FANTASY OF WAR ~異世界戦国物語~

本田 徹甲

第1話 転移


「うーん、これやばいかも……」


島津秋貴しまづあきたかは、パソコンモニターの前でそう呟いた。

今、秋貴の目の前に映っているのは複数の種族が入り乱れて戦っている状況。

秋貴がしているのは、大学を卒業した年である2年前に発売されたリアルタイムストラテジーとうたった「FANTASYファンタジー OFオブ WARウォー」というゲームで、時間進行に対応して敵と戦うというものだ。


また、その名の通りファンタジーゲームでもあるので、人間以外の種族も存在する。

定番の人族、エルフやドワーフ、獣人、亜人などの他に、魔人や精霊、竜種。またイベントで手に入る汎用キャラや特殊キャラなどの各種族のユニーク級、魔獣やゴブリンなどのモンスター級などがいる。


それらを踏まえて、オフラインで自らの陣営を強力な国へと作っていき、ネットワークを接続してオンラインで他国他プレイヤーと対戦していく。


また、オンライン複数参加型では、時には同盟を組み、また時にはそれを裏切り、その他に開発元から開かれるイベントなどに参加して報酬や戦利品を勝ち取り、如何に自分に有利な状況を作るのかが、このゲームの醍醐味だ。


さらに、内政にも多種多様な要素があり、王や貴族など優秀な者が支配する優秀者支配制、知ではなく勝利や名誉を重んじる名誉支配制、特定の少数の者が支配する寡頭制など多数の制度から選んで始め、それによって出来上がる政体も変わってくる。


そうした中で、秋貴は基本的な政策である優秀者支配制の国を作った。

というのも、大多数のプレイヤーがそれを取り入れている為だ。

やはり、作るのなら王道としてやっていきたい。そんな秋貴の思いがあった。


そして、始めた当初に与えられるキャラクターは約10人ほどの汎用キャラ。

その人数の中で種族を色々と選べるので、秋貴は一人一人なるべく違う種族を選んだ。


エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、猿人、犬人、鳥人、蛇の亜人、ゴブリン、リザードマン、アラクネの10体。

魔法職としてエルフとダークエルフ、生産職としてドワーフと兼ね役として猿人と犬人、斥候として鳥人とアラクネ、蛇の亜人、戦闘職としてゴブリンとリザードマンといった具合だ。


ただ、戦闘に関してはどの種族も行えるので、正確にはその時点でのという前振りがつく。

こうして、それらの種族を育てていきながら自分の与えられた領土を最初の10人を使って開拓していく。

それぞれには、各種族が持つ固有スキルと種族関係なく取れる共通スキルがあるので、どんな風に育てるかにもよって成長具合が変化する。



それに加えて、ユニークキャラにはそのキャラしか持たないスキルや普通の魔法よりも強力な【固有魔法】を持っている。

それは例えば一対一に対してであったり、多数に対してであったり、守るためであったり、作るものであったりと様々だ。

だからこそ、ユニークキャラを大量に取ることが国の強化に繋がる。


それでは、汎用キャラ達はそのユニークキャラ達よりも弱いのかと言うとそうでは無い。

汎用キャラにはユニークキャラには無い【進化】と【突然変異】があるからだ。

【進化】は、その名の通り従来の系統に従って、より強力な個体になる事を言う。

エルフで例えるならば、エルフからハイエルフ、ハイエルフからエンシェントエルフという具合である。

また、固有スキルもより強力なものになり、そこもユニークキャラとは違う。


【突然変異】は、従来の系統からはみ出し、本来ならばあり得ない系統へと進化する事を言う。

これは汎用キャラでもモンスター級しか適用されない。

だが、そうなったモンスターは従来の進化よりも一部が特化したものへと変化していく事から局所的な場所ではその真価を発揮したりする。


それらを踏まえて始めたが、まだ人数も少なく、領土が小さかった当初は色々と苦労した。それでも秋貴は四苦八苦しながらも何とか順調に進めていった。


途中でオンライン戦闘により最初期の自キャラが死んでしまったり、せっかく建てた建造物を破壊されたりもしたが、課金でユニークキャラ「西洋武士」を手に入れてからはかなり楽ができるようになり、種族や人数、建造物や領土もその頃から飛躍的に増えていった。


