誘い
ファリナと名乗る少女の話を、ライキは全く信じる事が出来なかった。
魔女である証拠も無ければそれを確かめる術も無く、そして彼女の語る内容が現実味に欠けていたからだった。
「ファリナさん、正直に言って……貴女の話を信じる事が出来ません。色々と分からない事が多過ぎて……」
少女はライキから手を離し、「どうすれば信じて頂けますか」と伏し目がちに言った。
「魔女ならば魔術が使えると伝えられています、ですから魔術か何かを――」
「……私は魔術の才能が無く、殆どの術を使う事が出来ません。この村を囲む結界を張る……それぐらいが関の山です」
旅の魔女が結界を張り、トラデオ村を四人の魔女から隠した。
亡きジリの言葉を思い出したライキは、「もしかすると」とファリナの方を見やった。だが彼女は困ったように地面を見つめるだけで、偶然伝説の続きと彼女の作り話が一致しただけに過ぎないのではと、未だ疑念を捨てられずにいた。
「じゃあ、この薬草の存在を昔のトラデオの人に教えた……という事は?」
「伝説の続きを知っているのでしたら、きっと理解してくれると思いますが……この村に初めて立ち寄ったのが今から四七二年前、初めて私の話を信じてくれた村の方達へのお礼として、ウルジアの存在を教えました」
草を撫でながらファリナは続けた。
「それからトラデオには時折訪れて、結界を張り直したり村の方とお話をしたりしました。確か……最後に話した方は男性で、名前はジラルド。彼は熱心に話を聴いてくれて、『子々孫々まで伝える』と約束してくれました。もう二〇〇年近く前の話になりますが」
ジリの名前に似た男は、どうやらファリナと会って話をしているらしい。ライキは訝しみながらも、その男の名前を心で復唱した。ジラルド、ジラルド……。
「仮に貴女が魔女だとします、魔女に対抗出来るのは魔女ではないんですか? どうしてただの人間を、それも人を殺した事すら無い俺に頼むんですか?」
自分で話しながら、ライキは「尤もだ」と自賛した。魔女は強力な魔術を扱うと伝説には書かれている、その魔術に対抗出来るのは、同じ魔女に他ならないのではと考えたからだ。
「その通りです、ですが先程話したように私は魔術の素養が余り無い……ろくな魔術を扱えない魔女はただの脆弱な女でしかない……」
「ならば俺にだって無理ですよ、第一ろくな武器も無いのに……」
「武器ならあります」
ファリナは胸に手を当て、ライキに縋るような声で言った。
「私を使ってください」
「……貴女を使う……?」
少年はファリナの頭から足の先まで、まるで物珍しい動物でも見るかのように観察した。華奢な身体は握れば折れてしまいそうであり、一度でも頬を打たれれば再び起き上がれないのではとライキは思う。
「私が使える魔術、一つは結界、もう一つはこの身を『刀』とする事です。魔女に対抗するには魔女、即ち私を武器とすれば魔女と闘えます」
なるほど、と納得しかけてからライキはかぶりを振った、そういう問題ではないと彼女に行動で伝えるようにだった。
「だから俺は一度も人を殺した事無いんです、いきなり殺せなどと言われても……第一犯罪ですから」
「相手は魔女です、人であって、人ではない。それに――」
少女は白い髪を手で梳きつつ、高空で飛び交う鳥を見た。
「もうすぐ始まるのです」
突如胸に迫った焦燥感、もしくは恐怖感がライキの表情を曇らせた。よく晴れた空に不似合いであった。
「あの人達が楽しみにしている、『収穫の夜』が」
最早言葉を発する事が出来なくなったライキを労るように、ファリナは優しい声色でゆっくりと続けた。
「多少なりとも理解をしてくれたと思います。四人の魔女を討たなければ、また大勢の人が死んでしまう。私はもう、人々の叫び声を聞きたくない、伏せる彼らの姿を見たくない。どうか私と夜を払い、私に希望という光を見せてください。お礼は……必ずします、必ず、必ず……」
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