスマイル。操二のそれはどこか不気味にも映った。


「……どうにか?」

「言い方が悪かったかな。サッカー部のヤツらの追求をどうにか、ってこと。オレマジで理由あるんだけど、あんまり口外したくないことなんだよね。てか別に彼女出来たからってのも間違いじゃないし」

「話してくれたら解決してあげる。それが生徒会だから」

「長岡さん……」


 毅然と言い放つ。たまに見せられるこの芯の強さは一体どこで得たのだろうか。


「んじゃ悟クンもそれでおけ?」

「うん」

「……じゃー移動しよっか! さっき買ったこれ、今から会いに行く彼女に渡しに行くんだよ。ほら、こっち」


 ガサッと手に持っていたビニール袋を俺と長岡さんに見せ、操二は歩き出した。俺と長岡さんは少し後ろからついて行く。


 クイっ。長岡さんからの合図。


(高槻君の話、どう思う?)

(特に今のところわかることはないかな。見逃してるだけかもしれないけど)

(そっか。正直私もまだよくわかってないから聞いてみただけだよ。急にごめんね)


 それからはこれと言った会話はなく、モールから出て一五分が経った辺り。大きな白い建物が見えてくる。上部には赤の十字が目立っていた。


「病院……?」

「だね。オレの彼女入院してんの」


 こともなげに言ってのける操二。だがサッカー部を辞めたってのを考えると、どこか不穏な空気が漂ってくるのは気のせいだろうか。

 操二は慣れた様子でお見舞いの手続き済ませてエレベーターへ向かう。三階の一号室。その部屋の手前で操二は足を止めた。


「今からオレが会う相手はオレの彼女だからな? そこに疑問は持つなよ?」

「? うん。長岡さんも大丈夫だよね」

「別に疑ったりはしないと思うけど……」


 変なところで念を押す。俺は特に深く考えず部屋に入る操二の後に続いた。

 中には一人の少女が個室のベッドに横になっていた。操二を見るなり身体を起こして目を輝かせる。


「あっ、ソウジ。今日も来てくれたんだ!」

「勿論じゃん! なんてったってオレはソラちゃんの彼氏なんだからさ。ほら、言ってたレターセット!」

「もう、ソウジったら。ありがと」


 ソラと呼ばれた娘は嬉しそうに操二へと微笑む。操二もまた笑顔で、さっきのアルカイックスマイルとは大違いだ。


「そっちの二人は?」

「ん? ああ、オレの友達。彼女を紹介したくてさ」

「……恥ずかしい」


 操二に恋人を主張されて恥ずかしくなったのか頬を朱に染める、琴歌と同じ位の女の子・・・・・・・・・・


 クイっ。本日四度目になる長岡さんからの合図。こればかりは俺も話したかったところだ。お互い目を見合わせる。


(……ねえ、宮田くん。高槻君ってもしかしてロリコンなの……?)


 ……やっぱりそう思うよな? これはつまり、どういうことなんだ?

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