また、その中で1番の収穫もあった。

それはあるイベントにより手に入れた竜種だ。

そのキャラはイベントだけあって強力であり、全てにおいてのステータスが高かった。

それを、ユニークキャラ含む戦力の半分も削られながら、幸運も手伝って何とか初戦で倒し、仲間にする事が出来た。


この時は死んだユニークキャラたちの数も相まって思わず声を上げてしまったほどである。

後で知ったのだがこの竜種キャラ、実はバッドステータスに「慢心」があった。

これは初戦での各種ステータスが3分の2になってしまうというスキルである。

掲示板では、初戦で負けてしまった為にさらなる資金やキャラの損失を被って阿鼻叫喚の書き込みをする者が後を絶たなかった。

それを見て、秋貴は初戦で勝てた幸運に感謝すると共に、もし初戦で負けていたらこの阿鼻叫喚しているものたちの中に自分も入っていただろうと肝を冷やしたものだ。


他にも違うイベントや発掘、【進化】や【突然変異】などにより、今はそこそこの領土に質の高い兵士、強力なユニークキャラなどを揃え、竜種が手に入る前の時よりも強力な中堅上位国にまでなっている。

それから現在、数回の中小的なイベントを挟んで、2度目の大型イベントが開催される事になった。


イベント名は「漆黒の祭壇」。

祭壇に祀られている魔獣が突如その封印を解き、影の配下を従えてプレイヤーに襲い掛かるというものだ。

しかも、その祭壇の場所は最初に示されておらず、敵の侵攻ルートから逆算して特定してから攻めなければいけない事になっている。すなわち、最初の戦闘は防衛戦となるのだ。


大型イベントだけあり、他国他プレイヤーとの共同戦線ができるということで、すでに専用の掲示板では情報を共有しようと話あっていたりするプレイヤーが多い。

秋貴も大分前に知り合った脳筋国家と共同戦線を張ることになっている。

この脳筋国家だが、ただ単に秋貴がつけた名前でちゃんとした国名がある。

『グランディア帝国』というのが正式名称だ。


グランディア帝国のプレイヤーは『ヒオウ』と言い、勝利と名誉を重んじる名誉支配制度によって国を作っていて、その中でもヒオウの国のユニークキャラ【アングリフ・ジーク】はグランディア帝国最強のキャラとして少しは名が知られている。

だが、それよりもよく知られているのが、その戦い方だ。


ヒオウの得意戦術は物量ないし高い攻撃力を持った軍団による突撃だ。

平原では当たり前に突撃、川を挟んでいても突撃、籠城してようが突撃。

まさに脳筋だった。おかげで対戦した相手プレイヤーからは、『突撃帝国』という名誉?を頂いている。

そんなヒオウとはオンラインで対戦した後のやり取りから仲良くなり、秋貴とは度々交流と称してやりあっていた。今では1番秋貴とやり取りしているプレイヤーといえる。


そんなヒオウだが、流石は秋貴から脳筋、他プレイヤーから突撃帝国と言われるだけはあるようで、相談した時の最初の言葉が。

《そんなの物量で突っ込ませれば何とかなるよね》

たったのその一言。しかもそれで作戦会議は終了した。


これでも国としては秋貴よりもかなり上位に位置しているのだから驚きだ。

何のための作戦会議だよとため息をこぼすも、敵の情報が無いのだからそれも仕方が無い。

兎に角、まずは敵の侵攻を食い止めなければ始まらない。それを考えつつ、秋貴は自国の軍団を編成していった。


―――――――――――


大型イベントが始まる当日、参加しているプレイヤー達が《よっしゃー!こいやー!》と待ち構えている中、ついにそれは来た。

まるで津波のように押し寄せてくるそれらは、様々な種族が入り乱れていた。違うとすればそれらは黒く、影のようであるという事くらいだろう。


そんな大群が所狭しと国々プレイヤー達に襲いかかってくる。

ある国は、侵攻を遅らせつつ自国を守ろうと外壁を作って深い堀までこしらえ防戦し、またある国では、魔法に特化したキャラ達を多用して広域殲滅しながら防衛し、他には共同戦線を張った国同士が損害を少しでも減らそうと連携したりと、各々様々な手段で防衛戦を繰り広げている。


