第91話

二十六【クムラギ大襲撃・リリナネ見参】


 賞賛の声に頬染めたのも束の間。彼の周りには負傷した民間人が多数倒れている。キトラの血を拭い鞘に収めると駆け寄った。「大丈夫ですか」肩を貸した。しかしすぐさま若い武人たちが駆け寄り、彼の代わりに負傷者に腕を回した。

「ここは我らに。アオイセナ殿はサザキべ様に助勢を」


 職人らしき若者たちも駆け寄り、「兄ちゃんは戦ってくれ。怪我人は俺たちで何とかするから」「頼むぜ、兄ちゃん。彼奴らズンズンに斬り刻んでくれ」口々に言った。そして「おーい、戸板を持ってこい」町人たちを巻き込んで救護班に早変わりした。戸板を担架代わりに怪我人を運んで行く、歩ける者には肩を貸す人々。その様子を目に収めてアオイは駆け出した。


 行く手、防壁の門は開いたまま。蛇頭族が勢いを盛り返している。激戦。武人らは路地へ入り込んだ蛇頭族の追撃はあきらめていた。戦力を集中させている。東大路の様相は、防壁側で激しい戦闘。後方の大門側では負傷者を運ぶ人々。そして彼らを警護する武人。路地を抜けて来た敵を撃退している。そして取り残された人々を救いに駆ける武人らの姿も。


 大路駆け抜け、大混戦の中へ飛び込んだ。騎馬の間をすり抜ける。彼らは弓兵。激戦区後方に陣取っている。そこにモモナリマソノ。胴服の柄で分かった。


「モモナリ様」馳けながら馬上の人に声かけた。

 モモナリマソノは驚き、そして口早に託した。

「おお、アオイセナ殿。賴き活躍ぶり。甥のオニマルが前線にいる。助勢を」


「はい」言い残し、アオイは馬の間をすり抜け、人と蠻族が激しく斬り結ぶ中へ。最前線にオニマルの後姿を見つけた。自身が先頭に立ち太刀振るい、檄を飛ばしている。横にはオオカミを駆る異民族の姿も。アオイと彼らの間には蛇頭族と斬り結ぶ武人多数。


 アオイは呪文唱えた。前方に現れるや振り返りざま太刀一閃、背後の敵を撃ち倒し、消え、斜め側方に跳ぶや一匹の胸板に太刀貫いて現れ、消え、繰り返すこと数度、オニマルの隣に並び立った。


「遅くなった」

「待ちわびたぞ」

「すまん、そんなに遅かったか?」

「いや」オニマルは敵から目を逸らさず、少し笑んだ。「早かったくらいだ」繰り出された槍かい潜り、飛び込んで太刀浴びせた。


 アオイにも鋒が飛んでくる。後ろ目で呪文唱え後方に跳び、瞬時に元戻り、キトラで貫いた。深々と刺さった刃を、敵押し倒して抜いた。そこを狙い横から繰り出された槍。身を翻して躱し、退いた。


「その剣は?」オニマルは気づいた。

「注文していたキトラニケだ。抜いて見たら、銘がキトラだった」

「なんだと」オニマルもキトラニケを持っている。極上の一本を。けれど「銘がキトラとは羨ましい」やはり羨ましがった。

「これ、凄えぜ。後で見せてやるよ」

「ああ。その前に此奴らを退治して生き延びねばな」

「そりゃそうだ」


 剣戟の響き満ちる戦場。蛇頭族の奇怪な吶喊の声もまた満ちている。「くどぅるるる、くどぅるるる」喉を鳴らす。


 負けじとオニマルも声を張り上げた。

「弓兵は後方を狙え。剣、槍兵は我に続け。余力ある者は龍使いの民の援護を。オオカミの戦力は騎馬兵より勝る。存分に戦えるよう助力しろ」


 己より身の丈高く腕も長い敵懐に、間隙縫って飛び込み白刃喰らわせるアオイ、オニマル。首を刎ねる。腹を裂く。胸板を叩き割る。胴服が返り血に染まる。路が染まる。オオカミもまた、槍の下かい潜り、あるいは横に避け、敵喉笛に喰らい付く。引き倒し腹を喰い破る。異民族は剣を帯びているが使わない。武器はオオカミの牙がそれである。


