第8話リックの推測
美術館の裏手から入り、螺旋階段を登る。
たどり着いた廊下には目立った美術品は見当たらなかったが、アーチ型に組まれた高い天井とゆとりある幅に、リックはその正体を見抜いていた。
「【ギャラリー】ですね」
暗黒大陸ワーズワースが世界を相手に起こしたかの有名な『魔王討伐戦争』から、大量破壊術式による『召喚大戦』までの僅かな間、貴族の間で流行した間取りである。
空間を大胆に使用したこの廊下は、別な部屋に行くまでの時間、来客に自ら集めた美術品を見せびらかすための場だったのだ。
そこに並べられた品々の品や程度で、来客たちは主人の財力を知るわけだ。そのため
時の聖帝の別荘など、中流貴族のダンスフロアーよりも広いギャラリーを有していたらしい。中途には魔石式の冷蔵庫まであり、
「ご存知ですか」
先を行く館長のハンザが、嬉しそうに振り返った。「かつてここは、それなりに有力な貴族の別邸でしてね。修繕こそすれ、建物そのものを活かしたのはそれもまた一つの芸術であると思ったからでして」
外壁を見た時点で気付いていた事実ではあったが、リックは神妙に頷いた。「なるほど」
人付き合いの魔境においては、こうしたさりげない気配りが大きく物を言う。
相手のこだわりに言及しつつ、知っていることも知らない風で説明させる手法は、人間関係の基礎的な技術である。特に、相手が
予想通り、館長の声に熱がこもってきた。
「ここは研究者にして建築家、ピーター・【死にたがりの】・ホワイトの作品と言われていましてね」
身体ごと振り返り、わざわざリックの方を見たままで歩く。「死後の世界に安らぎを求めた彼らしく、裏口へと続く廊下にこうした、華やかなギャラリーを設計したのです」
「彼のそうした趣向は、当時の貴族にウケたようですね」
「彼らは贅沢に膿んでいましたからね。潤沢な資金と広大な領土、そして使用人たち。先祖が造り上げた磐石の体制は、よほどのことがない限り崩れない。だからこそ、死後の世界を彼らは飾り立てたのです」
生きることに苦悩し、死に救いを求めた陰鬱な芸術家と、生きることに退屈した愚かな権力者たち。
共鳴した両者の都合が、死を題材とした様々な芸術を産み出したのである。
「願いが叶って、というべきでしょうか。持ち主は早い段階に死亡しましてね、美術館の場所として白羽の矢が立った時点では完全に打ち捨てられていました。内部は荒れ果て、美術品の類いも完全に持ち去られていました」
ハンザの声が沈む。
リックも、その気持ちは理解できた――至高の芸術が、無理解な金銭目的の盗賊によって損なわれるなんて、悲劇というより他ない。
そう思って再び見上げると、がらんとした棚や、天井に描かれたフラスコ画のひびが、ひどく寒々しく感じられた。
「しかしようやく、こうして美術品が再び集まる場所とすることができました。実に、素晴らしいことです。しかし――」
「――再び盗難事件が起きた、わけですね」
「まったく、嘆かわしいことです」
事件の話題に、リックは良し、と頷いた。
シアンたちが現場を探る間、自分は事件そのものの情報を集めなくてはならない。
「詳しい説明をお願いしても良いですか、ハンザ館長」
「魔術師を呼んだ理由、ですな」
館長は頷きながら、廊下の中ほどで立ち止まった。壁の一角を軽く押すと、隠し扉が開いた。「犯人が魔術を使った、ということは?」
伝統的な隠し小部屋に感動しつつ、リックは館長に続いて部屋に入る。「聞いています、必要最低限の情報だけですが」
「なるほど、では、詳しくお話ししましょう」
入った部屋は、歴史を感じる間取りと家具に囲まれていた。
使い込まれたデスクに座ると、館長は引き出しから書類を数点取り出すと、リックに差し出した。
「事件があったのは一週間前です」
「派手な魔術を使ったようですね」
書類の文章とスケッチを見ながら、リックは顔をしかめた。「ドアが跡形もない。現場を見ないことには何とも言えませんが、どうも単純な破壊というよりも、空間ごと抉り取られているようです……ドアの材質は?」
「木製です。魔術的な加工はしていません」
「であれば、鍵開けの魔術でも良かった筈ですが、あえて盗賊はドアを破壊したわけですね」
「それが、重要でしょうか?」
「えぇ、まあ」
魔術師の考えはひどく合理的だ。無意味な破壊は行わない。
「ドアを壊したなら、壊す理由があった筈です。鍵開けの魔術はそれほど複雑ではありません、何の理由もないのなら、破壊の方が優先されることなどあり得ない」
「簡単だから、ということは?」
「鍵開けの方がよほど簡単ですよ。魔力も触媒も、圧倒的にローコストだ」
「つまり……?」
何かを期待するような館長の視線に、リックは笑みを返す。
恐らく彼が一番気にしているであろう疑念を、どうやら解決してやることが出来そうだ。
「犯人は、行方不明の警備員ではありません」
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