同盟戦線を組んだヒオウも例に漏れず防衛戦を開始したが、その方法は予想した通り物量による正面突破である。

防衛なのに突破とか、と思った秋貴だったが、脳筋のヒオウ曰く攻撃は最大の防御という事らしい。

秋貴は、その後方で支援する為にエルフやダークエルフなどの種族による魔法に特化したキャラで援護していた。

一応、秋貴の国の中での最高戦力を何時でも出せるように配置しているが、まだ使うような事はない。


寧ろヒオウが《わははー、踏み潰せー》などと積極的に戦っている為に投入できない。

だが、秋貴の戦力を追加する必要がない位に押し込んでいるので問題はなかった。

そして最初の攻勢が収まり、次の侵攻が来るまでの間にプレイヤー同士で祭壇の特定を急ぐ。

何といっても大型イベント。この程度で終わる筈が無いのが分かっているので皆早く終わらせようと躍起になっているのだ。


秋貴としても早く終わらせて報酬が欲しいところ。プレイヤー達の書き込みを見つつ、斥候を出して正確な位置を図ろうと動かしていた。

それからも、侵攻してくる黒い影は何回も国を襲い、途中で国が飲み込まれたものも出てきたが、着実に居場所を把握していく。

そして、あるプレイヤーが興奮と共に書き込みしてきた。


《やった!見つけた!なんか報酬ゲット!》


どうやら発見したプレイヤーに報酬がついたようで、祝詞と嫉妬の書き込みが入り乱れる。

だが、討伐報酬は生き残っている全プレイヤーに支払われるので他のプレイヤー達がそれを手に入れる為に早く場所言えとばかりに急き立てた。

この間にも敵の攻勢にやられるプレイヤーがいるのだから無理もない。


そして、見つけたプレイヤーが急き立てられながらもその場所を伝えた後だった。


《あれ?なんか敵強くなってね?》

《え?ボス戦まだ始まってないのにこの強さなんなの?》


そんな書き込みがそれ以降どんどん増えていったのだ。

秋貴もそれまではヒオウに前線を任せっきりに出来るほど余裕を持っていたのだが、徐々にヒオウの軍団の進行速度は遅くなり、終いには一進一退にまで拮抗する事になってしまった。


あまりにも強さのレベルが上がっているせいか、焦りを覚えて特定された場所に突っ込んだプレイヤーがいたが、そんなものは簡単に駆逐されてしまっていた。

最早生半可な戦力では通じなくなってしまったのだ。


《いやー、結構強いやつ入れてるんだけど抜けないよ。これ硬くなりすぎー》


呑気にそんな事をのたまう脳筋。秋貴も拮抗してから加勢をつけて押し込もうとするが、中々うまくいかない。

その事から、流石にヒオウも戦力の出し惜しみをしていたら危ないと思ったのか、自国の防衛に回している、グランディア帝国最強のキャラであるアングリフ・ジークを増援として入れようとしていた。


《ちょっと今から本気だすぞー》


何て事を伝えられ、それが出てくるならこの一進一退も押し返せるだろうと安堵した気持ちと、それを早く出して欲しかった気持ちの半々を思った時、それは起こった。


《……あ》

「は?」


敵と対峙していたヒオウの軍の先頭にいた主力とも言えるユニークキャラの軍団が抜かれたのだ。

そのせいで統率力が失われてしまったのか、味方が水に濡れた紙のように食い破られていくところだった。


これは、このゲームの特徴としてある【混乱】が発生した為だ。

今までの戦場に参加した回数やそれに伴う戦闘経験、また戦場で活躍するキャラは【名声】という項目にポイントが蓄積されていく。

この【名声】はそのキャラの率いる軍団や相手の軍団にメリットとデメリットを与える。


【名声】によって自軍の士気を高め各種のステータスを微量ながら上げ、相手の士気を挫きステータスを若干下げることができる反面、【名声】の高いキャラが逆に倒されると【混乱】というバッドステータスが出てくる。