 頭首リコチャキの孔雀竜が格好の槍の的になっている。「不味い。退け」リコチャキは孔雀竜を退かせた。追いすがる蛇頭族をアオイとオニマルで退けた。オニマルがリコチャキに言った。

「孔雀竜は弓兵の後方へ」

「うむ。すまない。助太刀、礼を言う」

「いえ。礼を言うのはこちらの方」

 リコチャキは孔雀竜を弓兵背後まで退かせると、オオカミを駆り最前線に戻った。


 お廟にいた人だよな、アオイは思った。オオカミも。お廟で見ていた。名前は聞かなかったものの、これがきっとそうなんだろうなと思った。自分の靴の毛皮と見比べて。これが? 嘘だろ、と。けれどその時のアオイは鋭い一面も持ち合わせていた。足が体横にガニ股についている。だからこれはきっと竜類じゃなくて蜥蜴の仲間……爬虫類なんだろうな、独りごちた。けれど誰にも言わなかった。もしもユタに言ったりしたら「蜥蜴に毛が生えているわけがないじゃないですか」コテンパンにやられそうだ。しかしそれなら劍竜型のモノに毛が生えている謂れもない。


 そんな取り留めないことを考えながらも、ここは戦場のど真ん中、疾風の如く剣を振るう。繰り出される槍の寸隙縫って間合いに飛び込み、身体ごと回して血刀叩き込む。即座に側方へ抜ける。円を描く足捌き。飛んできた三本の切っ先を移動呪で躱し、三度跳び、三匹斬り伏せる。容易い、と感じていた。


 そんなアオイの様子見て、オニマルは感じていた。冥界へ行くのは俺ではないと。悟った。

 そこでは元素魔法は使えない。そこに月がないゆえに。ケイに宿る力開くには月の力を必要とする。ゆえに冥界では元素魔法は使えない。その意味において同じ土俵にあると、今日までオニマルは思っていた。しかし。

 それを差っ引いて余りある彼我の力量の違い。思い知らさせれた。


 冥界へ行くのはアオイだ………。


 二人は予備の人選だが、間違いなく冥界へ行かなければならない。アオイは分かっていないが。アオイに分かっていることは、元素魔法を使えないことと幾つかの決まり事だけ。アオイはまだ分かっていない。彼ら二人の内、どちらかが必ず冥界へ行かなければならないことが。そうなることが予測されていた。記憶ないアオイは気づいていないが、この国の人間ならば誰もが思い至る自然の理。


 後方が湧いた。人々が口々に囃し立てている。けれど怒号満ちるこの場所にあっては何が起こったか聞き取れない。剣戟の音、蛇頭族の奇怪な声、斬り結ぶ武人らが号ぶ中、アオイもオニマルも耳そばだてた。何が起きた—。歓声は近づいて来る。真後ろの弓兵らまで一斉に湧いた。直後に。


 戦う人々を助け、劍呪立て続けに炸裂し、その理由を知った。リリナネ到着。


 二人が振り返ると。

 弓兵前面にその人がいた。白練り、純白の道服。斬馬刀構えたラナイナライ側に従え。ラナイは護衛役ということらしい。


「アオイ、いったん下がろう」

「ああ」リリナネと戦略を話し合う。リリナネを前面に出さなければならない。

「リコチャキ様も共に。ここはお仲間に任せて」

「うむ」

 オニマルはリコチャキにも声かけて、身を翻した。アオイもまた。


「リリナネさん」駆け寄ったアオイらに。

「遅れてごめん」リリナネは言った。すぐにマタトアを唱えてくれた。アオイ、オニマル、リコチャキにも。リコチャキは驚いていた。

「おお、これは……。これがマトトアか。ありがたい」


 アオイはリリナネに訊ねた。「リリナネさんは言わないんですか?」

「え? 何を」

「リリナネ見参」

「ぶっ」と噴き出して、リリナネは顔を真っ赤にして言い返した。「言わないわよ。お芝居じゃあるまいし」叱責に近かった。

「え、そうなんですか……」なんだ、やっぱり普通は言わないのか、残念に思ったアオイ。今度言う機会あったら言ってみようと思っていたので。


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