Gun! Run! Bang!

和泉茉樹

Gun! Run! Bang!

 平正三十年十一月九日。晴れ。

 第二首都たる松代シティでは、銃撃事件は四件発生。平常と大差ない。

 本日のカグラ武装警護の業務もつつがなく終了。

 来客なし。電話なし。 

 社員は社長以外、全員出席、しかし暇を持て余している。


「ヘイ、キントー。インスタントコーヒーが切れちまった」

 事務机でタブレットに有線で接続したキーボードを叩いていた叶公任は、同じ社員の森貴子の方を振り向いた。

 今、彼女が出てきたばかりの部屋からは、かすかに何かの音楽が聞こえる。

 ぽいっと放り投げられたガラス瓶を受け取り、わざと大仰にため息を吐く。

「会社は開店休業で、社員はその隙をいいことに、会社で趣味に邁進、か」

「開店休業はその通りだが、隙をついているわけじゃない」

「わかっているよ。いつも隙だらけ、ってことだね」

 コーヒーを頼んだぜ、と言って、貴子が部屋に戻ろうとし、公任も日誌書きに戻ろうとした。

 ドアが激しい動作で開かれたのは、その瞬間だった。

 まさに転がり込む、ドアが開き切らないうちから室内に突っ込み、その男は床に伸びた。

「わお」貴子が肩越しに振り向いた。「ちょうど、「ガンスリンガー・ガール」を見てたんだ。どうやら短機関銃の入ったヴァイオリンケースは持参してないのが、残念だ」

 とりあえず、公任は乱入者に歩み寄ろうとしたが、しかし、そんな余裕は即座に消えた。

 衝撃、爆音、閃光、爆風、コンクリ、ガラス、ありとあらゆるものが吹っ飛んだ。

 どうにか公任が体を起こすのと同時に、吹っ飛んだドアを押しのけて、貴子も膝立ちになった。二人とも即座に体の状態を確認する。どちらも重傷は追っていない。奇跡的だった。ただそれぞれの背広が埃まみれで、ところどころ避けている。

「くそったれめ。RPGはこっちがアール! ピー! ジー! って叫んでから撃ってくれ」

 耳がまだ万全ではない二人の耳に、のんびりした声がかかる。それは対戦車ロケットによる攻撃からほとんど無縁だった、奥の部屋から出てきた男が発したものだ。

 藤高明はヘッドホンを首元に戻し、部屋の隅に転がっている事務机へ歩み寄る。車の鍵が必要で、それは事務机の引き出しに入っているのだ。

 その時には貴子も公任もお、動き出している。

 貴子は倒れているロッカーをひっくり返し、蹴りつけてすでに崩壊寸前だった扉を完全に破壊した。

 一方の公任はまだ倒れている男を引っ張り起こす。

「そちらさんは、まるで祟り神だな。戦士たちは引き連れていないようだが」

 呻く男がさっき飛び込んできたドアの向こうに人影。

 公任が懐へ手を差し込んだ時には、ドアの向こうにはどこかのチンピラのような服装の男が三人ばかり、身をかがめ、銃口を彼に向けていた。

 だけど、次の一瞬で連続した銃声は、彼らの持つ銃からではない。

 ロッカーから取り出した突撃銃を、貴子が連続して発砲したのだ。弾丸は正確にドアの隙間を通り抜け、二人のチンピラを行動不能にして、もう一人も倒れこんで、悲鳴を上げている。

