僕の心臓をあげるよ
六連 みどり
序章
これはむかしむかしのお話。お伽話となって語り継がれている奇跡の話。
それは、この世界にまだ大きなビルも学校もなかったときのお話。
少女がひとり、村のはずれで暮らしていました。少女には不思議な能力がありました。それは時に雨を降らせ風をあやつり、大地に緑を芽吹かせ松明に火を灯す。それを見た人々は少女を"魔女"と呼びました。
最初こそ、美しく聡明な魔女を慕っていた人々は、時が経つにつれ魔女を気味悪がるようになりました。魔女は何年、何百年の時が経とうとも姿が何一つ変わらなかったのです。魔女は、ひっそりと森の奥で暮らすようになりました。
それから何百年かの時が経ち、魔女はある日夢をみました。世界が終わる夢。植物は枯れ果て、たくさんの人が地面へと倒れている。そんな、おそろしい夢をみました。
魔女は慌てて村に降りては人々に夢の話をしましたが、誰も信じる者はいません。そればかりか、奇異の目で魔女をみる者ばかりでした。
信じてもらえないと途方にくれていた魔女にとある一人の騎士が手を差し伸べました。
「私は貴女を信じよう。陛下に相談してみてはいかがだろうか」
そう言って騎士は、この国の一番偉いとされる陛下との謁見の場を用意してくれました。
しかし––––。
「魔女の言うことなど信じられるか。ましてや、この国が滅ぶなど!」
陛下は怒るばかりで、信じてはもらえませんでした。何もできないと嘆く魔女に「すまない」と騎士は謝りながら魔女を抱きしめました。
そして、無慈悲にも終わりの時は訪れ、夢と同じ光景を魔女は見ることとなってしまいました。
死ぬことのない魔女は隣で倒れたまま動かない騎士を見つめ、その瞳から大粒の涙を流し何度も「ごめんなさい」と嘆いていました。
––––私はこんなに長く生きてきたというのに何もできないのか……。
魔女は、これからムダに生きていくのかと思うと悔しくて仕方がありませんでした。大切な人を助けることもできなかったというのに、またムダな時を過ごすのかと魔女は思いました。そうして気づいたのです、ムダに過ごすことになる命を分け与えてしまえばいいのだと。
魔女にできないことなどありませんでした。分け与える魔法がないなら作ればいいのだと魔法陣をつくり、すぐさま魔法を発動させたのです。
魔女の身体が眩く光ると、光は流星のように空へと四方八方に飛び散りました。
能力を、命を使いすぎた魔女は、息を荒く乱しながら地面に倒れてしまいます。けれど、彼女にはまだやらなくてはいけないことが残っていました。
隣にいる騎士が眠ったままだったのです。
「……貴方には特別ね」
そう言って魔女は、最後の命を騎士に捧げました。魔女の命は宝石のように輝いていて、それはそれは美しいものでした。
それから、魔女に命を分け与えられた者たちは皆、不思議な能力を使えるようになりその胸には心臓が二つありました。その者たちもまた魔女と呼ばれようになったのです。
いまもどこかでひっそりと魔女の血をひく者は生きている。
あなたのそばにもきっと––––……。
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