これは一時的に操作がきかなくなり、組織だった行動が出来なくなるというもので、これを狙った逆転劇などがたまにあったりする。


《やっばーすぐにぞうえんむかわせる》


その変換も何も無い書き込みからこの【混乱】で慌てているのがよく分かる。

秋貴としてもなんとか一定以上の侵攻を阻止しようとしているが、ヒオウの部隊は加勢として出していた秋貴よりも質の良い軍団だった。

それが抜かれたのだから秋貴には相手の勢いを止めることができない。


そして、ヒオウの援軍が来るまでの間になるべく温存していたユニークキャラ達の軍団を出していくしか無いと思った瞬間、ヒオウからメッセージが届いた。


《ごっめーん、むりになっちゃった》

「はっ?!ちょ、マジかっ?!」


増援が来るんじゃないのかと思ったのだが、同盟を組むと友軍として表示される緑のマーカーを確認したら、その増援までもが敵の侵攻に阻まれていた。

グランディア最強軍団だけあってやられはしてないのだが、進行速度は阻まれる前より著しく落ちている。


それを考えると敵の侵攻を秋貴の軍だけで対応しなくてはいけない。

質の高い軍団と竜種や西洋武士などといったユニークキャラを持っていたとしても、戦線を長時間維持するのは中々に難しい。そうこうする内に、敵の津波は秋貴の軍へと激突した。

そして、秋貴の冒頭の台詞である。


《諦めるなー、さぁ今こそ真の力をー》

「いや、無いから」


そう言いつつも、秋貴はそれぞれの軍に指示を出していく。

後方から広域魔法を使い、罠として使う魔道具を配置しながらも、防衛に特化した軍隊を前線に出して敵に対応する。

ジリジリと押されてはいるが、守衛に回ったことに加えて秋貴の操作により損耗は少なく、持ちこたえている。


「やっぱり、固有魔法使った方がいいのか……?でもあれ使うと今後に響くし……」


押し返せるとすれば、秋貴の言うように強力無比なユニークキャラによる固有魔法だろう。

しかしながら、その使用には勿論制限が付いている。

使えば24時間は全ての魔法行使ができず、行動にも制限が付く。それほどの力というべきなのだろうが。


だが、それをしなければ結局敵に飲み込まれてしまう。

秋貴が決断するのにそう時間はかからなかった。

秋貴はイベントで手に入れたユニークキャラである1人を選択。


それは一定の範囲に光の砲撃を与える固有魔法。一定のと言っても、その範囲は広大で押し寄せている敵の3分の1は入る大きさだ。

そうしてユニークキャラによる固有魔法が発動し、色取り取りのエフェクトが演出された後にそれが放たれた瞬間、威力が高いのを物語るかのように受けた敵の3分の1が一瞬で消滅してしまった。


消滅しなかった敵もいたが、かなりのダメージを受けたのか、動きが緩慢になっており元の侵攻のスピードと比べるとかなり遅くなっている。

また、密集していた集団が混乱したのか、まるでチーズの様に穴だらけになってしまった事により、物量で押してくることが出来なくなり、秋貴に対しての圧力はかなり抑えられた。