「私のことは嫌いになっても構いません!」

 チンピラの悲鳴を無視して、悠々と壁に空いた穴に貴子が身を乗り出す。

「でもAKのことは嫌いにならないでください!」

 貴子が壁の向こうに射撃を始め、即座に激しい応射があった。

 貴子の視線の先には、二台の普通車。そこに四人ほどが立って、彼らの事務所へ向かって軽機関銃を、撃ちまくってくる。

 その中の一人が、車の中からもう一発の対戦車ロケットを要したが、貴子からすれば、あまりに周りとの連携が取れていない。

 当然、狙い撃てる。

「弾幕薄いよ、何やってるの!」

 彼女に躊躇いも容赦もない。

 突撃銃の弾丸がロケットの弾頭に吸い込まれ、爆発。

 普通車の一台が、ひっくり返った。周りにいた四人のうちの二人がふっ飛んで、貴子の視界から消えた。

「やばくなったらさっさと逃げろ、だ、貴子」

 背後からの高明の声に、貴子は「ヨーソロー」と応じつつ、すでに公任がいないのを確認し、ロッカーからボストンバッグを引っ張り出し、外へ向かう高明に続いた。

「どうなっているのか知らないんだけど」

 階段を駆け下りていく高明の疑問。この場には貴子しかない。

「依頼主が厄介ごとを抱えて飛び込んできたの?」

「鴨がネギを背負ったみたいにな」

「古い例えだね。我々の退屈なる日常も、少しは色を取り戻したわけだ」

「かもな。よう、キントー」二人が階段の下で、公任と謎の男に追いついた。

「車の鍵は?」

 尋ねる公任に、高明がぶらぶらとキーを揺らす。

「持ってきたよ」

「武器は?」

「これだけあればいいだろう」

 肩にかけたバッグを貴子が叩く。頷いた公任は、外に通じるドアを開く。

 その隙間から、卵のようなものが転がり込んでくる。

 金属製、深い緑色。

 どう見ても手榴弾。もちろん、ピンは抜かれている。

 対応は迅速だった。貴子が足で手榴弾を蹴り上げた時、公任がドアを大きく開く。

 外にいた二人のチンピラが愉悦の表情で凍りついた時、今度は公任、高明、貴子がにんまりと笑う。

 貴子の銃が手榴弾を弾き飛ばし、ドアの外に飛んでいく。

「天国でまた会おう」

 バタン、と公任が扉を閉め、直後に爆発音。改めてドアを開くと、二人の人間が死体に変わっている。

「ヘイ、兄さん」貴子がまだ床にうずくまっている、全ての元凶の男を引っ張り上げる。「だいぶ熱い歓迎を受けているな」

「た、助けてくれ……」

 三人は顔を見合わせて、それぞれに肩をすくめる。

「お代はいかほどいただけるんで?」


 高明が運転する車の中で、男は名乗った。

「俺は、早乙女翔太郎だ。知っているだろう?」

「金持ちかい?」

 身も蓋もない、助手席から後部座席を見た貴子の質問に、翔太郎は肩を落とす。

「早乙女グループの創業者が俺の祖父、今の最高経営責任者が俺の父親だ」

 この一言は効果絶大だった。三人ともが黙り、貴子と公任はまじまじと翔太郎を見た。高明が視線を送らなかったのは、車を運転しているからだが、バックミラーを凝視していた。

 翔太郎の姿は、どう見てもチンピラで、財閥の御曹司には見えない。値段は高そうだが、悪趣味で派手な色使いの背広、髪の毛は金髪で襟足が長い、そして耳や唇にピアス。

 この姿では早乙女財閥を継ぐのはもちろん、その社員にもなれないし、警備員にもなれそうにない。

「信じられないが、信じることにする」

 慎重に公任が話し始めると、翔太郎はすがるような視線で彼を見た。

「まずは整理する点がいくつかある」

「俺を狙っている連中か? あいつらは……」

「それもだが、金だよ、金」

 唐突に貴子が割り込む。

「羽振りが良さそうだが、払えるか?」

「俺の親父が払う」

「今、払ってほしいね。実際、だいぶ、まずいんだ」

 姿勢を元に戻した貴子が前触れもなくドアを開ける。走行中の車だ。器用にバランスをとった彼女が、拳銃を抜くと、後方へ向かって発砲する。

「僕たちの仕事は知っているね?」

 場違いなほど穏やかな公任に、翔太郎の顔が青ざめる。もしコメディドラマだったら、観客が笑っていただろう。それくらい鮮やかな色の変化だった。

「護衛業のはずだ……」

「その通り。身辺警護が仕事で、武器の使用は自衛法の範囲内に限定されている」

 自衛法は平正二十五年に施行された法律で、個人が自衛のために銃器を持つことが許された。

 結果、それからの五年の間に、銃器による殺人事件は、増えたり減ったりしているわけで、自衛法の成立にあたって流布された、、一部の識者の意見は否定され、一部の識者の意見は肯定され、ただその逆転も頻繁だ。

 その法律の解釈が展開し、身辺警護が一つのビジネスとして立ち上がりつつある。

 自衛法にいくつかの補則や条項が付け加えられ、公任たちは、法的に武装を許され、その使用も許されているのだ。

 ただし彼らが仕事をこなして得る報酬は法外と言ってもいいし、しかも下手な仕事をすれば、免許は取り消され、即座に刑務所に放り込まれる。

 今、公任が言っているのも、その微妙なラインの話だった。

「ここに至るまでではっきりしているように、相手は容赦ないし、こちらも容赦する余地はない。ただし、どちらに正義があるかが、問題だ。早乙女さん、あなたは何をしたのです?」

