ヒヨドリが
韮崎旭
ヒヨドリが
ヒヨドリが戸をたたく。和名だろうか、その双眸が与える印象はどこまでも鋭く、威圧的だ。戸を開けない。威圧感にうんざりしているような場合ではなかった。膝をついて床に崩れた。理由を聞きたい。朝起きて、立ち上がろうとしたら、すぐこれだ。理由を。ヒヨドリが戸をたたく、和名だろうか、学名を知らない、東南アジアの渡り鳥で、冬に日本に、待て、多雨難アジアの渡り鳥の癖に、冬に日本に? 寒いとは感じない? きっとヒヨドリには感覚器官がないのだ、うらやましい。どうして膝をついて朝から床に倒れそうになりながら崩れないといけないのか?
床がヒヨドリをまねて、戸をたたく。私は鍋で中身を煮込む。もう日も暮れた、疎ましい、おぞましい、時間が、迫っているので、ヒヨドリが戸をたたく。無視を決め込んでトカゲを煮込む。懐かしい騒音が今日も右隣で響くから頭が痛くてならない。いまその検査結果を印刷した紙がないので、お答えしかねます。記憶力が。記憶だけがすぐれているなら、それは寧ろ今の時点のここでは障害になりうるしまた、「すべてにおいて著しく優れ」・ない場合の「優れること」というのは往々にして障害で、生活に対してありうるから、障害だろうか。
ヒヨドリが戸をたたき歌うが私はその動作も、その歌も、無視する。記憶だけがすぐれているなら、一定の試験はパスできる。しかしそれまでだ。それでも生活がされている。私が疑えないのは、疑うことが記憶の障壁になるゆえかもしれないし、そうではないかもしれない。自分の利き手を疑うことが、生活上、いかに迷惑な事態かは想像に難くない。基本的に処理速度が、基準値を下回っているので、他を、ほかの人間の平均値に合わせて剪定すると基本的に私は不具であるし、まあ奇形は不具だから、不具だろう。奇形なので。徒長も、奇形なので。記憶だけがすぐれている人間は対策として「想定問答集の丸暗記」をすると聞いた。
する。(私はそれを有効な対策だと思うし用いるが、私の記憶能力は別に優れていない。)
人間のすることはたかが知れているから一定の想定問答集を覚えていればまず基本的に生きていて困ることは少ない。もちろん想定であるし、想定外の事態は起こるが世の最大公約数の行いがちな動向を学習できれば難儀は少なくなる。通常しない間違いが起こることは防ぎにくいが、このコンピュータよりましな変換ミスの範囲に誤答を納められれば大体こっちのものだと思っている。それにしても、「こっちのもの」とは…………。
ヒヨドリが、黙っている。そこにいるのかもわからない。暗雲立ち込める冬の午後、コーヒーハウスのように睡眠導入ハウスができてくれと祈りながら、人間の立てる騒音に長期間さらされたのちにそこから広報されたことによる虚脱感から、床の上で液体のようにのたうっている。睡眠導入ハウスに行ってほしいと私が願う人間はみんなコーヒーハウスへ行った。その騒々しさで、さらに交感神経優位にして、何をしようというのだろう、平素からしてがその騒々しさなのに。無意識に話す人間が苦手だ。話すことがわけなくできるというわけでもなく、ただただ、大多数がするような話し方をしうるというだけの理由で、話すことを意識せずに、不随意運動のように思い、行ってきた連中。話すことを、当然かつ所与の機能のように思い、それを研磨したり工夫したり、鈍らせたり貶めたり、しようとも、できるとも、思わない連中……。そういった連中の金切り声で頭痛を悪化させられながら、私は静かに、にこやかな人間を装うことに努めた。私には、品性に全く関係なく、知識にも関係なく使えない言回しが暗示めいて存在するし、発話をする際に字数を確認する癖があるので、話が非常にわかりにくく込み入ったものに、自らの発言においてなるという癖があるので、はっきり言って話すことが苦痛だ。
無意識に行われるような発話にはなじまないので、ヒヨドリが、郵便箱、不吉にも、挽き肉が、郵便箱に、冷蔵輸送されていたから、すぐ捨てた。
その食事は大変おいしかったし、そのうえ、これ以上は食べることができなかった。
もう意味は分かると思う。
ヒヨドリは戸に対する関心を失った。
ヒヨドリが 韮崎旭 @nakaimaizumi
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