そうなると余裕が出てくる。しかもどうした事か敵の後続がぱったりと来なくなった。

こうなると、後はまばらになった敵を組織だった動きで殲滅していけばこの場を乗り切れそうだ。


《もう少ししたらそっちに行くよー》


そう伝えてきたヒオウの増援も、阻んでいた敵を蹴散らし続けており、秋貴の所に来るのも時間の問題となっている。

秋貴はそれを確認して溜息をつく。少し危なかったが、なんとかなったようだ。

他の国々プレイヤー達も固有魔法を使って切り抜けているのか、掲示板に書き込みが見られる。

どうも、今回の侵攻には固有魔法を使えば直ぐに終わる様だった。

その証拠に、あるプレイヤーが、自軍が敵との侵攻に飲み込まれてしまう前に自滅覚悟で数を減らそうと固有魔法を使って倒した瞬間、侵攻が止まったというのだ。


大型イベントだけあり、ボス戦まで戦力をなるべく温存しておきたいというプレイヤー達の心情を逆手に取った仕組みだ。

お陰でそれに気づかなかった秋貴含めて他のプレイヤー達は要らぬ苦労をしたと言えるだろう。


だが、それももう終わったことだ。後は次の侵攻が来る前に祭壇に向かい、待ち受けるボスと戦うだけだ。

そう思い、秋貴は祭壇に向かう軍隊を編成しようとしていた、その時。


「…………?」


ふと何かに気づいた。


「……なんだ、こいつ?」


それは少なくなっていた敵の中から出てきていた。

全身が黒いローブで覆われており、顔はフードで隠されていてどんな種族なのかもわからない。

ただ、姿形から女型であるのが分かるくらいだ。

首を傾げつつ、マウスを動かしてカーソルを合わせると、その黒の女の名前が表示された。


「漆黒の魔女? え、まさかネーム付き?!」


秋貴が驚く。ネーム付きとは「FANTASY OF WAR」ではボスとして扱われているキャラやモンスターの事を指す。

そんな存在がいきなり目の前に現れたのだから驚くのも無理はないだろう。


しかも、この大型イベントである「漆黒の祭壇」には魔獣が封印を解いて出てきたとある。

だから、人型のボスが出てきたのは予想外の事だったのだ。

だが、それは好機でもあった。


例え予想外としても、ボスであるならば倒せばいい。

しかも、敵の侵攻が収まった頃に出てきたのでほぼ単体で秋貴の軍隊に向き合う形となっている。

秋貴は素早く援軍として来ているヒオウへとメッセージを送った。

ボスであるならヒオウの手助けを借りた方が助かるからだ。


《ヒオウ! いきなりボスが目の前に出てきた! 援護頼む!》

《え、そーなの? りょーかい、他の人にも伝えとくねー》


漆黒の魔女の位置を示すマーカーをヒオウに教え、秋貴は自軍を使って漆黒の魔女へと攻撃を開始する。

秋貴の軍団を率いるのは、今では1番の攻撃力を誇る竜種キャラだ。

このキャラは名声もかなり高く士気も大きい。

だからこそ、ここぞという時まで温存していた。


だが、ボスが出たというならば話は別である。出し惜しみはしないとばかりに、秋貴は竜種の軍団より後方にいる別の軍を動かして漆黒の魔女にまず遠距離から様々な魔法を使って攻撃する。