「それは……女だ」

 予想よりもあっさりと話し出したので公任はわずかの安堵と、興味を感じつつ、それを巧妙に表情から隠した。

 もっとも、今も貴子は拳銃を撃ちまくり、背後からの銃弾が次々と防弾ガラスと防弾製のボディにガンガンぶつかってくる。とにかく、銃声が止まない。

 高明も激しく車線を変更し、車を高速で走らせている。タイヤが甲高い音を発して、アスファルトを滑り、噛み、また滑る。

 窓の外は光景がほとんど溶けているが、まるで無関係のように、車内は静かな気配に満ちている。

「天山組の、幹部の娘だなんて、知らなかった……」

「それは我々には無関係です」

 バッサリと公任は切って捨てる。天山組のことは公任も知っている。中堅どころの暴力団、ヤクザだ。

「天山組に追われていて、あなたは今にも抹殺されそうになっている。良いでしょう。で、我々が天山組からあなたを守れば良い? そういう契約でよろしいですか?」

 ぽかんとした顔を見せる翔太郎に公任は頷く。

「いつまでも銃弾を撃ち合うわけにもいきません。お父様には何か、報告を?」

「し、した。しかし、返事が……」

 再び車が高速で交差点に進入、歩道にはみ出すギリギリ、わずかにガードレールに車体をこすって曲がる。

「SEBのCDを持ってくるんだった!」

 貴子が車内に戻ってくる。

「高明、とりあえず、街を出よう」

「それは難しい」

 内容に反して、口調は軽やか。

「警察がすでに検問を展開しているよ」彼は片手でスマートフォンをいじっている。「抜け道を選ぼうにも、こうも尻尾に食いつかれているのは、よろしくない」

「わかったぜ、運転手さんよ」

 言いながら、貴子が手榴弾を外へ放り出した。

 爆発音に続いて、二台の普通車がアスファルトに墜落した音が響く。

「ジェームズ・ボンドもびっくりだな。そのうち戦車に乗れるかな?」

 口笛を吹く高明の肩を貴子が叩く。

「この車にミサイルをつけとけって言っただろう? BMWじゃないが、そうすればボンドカーになったのになぁ」

 場違いなほどの意味不明な話に翔太郎が変な恐怖を感じるのをよそに、車は走り続けている。


 街の一角にあるレストランで、四人はテーブルを囲んでいた。

 翔太郎だけは、周囲をチラチラと見つつ、酒の入った猪口を時々、口に運んでいる。三人は平然と食事をしていた。

「ちょっとくらい酔ったほうがいいぜ、色男。口も軽くなる」

「どうも……、しかし、ここは……」

「連中は私らの正体に気づいている。事務所を薙ぎ払う程度にな」

 ばくばくとステーキを食べ、口元を手の甲で拭う。

「ならセーフハウスもすぐに狙われるし、懇意の連中も、軒並み、見張られていて当然だ。ここは私らも初めてだ。何の根回しもないが、それは向こうも同じ。とりあえずは何か食えよ。酔っ払ってベラベラ喋ってくれれば、願ったり叶ったりだ」

