第90話

二十五.【クムラギ大襲撃・東大路激戦】



 この大都邑は北に広大な森がある。南から南西にかけて大河ラーがある。西と東に広大な草原あるが、東側には大河ラーの支流テコテコ川が流れている。テコテコ川は古くはワイテコテコと呼ばれ、白い川という意味である。川沿いに幾つも集落がある。農地があり農民や漁民の集落が点在している。第一報は彼らからもたらされた。テコテコ川流域で暮らす人々から。


 クムラギへ逃げ込んできた彼らは言った。蛇頭族の大群が攻めきたと。その報せはすぐさま政治堂に伝えられた。


 東に蛇頭族の大群。


 以前小鬼族が襲い来た西や、森林に面する北と違い、東側は防壁即市街地である。東大路と呼ばれる大きな道がある。クムラギを貫く目抜き通り東端。


 リケミチモリ、モモナリマソノ始めとする武人筆頭らはすぐさま命を下したが、後手を踏んだ。武人らが東防壁へ駆けつけた時には、すでに門が破られていた。蛇頭族が大挙して市街地に押し寄せていた。政治堂にもたらされる報せはいずれも混乱していた。


「東大路に侵入された」

「市街戦となり民間人の死傷者が多数出ている」

「蛇頭族と蜥人の混成部隊」

「しかし蜥人の数が少ない」

「東大路へつながる門は全ては閉じたが民間人が多数取り残されている」

「先着した武人は百名弱。門の中で人々を守るべく奮闘しているも劣勢」

 比較的信用に足る情報はこの程度。


「東大路大門を開け」モモナリマソノは命じた。「民間人を逃せ。我らは全軍東大路大門へ。迎撃する」侵入された東大路の奥の大門を開くよう命じた。大門で迎え撃つ。突破されればさらに深く侵攻されることになる。しかし他に妙法無かった。



 オニマルは既に東大路にいた。人々を庇い剣を振るって。馬で駆けつけた時には既に敵が東大路を埋め尽くし、逃げ惑う人々を次々刺し貫いていた。蛇頭族の獲物が槍であることを見てとると、不利と判断して馬を降りた。数人の武人と共に、敵中深々と斬り込んだ。「弓兵以外は下馬しろっ、人々を救え」檄を飛ばした。


 蛇頭族は首長く蛇そっくりの目、虹彩。鼻筋が通っていて、それは言葉どおりで、顔面を左右に別つ鋭角な隆起。口は口唇がなくパックリと裂けている。腕も足も長く、身長二メートルを越す。


「蛇頭族が街を襲うなど前代未聞だ」隣で剣を振るう武人が言った。オニマルも聞いたことがない。しかし目を見れば分かる。極度の興奮状態であり理性を失っていることが。他我に支配されている。「悪龍に扇動されているのか」

 繰り出される槍を躱し、アオイを真似、一気に飛び込み刃を叩きこむ。道場で見せる剣とは違い、粗野な豪剣。実戦流。しかし蛇頭族は蠻族にあって一番手強い。一匹叩き斬った彼に向かって、三匹が槍を繰り出す。地に転がり避けたオニマル。上から襲い来る異形片鎌の穂。転がり避ければ次々と地に刺さる。危うい。圧倒的に不利。


 その時。

 白い獣の足が見えた。彼の側を駆け抜けた。見ると白い獣が蛇頭族の喉笛に食らい付き引き倒している。白い獣の背には異民族の若者。雄々しき声が背後から。

「我は竜使い頭首リコチャキ。クムラギの若き武将よ。我らわずか五騎なれど、加勢致す」


 起き上がり、まずは名乗った。

「我はオニマルサザキべ。ありがたき。礼を言う。リコチャキ殿」


 五名の竜使いがオオカミを駆り参戦した。繰り出される槍を物ともせず素早く避け、駆け、敵に喰らい付くオオカミ、手綱繰る竜使い。


「これが、オオカミか」噂には聞いていたが実戦で見るのは初めてだった。舌を巻いた。通常の騎馬兵の比ではない。手綱繰る竜使いの意のままに駆け、喰らい付き、あるいは爪で引き倒し、喉を、腹を喰い破る。加えて頭首リコチャキの戦竜。二足歩行で前足には鋭く長い爪。首から背中にかけて美しい羽の帆を立てて。牙を剥き蛇頭族に襲いかかると、組み伏せ爪で貫く、牙で噛み砕く。


