最後に残された世界において 〜あるいは残されたものたちの讃歌〜
和泉茉樹
intro
人類文明の頂点を想像すると、様々な場面が、思い浮かぶ。
全ての疾病が存在しない世界。
誰一人として飢えることのない世界。
ありとあらゆる争いが否定される世界。
幸福で満たされた世界。
しかし、人類文明はそのどれにも辿り着けなかった。
突如現れた多頭龍は、少しの容赦もなく、惑星を席巻した。
人類が保有していた科学力、技術力、全てが投じられた。
軍事力は、、それを構成する兵力、物資、人員が惜しげもなく、あらん限りがそこに尽くされた。
一部の戦場では拮抗しても、多頭龍の進撃は、徐々に人類の文明を削り取り、押し込んでいく。膠着した戦場も、いずれは人類の勢力圏ではなくなるのは、火を見るよりも明らかだった。
どれだけの時間が過ぎたのか、人類はわずかな人数で構成される集団に分かれ、多頭龍やその眷属から身を隠し、かろうじて生き延びていた。
そんな人類による、一大反攻、やがては形勢を逆転することになる反撃は、いったい誰が意図したものか。
人間でありながら、人間を超える力を持つ、八人の英雄。
彼らは多頭龍を一頭、また一頭と倒し、あるいは封印していく。
人間離れした超常の力を行使する彼らのことを、突然変異、と指摘する者もいれば、失われた文明が最後に残した偉大なる技術力の現れ、と指摘する者もいる。
ただ、そんなことに誰も執着しなかった。
ひたすら守勢に守勢を重ね、それでさえ均衡を維持できなかった人類は、確かに、反撃を始めたのだ。
人類は新時代に突入した。八英雄から始まる、多頭龍とのしのぎを削る戦いの時代。
様々な武器が作られていく。魔法と呼ばれる異能が、明確な理論として具現化し、それもまた有力な戦力となった。
人類と多頭龍の、初めて均衡する、生存競争。
この瞬間が人類にできる最後の抵抗であり、これが成立しなければ、人類に明日は無かった。
徐々に人類が確保していく、安全に生活できる拠点、そしてそこを守る力。
ただでさえ数の少ない人間の兵士が、高尚さも低劣さもない、必死の働きをした。
戦いの中で命を失うものがあり、命を繋いだものも、またすぐに命を投げ捨てるような戦いの場に立った。
この競争、存在を賭けた天秤を巡る拮抗は終わることなく続く。
やがて、虫の息だった人類は、はっきりと息を吹き返した。それは、明確な事実であり、歴史が新たな一ページに進んだことを示す。
時間はさらに流れる。
八英雄は世を去り、多頭龍もほとんど全てが倒されるか、封印されていた。
人類が長い長い、長すぎる混乱をどうにか乗り越え、平穏の時代を再び迎えたのだった。
戦いの時代は終わったが、次の時代を引っ張っていく力を、八英雄は残していた。
それは、人類が多頭龍を逆に征服する術である。
魔法は三つに分割されて継承され、魔法使いと呼ばれる存在は残滓のようなものになったとは言え、人類に根を下ろしている。
戦いの最初期、人類文明と多頭龍の激しい戦いは、星全体を荒廃させていた。
それはあまりに深刻で、もはや文明が生み出した多くの要素が喪失されている。
そんな大地でも、人間はまだ生きている。
この物語は、そんな世界の片隅にある、リーンという町の、一人の少女の物語である。
私は荒野の真ん中で、ちょっとしたくぼみで夜営していた。
すぐ近くで、二足歩行の大型の鳥のような生物、キウが足を折りたたんで丸まり、体を休ませている。
私は目の前にある携行光源の明かりを見つめている。
少しの乱れもない完全な静寂。夜空には無数の星。
小さなボトルから水を舐めるように飲み、自作の携行糧食を小さくかじった。
明日の昼間にも、目的地に着く。そろそろ今夜は休もう。
大昔には、この辺りにも緑が生い茂るか、あるいは、真っ平らな道が伸びていたのかも知れない。
でも、今、私の周りにある世界には、そんなものは痕跡すらない。
文明の名残りは、今は見えない。
私は視線を上に向けた。
満天の星空は果てしなく広がり、まるで吸い込まれそう。
包み込まれる、と言ってもいいな。
どこか安心する。何かが私のそばにいるような感じだ。
でも、今日はもう休もう。
一瞬でも安らかな気持ちになれたことに、満足感があった。
携行光源の明かりを消し、高性能ケープで身を包んで、荷物のポーチを枕にして、横になった。
こういうときの常である、完全な睡眠ではない、半分は覚醒している眠りがやってきた。
夢は見ない。
かすかに残っている意識が、夜空を回る星の動き、そして時折、流れ去る星を感じた気がした。
(本編へ)
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