 その声に引きずられるように、グイッと翔太郎の猪口を干した。すぐに次の酒を注いだ。

「天山組の幹部の女と関係を持って、それでどうして命を狙われる? 色男」

 翔太郎の顔が真っ赤になったのを見計らって、貴子が尋ねる。実は三人はアルコールを一滴も口にしていない。

 貴子の質問に翔太郎はテーブルを睨んだ。

「わからない。いきなり、天山組に恫喝された。いや、命を狙われた。危ないと思って、逃げた。それが全てだ」

 その言葉を三人がそれぞれに吟味する。

「子供でも作ったのか?」

 妥当な線で、高明が発した質問に翔太郎は首を横に振る。

「しかし、早乙女グループの御曹司を、暴力団の幹部と関係を持ったことで、揺さぶれるとすれば、どういう可能性がある? 全部、吐いちまえよ」

 キッと翔太郎が貴子を睨み返した。

「本当に知らないんです!」

 その言葉も、周囲の客の喧騒を圧するほどではなかった。

 ただ、三人は彼を見ていなかった。そのことに翔太郎が気づいた時、隣に座る公任が動いていた。足払いで翔太郎が座っていた椅子を蹴り倒す。もちろん、翔太郎も倒れた。

 店内が静まり返る瞬間もない。

 喧騒が銃声を受け入れ、静寂の間もなく悲鳴が炸裂した。

「な、な……」

 翔太郎が事態についていけないのに対し、三人は迅速に行動した。

 公任が翔太郎を引っ張って移動し、貴子は料理を全て台無しにしてテーブルをひっくり返し、それで遮蔽をとった。

 高明はさっさとレストランの奥、バーカウンターへ走っていた。

「丁寧に歓迎してやれよ」

 そんな高明の言葉に、貴子が笑みを見せる。

「今日はどこもかしこも鉄火場だ」

 貴子は拳銃の引き金を連続して絞っている。

 周囲の客が逃げ惑う中、銃弾が交錯する。

 たちまち、貴子の隠れているテーブルが蜂の巣になった。

 レストランの入り口に立つ男の片方が分隊支援火器と呼ばれるがっしりとした銃を構え、発砲する。もう一人は弾帯を大量に持っていた。

 テーブル程度で防げる火力じゃないのは明白だ。

逃げ惑う客に紛れて、貴子もカウンターの奥に飛び込む。公任と翔太郎はいたが、高明はない。

「オープンカフェに鞍替えになるかもね」

 言いながら、公任は自分のスマートフォンを耳に当て、誰かと話している。

 銃弾の雨はかろうじて、カウンターを貫かないが、すでにズタズタに穿たれ、削られ、見る影もない。

「奴ら中国人だろ? なぁ、キントー」

「だね。行こう、貴子、連中に付き合うほど、暇じゃない」

 すでに腰を抜かしている翔太郎を抱えた公任を援護して、貴子が中国人に銃撃を加える。

 しかし返ってくるのは盛大すぎる銃撃で、彼女も長くは撃ち返せなかった。

 その彼女に殿を任せ、公任は翔太郎をどうにかレストランの厨房に連れ込み、さらに奥へと進む。

 裏口へ出ると、外はすでに日が落ちている。

高明が乗った車が待機していた。しかし、ヘッドライトの片方が壊れていて、消えている。

「よう、ロマニー」

「ハイ、ゴールジュ」

 翔太郎を押し込み、公任も乗る。

「裏口にも見張りがいたはずだけど?」

「ヘッドライト一つと道連れに、地獄へ叩き込んでおいた」

「最高にクールだな」

 やっと貴子が裏口から現れて、無理やりに後部座席に乗り込む。車が急発進して、通りへ飛び出した。

 車内では押し合いへし合いして、貴子が助手席に移動した。

「で、キントー、連中の正体はわかったか?」

「情報屋は大喜びで情報の売り買いに精を出しているようだよ。連中も仕事好きだ」

「弾丸、銃器、手榴弾、車、乗用車、そして事務所。色男、あんたは私らに相当な額を払う必要があるから、覚悟しておけよ」

 翔太郎は答えられなかった。

 自動車は疾走。追っ手はいない。ただ、パトカーとは会いたくないのは全員が共有する思いだった。

 ヘッドライトが片方なのは目立つし、へこみや血痕はすぐにわかる。

 つまり警官が発見すれば、即座に職務質問で、それはつまり詰んでいる。

 すぐに高明は車を裏道に移動させた。頻繁にスマートフォンを見ているのは道を確認しているためで、これも警官に発見されると危険な行為だったが、今はその程度の危険は無視できる。

 考えるだけ無駄だった。

「キントー、あの中国人どもは、私にも想像はつくぜ。言い当てようか? 中国マフィア。九龍会だったかな」

 公任が肩をすくめる。

「その通り。どうやらこちらの青年は、とんでもない地雷を踏んでいる」

「暴力団の幹部の娘とマフィア、この二つがどう絡む? 水と油じゃないか? 縄張り争いが連中の常だろ?」

「両者は争っているが、そういう発想をしない奴らも混ざっている」

 なんだって? 貴子が背後を振り返る。翔太郎も公任をぼんやりと見ていた。

「天山組の幹部の一人が、マフィアと繋がりを持とうとしている。天山組の総意じゃない、その幹部の独断だ。それはつまり、天山組への裏切りだ。おおっぴらにできることじゃないし、秘密の上に秘密、ってことになる」

「わかってきたぜ、キントー。なるほど。その幹部の娘が、そこの色男の情婦ってわけだ」

 びくりと、大きすぎるほどに翔太郎の体が震え、視線が誰にも向かず、右へ、左へ、さまよった。

 そんな彼に言い含めるように公任が続けた。

「つまり、翔太郎さんは、暴力団とマフィアの秘密を知った、と見なされていて、何が何でも消すよりないということ。結局、こういう時の常で、最後には尻尾をまくって逃げる、ということになる」