 オニマルは声を張り上げた。

「クムラギ武人の意地を見せよ。一騎当千の加勢を得た。各々方、奮迅せよ」この区画にいる兵は百人弱。背後の門は閉まっている。対して防壁の門は破られて開いたまま。蛇頭族は続々と侵入して来る。この兵力で、民間人を守り、敵をこの区画に封じ込め、退治しなければならない。不可能、そんな言葉は頭から振り払った。


 蛇頭族の只中で、孤軍奮闘するクムラギ武人ら、竜使いの一族。


 民家の中に逃げ込んでいる人々もいる。蛇頭族は戸を打ち破り、民家に侵入する。助けに行きたいが手が回らない。屋内から悲痛な叫び漏れ聞こえる。胸に刺さる。


 友よ、どこにいる? オニマルは心中呟いた。早く来てくれ、と。


 背後の門が開いた。東大路大門。ドッと雪崩れ込んできた騎馬隊。

「援軍だ」オニマルは安堵したが。それも束の間。


 大門へ向かい押し寄せた人々。避難民が仇となって騎馬隊は進めない。逃げ惑う群衆の背後から蛇頭族が襲う。次々と槍突き立てる。大路に満ちる悲鳴。

 人々を救わんと竜使いらはオオカミを駆り背後から蛇頭族引き倒す。オニマルも剣を振るう。けれど多勢に無勢。人々を救えない。彼らもまた背後から襲われる。挟み撃ちの様相。大混戦の東大路。


 その時。


 そこにいる人々は気づいていなかった。いつからその男がここにいて、人々を守り剣を振るっていたのか。


 いつの間にか斬り伏せられ倒れている蛇頭族が何匹も。そんな光景が其処彼処に。


 ある者は、もう駄目だとしゃがんだ次の瞬間、背後の蛇頭族がドサリと倒れたことに気づいた。またある者は、目の前の蛇頭族が首を跳ね飛ばされるのを、そしてその背後に一瞬現れた男の姿を見た。蛇頭族二匹に取り囲まれ、もう駄目だと天を仰いだ女性は、空の中にその姿を一瞬見た。次の瞬間にはその男は彼女の側にいて、二度姿を消し、そしてどこかへ消え去った。蛇頭族二匹は倒れていた。誰もがその男の跳躍を連続したものとして目で追うことはできなかった。けれど誰もが既に気づいていた。彼がここにいることを。


 屋根の上で矢を射ていた少年達は興奮して話した。

「何処?」

「ほら、あっち。あ、もう消えた」

「何処だろう」

「あっちだ」

「何処だよ?」

「もう分かんないや。矢を射るのは完全に止め。ヘタに矢を射てアオイセナ様に当たったら大変だ」


 オニマルもまた気づいていた。アオイがいることに。けれどどこにいるのかはサッパリ分からない。血飛沫をあげて倒れる蛇頭族数頭。そこか、と目をやると既にそこにはいない。離れた場所で再び血飛沫。偶然その目が捉えた。三匹の蛇頭族に対して、三度姿を消し、現れるや刃振るうこと三回、そしてどこかへ消え失せてしまったその姿を。後には深手を負いのたうち回る蛇頭族三匹。


「速い」今までよりも、数段も。

 俄然奮い立った。

「アオイセナだっ! 各々専心せよっ。続け。切り崩せ。人々を守れ」


 屋根の上の少年達は「あっ」と驚いた。

 その人が真横に立ったから。

 けれど「あっ」と言った時にはもう消えていた。どうやら下の情勢を見るために屋根の上に立ったようだ。通りへ目をやると、ズバ、ズバっと敵二匹を斬り倒し、再びどこへ行ったか分からなくなった。


「すごいねえ」

「本当に」

 そこへ。

「あ、研ぎ師のおっさん」

「おっさんじゃなくてお兄さんだろぉ」


 ココオリベが屋根へよじ登ってきた。一体どうやってこの東大路へ潜り込んだのか、そしてどうやってこの激戦区をすり抜けて来たのか、物見高いこの男は見物するにちょうど良さげな屋根を見つけ、ここへ登って来たのだった。つまり野次馬。少年達が矢を射るに絶好と陣取った屋根の上ゆえ、見物するにもちょうど良いのは当然のこと。少年達の隣にどっかと座った。