魔女はそれに対して身動きしない。反撃もぜずにただ魔法の嵐を受け続けている。


「なんだ? 何もしてこないな……?」


普通ならここで反撃ないし突っ込んできたりするものだが、それが全くない。

それに訝しみながらも、動かない魔女に軍団をぶつけた。

集団ならまだしも単体で軍団に包囲されてしまったら、いくらボスでもそれなりにダメージが入るだろう。そう思っていたのだが……。


「……? ダメージ入ってなくね?」


取り囲んだ兵達から攻撃されている筈の魔女には一切のダメージが入っていなかった。

今まででそんな事は起きたこともない。


「おかしいな……。バグか?」


そんな事を呟きつつそれでも操作するが、やはりこれといったダメージがない。

いよいよもってこれは運営に抗議のメールかと、そう思った時だった。

唐突に魔女が動き出したかと思うと、その足元に魔法陣のような物が浮かび上がってきていた。そして、


「はっ? な、なんだこれ?」


魔女に攻撃していた兵が、奇妙な動きをしだしたのだ。それはコマ落としのようにカクカクし、また同じような動作を何度も繰り返し行っている姿だった。

魔女の方は普通に動いているのにそれ以外がおかしいという、一種シュールともいえる光景に秋貴は困惑する。

そして、極めつけはヒオウからの一言だった。


《あれー、ボスがいないけど倒したのー?》

「………」


最早明らかにおかしい。

ヒオウからそんなメッセージが来たが、現に今もボスである魔女は存在している。

しかも、魔法陣は更に大きくなりほぼ画面一杯にまで拡大しており、一度軍団を引き返そうと操作しようとしたが全く動かず。


「いや、これまじありえないって……」


そんな途方にくれる秋貴を置いて、魔女の魔法がついに完成し、それが発動した。

黒い濁流が足元から水が噴き出すかのように現れたかと思うと、それは画面全体に瞬く間に広がり、魔女自身も含むフィールドの何もかもを覆い隠してしまった。

それどころか、左右にあったシステム表示も何もかもが黒で塗りつぶされ、終いにはまるで電源が切れたかの様に真っ黒な画面を残して沈黙した。


「は? え? どうなってんだ一体……」


最早途方を通り過ぎて呆然と画面を見ることしか出来ない秋貴。よりにもよって大型イベントにこんな事が起きるとは思いもしなかった。

暫くしてから我に返って、電源のスイッチを押すが、うんともすんとも言わない。


「マジなんなんだよもう…………ん?」


頭を抱えて唸る。訳がわからない。一体これは何が起きたのか。

だが、まさかそれ以上に訳が分からない事が起きようとは流石に思わなかった。

不意に何かカタカタと小さく震える音が秋貴の耳に入った。

視線を向けると、先程真っ黒になってしまったPCの画面。

訝しむ秋貴を他所に、震えが段々と大きくなっていき、それは彼の目の前に現れた。

そう、黒い泥が。


「はぁっ?! はああぁっ?!」


あまりの出来事に叫び後退る。その間にもPCからは絶え間なく黒い泥を吐き出し続けている。

これに慌てて直ぐに部屋から出ようとドアノブを捻ったが、何をどうしても全く手ごたえがない。


「ちょっ、くそっ、ふざけんな!……っなんで開かないんだよ?!」


窓も試したが、押しても引いても叩いても、どれも意味のない行為として終わり、罵る様に悪態を吐く。


「くそっ、だ、誰かっ! 誰かたすけ……っ!」


そうしている間にも黒い泥が溜まり、顔付近にまで登ってくるのに時間は掛からなかった。

ついには口を覆い、頭を飲み込む。

そうして部屋に黒色が満ちて秋貴を飲み込み、数秒経ったあと、ゆっくりと黒い泥は波が引く様に消えていく。

部屋は泥に飲み込まれる前とどこも変わった様子がない。

まるで幻のように何事もなく、PCもいつの間にか「FANTASY OF WAR」のゲーム画面へと戻っている。

だが、そこには秋貴の姿はなかった。



―――――――――――



「…………?」

「………。……!」

(……なんだ? なんか聞こえる……?)


秋貴は朦朧とする中、まわりの音に意識が浮上してくるのが分かった。

だが身体がうまく動かない。まるで痺れている様だ。

しかも風を感じる事からどうも外のようだ。

また、地面に寝転がっているのか、青臭い匂いと土の匂いがしてくる。

そのため、話し合っている声を寝転んだままぼんやりと聞く事になっていた。


「兎に角……まずは……だ」

「……当然……しろ」


単語はかろうじて拾えても、どうも何を話しているのかは分からない。

それでも時間がたつにつれて段々と意識がはっきりとし、会話の内容も聞き取れるようになってきた。

身体の痺れも視界もそれに伴って回復してくる。

どうやら一時的な症状だったと安堵し、話し合っていた者たちが誰なのかを目を凝らしてそれを見た。


「ん? まて、みかどが気が付いたようだぞ」

「……わかっている」

(ミカド?なんだ、それ……………ハ?)


そこにいたのは、一人は意匠を凝らした西洋の黒い全身鎧に加えて、更に上には白地に桜吹雪が墨描きで表現された紋付羽織袴もんつきはおりはかま、下に黒い袴を着込み腰に刀を差している侍とも騎士ともいえる人物。

もう一人は、まるで引き寄せられるかのように目を惹かれてしまう程の漆黒に輝くねじれた2本の角と、鱗の一つ一つが黄金の輝きを持っている金色の尻尾。腰まである陽光を浴びたような煌びやかで艶のある金髪を後ろで一束にくくり、虹とも比喩されている万華鏡のように煌めくミスティックトパーズの瞳と人形のように白い肌、それら全ての要素が妖艶とも清廉せいれんとも見るものを思わせてしまう少女が、赤を基調としたドレスを纏った姿で立っていた。