「私らは正義の味方でもないしな。しかし、この色男の親父が金持ちなら、金の力で連中を黙らせられるはずだ。それが自然じゃないか?」

「今のところ、そういう動きはないらしい。もちろん、これからそういうことになる目もある」

 車が突然に停車する。貴子と公任は対処できたが、翔太郎は助手席のシートの背もたれに顔から突っ込んだ。

「個人的な知り合いの、隠れ家だ。今夜くらいはいられるさ、多分」

 貴子が外を見る。公任も倣った。

 いつの間にか車は街灯もないような裏道にいて、道路は二台の車がどうにかすれちがえる程度だ。

 ちょうど、古びた和風家屋の前だった。明かりはついていない。

「僕は車にいるよ。もしもに備えて」

 路上駐車を咎められるのを避けたい、という意図だった。

「金持ちの親父さんに力になってもらえよ、色男」

 車から降りた三人。貴子が翔太郎の尻を蹴り飛ばした。

「金で命が買える場面なんて、そうないぜ」


 建物は二階建てで、土地が狭いために縦に細長い印象だった。

 一階に貴子、二階には公任と翔太郎がいる。翔太郎はどこかへ電話をかけようとしていたが、誰も出ないらしい。彼がメールを打ち始めるのを公任は横目に、自分は情報屋に何度も問い合わせていた。

 九龍会の掃除屋が、レストランの襲撃者だったことは、おおよそ裏を取れた。天山組との関係もほぼ確定。

 今は、どうにかして翔太郎を逃がす必要がある。

 逃し屋の知り合いに声をかけつつ、値段を交渉する。その頃には、翔太郎はぼんやりと天井を見上げていた。

「連絡はついた?」

「いえ……」ゆっくりと、翔太郎が視線を下げて、公任を見た。見たけれど、覇気のない視線、どこか虚ろだ。

「俺は何も知らない、何も聞いていない。でも連中はそんなことはもうこれっぽっちも考慮しない。殺す、何も言わないようにする、それだけでしょう?」

「人生訓はできたな」

「僕が死ぬのが、何よりも問題ですね」

 まだ少しは正気が残っているらしい。公任はそれに少し安心した。

 気持ちが全くなくなってしまえば、最後の粘りもないも同然だ。

 その時、彼のスマートフォンが短い電子音を発した。慌てた様子で翔太郎がそれに飛びつき、画面を確認したが、すぐに興奮は落胆に変わった。

 それから何度か、メールを受信したが、翔太郎が待ち焦がれている、命を救ってもらえるはずのメールではないようだった。

 公任も情報屋と逃し屋と連絡を取っていた。

 何か、違和感があった。

 何だ?

 また翔太郎のスマートフォンが震えた。

 期待があふれ出た翔太郎の手元から、公任は素早くスマートフォンを奪った。

 この隠れ家に逃げ込んで、メールは四通目。どれも無関係なメール、どこかの企業からのダイレクトメールだ。

 受信時間を、確認して、さすがに彼も血の気が引いた。

 メールは、十分おきに届いている。

 公任は懐から拳銃を抜いて、一発で翔太郎のスマートフォンを破壊する。銃声に目を閉じていた翔太郎が、大きすぎる穴が空いたスマートフォンを、凝視する。

「このバカが」翔太郎の襟首をつかんで強引に立ち上がらせる。「メールを受信している位置を割り出す仕組みがあるんだ。俺も油断したが、敵にはこちらの位置が露見しているぞ」

