俺と弟

粟国翼

俺と弟

 「ちーっす!」


 ガチャッと、リビングのドアをあけて入ってきた弟。


 はぁ…。


 あからさまにため息をつくと、弟はソファーで寝転ぶ俺の額にあいさつとばかりに優しくグーでこつりとする。


 「なんだよ! そんな顔すんなって! 今日は休みにしたんだってば!」


 弟よ、俺が言いたいのはそんな事じゃない。


 ついこの間、『独り立ちだ!』とか言って母さんの反対を押し切って家を出ていたのは誰だっけ?


 あの後、俺がどんなに慰めても母さんったら一週間くらいお前の名前を念仏みたいに唱えて大変だったんだからな!


 それなのにお前と来たら!


 流石に2年くらいは帰ってこなかったが、ここ最近はことある毎に帰って来ては何するんでもなくごろごろして帰る。


 全く、あの騒ぎは何だったのか?


 男が一度決めた事をこうも簡単に…はぁ。


 そう言えは、コイツは昔からどこか軽いと言うかなんというか…。


 俺は、もう一度ため息をついてソファーから降りたが少しめまいがしてよろけていまう。


 「あ! おい! 気を付けろ! 無理すんな!!」


 弟が、よろけた俺をさっと受け止める。


 なんだ?


 また、年寄り扱いか?


 …ったく、俺とお前とじゃ年なんて一つしか離れてないだろうが!


 ふんっと鼻を鳴らすと、『はいはい、分かりましたよ』と言って弟は俺をソファーに戻してようやく放す。


 「あれ~、そういや母さんいないんだ?」


 弟は、リビングを見回しながら言う。


 母さんなら、お前が帰って来るからって晩飯の買い出しだ!


 …ったく、母さんもいくらコイツが子供の頃体が弱かったからって甘やかしすぎだよ。


 これだから、コイツはこんなに大きくなっても甘え癖が抜けないんだ!


 これからは、もっと口酸っぱく母さんに言っとかなきゃな!


 弟は、冷蔵庫を開けプリンを見つけるとそれを食べながら俺の隣にドカッと座る。


 ああ! もう!


 おかげで折角いい感じでフィットしていたお気に入りのクッションの位置がずれただろうが!!



 俺は、プリンに夢中の無邪気な弟を見上げる。


 しかし、まぁ…。


 大きくなったもんだ…家を出てった時はそりゃ心配したもんだけど、この前に帰ってきた時よりも体つきが良くなった気がするし背も高くなった。



 まだ俺の後ろを追いかけて這いずり回っていたころは、病気がちで2歳の時には肺炎で死にかけるくらいひ弱でそのくせ立って歩くようになってからは危なっかしい事ばかりして何度肝を冷やした事か…すっかり見違えたな______。



 「ゴクッ…そうだ! 聞いてくれよ! 俺さ、4番レフトでレギュラー取ったんだ!」


 キラキラと目を輝かせながら弟は言う。


 そうか、何だか知らんが嬉しそうで何よりだ。


 それから弟は、長々と俺に話をするだけしてそのままソファーの上で寝てしまった。



 やれやれ…全く、無邪気な寝顔だ。


 俺はだらしなく口を開け、がーがーといびきをかく弟を見下ろす。



 大きくなるにつれて、一人でなんでもできるみたいに粋がって急に俺の事を邪けんにしたのはいつだったか…。


 ははは…。


 こうやっていると、どんなに体が大きくなっても俺にとってお前はまだまだ『小さな弟』だ。


 かわいいなぁ。


 ざりっ。


 俺が子供の頃のように口元についていたてらてら光るプリンのシロップを舐めてやると、弟は『うーん…』とうなってそこをごしごしと手で拭う。



 げっ!

  ぺっつ!!


 うへぇ~…いつも思ってたけど、こんなののどこが美味しんだ?


 俺は、あまりのまずさに水を飲もうとストンとソファーから降りるが…あ。


 やっぱり、着地が上手くいかなくて転げてしまった。


 まずい!


 ばっと、弟のほうを振り向くが_____良かった、ぐっすり寝てる…!


 もし、見られたらこの前みたいに病院だなんだとうるさいからな。



 まったく、俺は_______カサササッ!


 最近すっかり濁ってしまった視線の端に、高速で横切るアレが映った!


 黒ぽく、油でギドギドして素早いアレは、食器棚を横ぎろうとひょろりと触覚を物陰から突き出し何やら確認するとその全貌をあらわにする…ふっ…舐められたものだな!


 タッ!


 俺は、一足飛びにそれに迫り一撃を加えバタつくソレを二咬みほどして半殺しにする!


 ふぅ、殺したのでは意味が無い。


 ふふふ…弟よ。


 俺だって、まだまだこの程度の芸当は朝飯前なんだよ!


 じたばた脂ぎった羽根をばたばたさせるソレを咥えて、ソファーに登って弟の額にそっと置く。


 横に置いたんでは、逃げ出すからなコイツ。




 ホント、俺はお前が心配なんだよ。


 そんなに大きくなったのに、未だに獲物の一つも取れないばかりがソレを見ると情けなく逃げ惑うなんてそんなんでどうやって一人で生きていくというんだ!!


 いや! 


 それだけじゃない!


 よき伴侶に恵まれたくば強くあらねばならんと言うのに、こんな事でどうする!


 そんな事では、ライバル達に後れを取って子孫が残せないぞ!


 全く!


 お前はいつまで俺を心配させたら、気が済むんだ!



 ほんと、手のかかる弟だよ…そんなお前に、これは俺からの贈り物だ。 


 さぁ、今回は何日家にいるか知らないがその間この兄がお前を鍛えてやろうじゃあないか!


 弟の悲鳴が、家中に響くまで後10秒。


 俺は、目の前のテーブルに飛び移って毛づくろいを始めた。

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俺と弟 粟国翼 @enpitsudou

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