「な、ななななんだお前ら!?」

「ん?」

「む?」


あまりにも異形とも言える二人を前に、秋貴は気付いたと同時に座り込んだまま後退る。

先ほどまで身体が動かなかったのが嘘のような俊敏さでその二人から離れるが、木が背中に当たりそこで止まってしまう。

そんな行動をしてしまうのも無理はない。現代日本、いや地球という世界の中では存在するのも有り得ない二人なのだ。するとしても、それは空想上の人物としてである。

一瞬コスプレかとも思ったが、二人が放つ存在感が否が応にも本物だと教えてくれる。

明らかにじゃない。なんだこれは。そう思わずにはいられない。


「どうやら、帝は混乱されているようだな」

「無理もない」


だが、そんな秋貴を見ても異形の二人は特に大きな反応はない。

しかも全身鎧に紋付袴を着た、声からして男が秋貴に対して「みかど」と言ってくる。

未だかつてそんな呼ばれ方をされた事がないのに、まるで常日頃からそう呼んでいたかのように告げる騎士とも武士とも言えるような人物。それを見て、秋貴はその姿に既視感を覚えた。

なんだか見たことがあるその姿。どこで見たことがあるのかと考えた時、ふと気付いて恐る恐る尋ねた。


「もしかして、ウォーレス・ガルガンティア……さん、ですか?」

「? 何故 我(われ)に対して敬語になっているのだろうか、エリス?」

「知らん」


尋ねられたウォーレスという男は、秋貴が課金で手に入れた【西洋武士】に酷似していた。

いや、そのものだ。まさにゲームで見てた姿のままで生きているように動いている。

その男が、秋貴の怯えた態度に訝しげにしつつも隣にいたエリスと言われた少女に疑問をぶつけるが、素っ気無いほどの返答をもらってしまう。

ウォーレスは、その返答を分かっていたのか肩を竦める。

どうにもこの二人はあまり相性が良いとはいえないようだ。

そんなことをぼんやりと考えていた秋貴だったが、ふとそこでまた気付いた。


(エリス? エリスってもしかしてあのエリスか?)


秋貴が知っているエリスといえば、あるイベントで苦労して手に入れた【竜種】キャラ「エリス・ドラゴニア」だ。

確かに容姿もゲームで見たグラフィックと似ている。

だから、この少女にも不快にさせないように慎重に、そして恐々と口を開いた。


「エリスって……エリス・ドラゴニア、さん?」

「私まで忘れているか、あるじよ」

「ご、ごめんなさい!」

「…………」


忘れている事に対して(正確にはゲームで知っているが実在する人物としては初めて)少しだけ表情を動かしたエリスだったが、咄嗟に謝って頭を下げる秋貴を見てその表情がはっきりと歪んだ。

不快にさせない為の行動だったが、それはどうにも裏目となってしまったようだ。

傍にいたウォーレスは全身鎧の為に表情こそ分からないが、雰囲気が変わったのが分かった。


「エリス、やはり帝の様子がおかしい。この状況で混乱しているだけと思ったのだが、もっと根本的な問題になっているような気がする」

「どうする?」

「幸い、我らの城も一緒にある。まずはそこで落ち着いてからでも話し合うとしよう」

「わかった」


二人の話がまとまったのか、ウォーレスは秋貴の所にまで近づいてくる。

もちろん、秋貴はただ近づいてくるだけのそれに圧力を感じて離れようと後退あとずさるが、無駄な足掻き。


「帝、ご無礼を働く事お許しを」

「おわっ!?」


ウォーレスは秋貴を抱え上げると、いつからいたのか傍にいた黒い馬に秋貴を乗せて自身も相乗りをする。

それからエリスへと顔を向けた。

エリスはそれに無言で頷くと、なにやら近くにいる、これまた人間ではない男女二人を呼んで指示を出している。

それに構わずウォーレスは馬首をひるがえすと進みだした。

どうもここに関してはエリスに任せるという事にしたのだろう。

もう何がなんだか分からない秋貴は、ただ混乱しされるがままに従っている。

だが、これだけは聞いておきたかった。


「ど、どこに行く……んですか?」


不安と怯えをない交ぜにしたその言葉にウォーレスは暫し無言だったが、秋貴を見ずに前を向いたまま返答した。


「向かうは我らがウルスラグナ皇国の城塞都市じょうさいとし、シグルドリーヴァです」

「…………」


秋貴は無言で頭を抱える。

どうしてこうなったとか、なんでこんな所にとか、ありとあらゆる思考の波が押し寄せてきて泣きそうになる。

【西洋武士】ウォーレスが告げたそれは、秋貴が「FANTASY OF WAR」で作った自分の国の名前だった。




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