 一階に降りた時には、玄関で貴子が待っていた。

「どうやらヘマをしたらしいな」

「僕のミスだ。でも、逃し屋にはおおよそ、話を通してある」

「オーケーだ。行こうせ」

 表の車の中で、高明は眠りこけていた。鍵が開いていたので、三人が乗り込んでも、起きない。耳にヘッドホンをしていて、そのコードが車のオーディオに接続されていた。

 貴子がボリュームのつまみをいっぱいに開くと、まるで電気ショックを受けたように、高明が飛び起きた。

「殺す気か!」

 轟音を発するヘッドホンを放り出し、貴子に抗議する高明。

「あんたが寝ている間に一大事でね。ナビはキントーがする。出発だ」

「ラジオ深夜便も大音量だと有害だな」

 車のヘッドライトが点灯。ゆっくりと滑り出すように走り出した。

「公任、道案内をしてくれ」


 公任が情報屋から仕入れた情報で、検問はやり過ごせるはずだった。はずだったのだ。

「どうなっている?」

 緊張を隠せない声は高明のもの。貴子も黙り込んでいる。

 裏道にもかかわらず、狙い定めたように前方に制服姿の警官がいる。手に赤いライトを持って、路肩に寄るように、振り回していた。

 ここで突破すれば、警察の追跡を受けるのは確実になる。

 しかし、この警官は、公任が見ているマップ上ではいないことになっているのだ。

「情報屋に裏切られたかい?」

「かもしれないが、今はそれどころじゃない」

「こんなことなら、お客はトランクに詰め込んでおくべきだったよ」

 ぼやくように言いながら、高明は車を減速させる。減速するが、まだ突破する余地は残していた。

「どうする? 公任。君に任せるよ」

 複雑に多くの要素が加味され、公任の決断はそれでも一瞬だった。

「止まろう。そして買収する」

「古今東西の警官の中でも、日本の警官ほど賄賂を拒否する警官もいないぜ」

 ぼやく貴子に誰も答えぬまま、車は警官の前で停車した。

「こんな遅くにどちらへ? それと、ヘッドライトが壊れていますが?」

 警官がわずかに身を乗り出す。

 警官、貴子の行動はほとんど同時だった。

 お互いに発砲。

 車内に苦鳴と血の匂いが広がり、警官は背中から地面に倒れた。

「シット!」

 貴子が罵るのにも構わず、高明がアクセルを踏む。

 後部座席では、公任が無言のまま、翔太郎の腹部を押さえていた。しかし血は止まらない。公任は手で押さえるのを諦め、ズボンのベルトを引き抜き、翔太郎の腹部の銃創を圧迫して止血を図る。

「どうして警官が撃つ? 偽物か?」

 車が大通りに出た。周囲ではパトカーのサイレンが鳴り響き始めていた。高明はなりふり構わず車を飛ばしている。

「今は逃げるのみだよ、高明。時間がない」

 車の道案内をしようと思いながらも、公任の視線は翔太郎から離れなかった。

「金をもらうまでは生きていてもらわないとな」

 すでに翔太郎の呼吸は細く、顔は白ちゃけていた。


 潮風が吹く浜辺で、公任と貴子は並んで立っていた。

「警官もマフィアとつながっていた、か」

 彼女が風になびく髪の毛を押さえる。二人の背後には自動車が止まり、そこに高明が背を凭れさせていた。

「すべてがグルだったのさ。九龍会が街に地盤を作ろうとするその動きに、天山組も、早乙女グループも、そして警察も、全部が関わっていた。そして翔太郎さんはその秘密を知っていると見なされて、消されることになった」

「それを知っている私らは、どうやらどデカイ爆弾を手に入れた、って風だな。その情報を方々にばらまけば、マフィアも暴力団も財閥も、警察でさえ、揺れに揺れてブッ潰れちまうぞ」

 その言葉に、公任はわずかに首を振った。

「今はその時じゃないね。当分は、穏やかに過ごそうか」

「あの間抜けの件もあるしな」

 二人の視線の先で、海の上をボートが進んでいく。小さなボートだけど、その遥か向こう、水平線のあたりに船の陰が見える。

「あの小僧から金をたんまりせしめないと、私らも破産だ」

「そういうこと。大地震を起こすのは、金を回収してからさ」

 早乙女翔太郎は、かろうじて一命を取り留めた。治療を受け、しかし回復を待つ余裕もなく、彼はボートに乗せられたのだった。

 沖合の船に拾われれば、しばらくはどこかの国で養生する展開もはっきりする。

 突然の逃し屋への依頼にもまた追加で金がかかったが、公任たちはそれもまた、いずれ翔太郎から回収するつもりだ。

「やれやれ。久しぶりの仕事だが、報酬は先送りか。社長が泣くぜ。事務所は吹っ飛び、警察には目をつけられ、その上、車は生臭くて乗ってられないとは」

 その言葉には公任も心底から同意だけれど、彼はちょっとだけ笑って見せた。

「そういう日もある。いつか、幸運にも恵まれるさ」

 鼻を鳴らして、貴子が海に背を向けた。

「あのボンボンにも幸運とやらがやってくることを、願っといてやるさ。帰ろうぜ、キントー」

 しばらく公任は海を眺めて、ゆっくりと背を向けた。

「幸運を祈る」

 三人を乗せた車が、ゆっくりと街へ戻るために、走り出した。

 その時にはもう、ボートの姿はほとんど消えていた。



(了) 

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