「すげえだろ、奴は」少年達が頷くのを満足げに見て、立て板に水の如く喋り始めた。「奴の獲物を見たか? そうか。見てないか。見て取れねえほど速いってことだ。アレは今まで使ってた剣じゃねえ。キトラニケが奴の為に打った特注の一本。聞いて驚くな。銘はキトラだ。あの刀には秘密があってな。秘密つっても、まあ、俺ほどの研ぎ師じゃねえと見ても分かんないほんのちょっとしたことなんだけどな。肉厚で鎬高く、その鎬が切っ先へいくほどほんのわずか高くなっている。見ても分かんないほどほんのちょっとの差だ。そのほんのちょっとの差が侮れねえ。振れば見事に切っ先に力流れる。おかげで奴の回転殺法は数段加速したわけだ。回転殺法ここに極まれりってヤツだな。あんな物を研げるのは俺様くらいのもんだ。生半可な研ぎ師が研いだらアレを台無しにしちまわあ」


「ふーん」後半自慢話に転じた研ぎ師の若大将の話に、少年達は生返事を返した。

 眼下の大混乱は人間優勢に転じていた。クムラギ武人らが押し返していた。


 回転殺法ここに極まる、一番それを実感していたのはアオイ本人だった。初めて振るうキトラ。けれど手に馴染んだ感覚。彼の為に在り、ずっと以前から使っていたかのような感覚。振れば振るほど加速する。円を描く体重移動、格段の差、がある。水を得た魚とはこのこと。この速さが、跳躍回数にも影響与えている。一瞬で見て取る。五回跳べる、頭の中にイメージがわく。呪文唱えればその通りに跳躍する。格段に速く、そして今までよりも格段に重みを増した切っ先が敵を斬り裂く。蛇頭族は仲間を斬られ槍向けるも、目にした時には消えている。次の瞬間背後から斬られる。捉えられない。


 退治終えると上に跳ぶ。空、屋根の上、目に入った場所に。一瞬で下を見て取り、「フル」唱える。地上に降りるやいなや、飛燕の如く身を翻し、激戦の中を抜ける。後には屍。


 抜けた先。何本もの槍が闇雲に彼に向かって突き出された。一瞬速く、アオイは足を振り抜いて、地を蹴り宙に舞った。高く。槍は彼の下を交差した。目に飛び込んだ場所、そこに蛇頭族はいない、武人らもいない、人垣が途切れている、大通りの真ん中、そこへ跳ぶと真っ直ぐ下方へ着地した。


 キトラ掲げゆっくりと体回して振り返った。


 気づけば形勢整っていた。民間人は後方へ逃れ、武人らは前方へ詰めている。防壁付近で激戦となっている。民家に押し入った敵を、あるいは路地へ入り込んだ敵を武人らが、オオカミを駆る異民族が、追い詰め退治している。周囲にもう敵が残っていないことを確認して、アオイは長い跳躍を終えた。キトラを下ろした。


 時。


 気づいた。皆んなが見ている。漸く姿現した彼を。目を見開いて、家々の屋根の上から、窓から。逃げていた人々も足を止め。咳一つなく静まり返り。蛇頭族と干戈交える武人らの怒号飛び交う喧騒の中にありながらも。


 面映ゆかった。何か言わなきゃいけない気がした。朧な記憶浮かび上がった。こういう時って確か、自分の名前を名乗り『見参』とか『参上』とか言うんだっけ? しかしそんなことを言う人は見たことない。


 屋根の上からココオリベが大きな声で囃した。

「アオイセナ見参っ! よっ、この大立役者。カミトケたあ貴様のことだ」

 ドッと通りが湧いた。クムラギ一の剣士を讃える声。「見事」「カミトケ(雷)の如し」様々な声投げかけられ、アオイは顔を赤くした。されど。ちょっと残念に思っていた。言っても良かったのか、見参。だったらちょっと言ってみたかった、と。

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