第77話

十一.【石銀で願いを】



 その後は割合楽しく皆でお風呂掃除をして、適当なところでアオイは一人切り上げ、出かけた。


 石と銀製品の装飾品のお店の名前はズバリそのまんま『石銀』。そのお店がある区画は銀座と呼ばれている。その区画には銀の取引所があり、銀製品の店が多い。銀座ばかりでなく米座もあれば桶座もあり、座とは同業者組合のこと。言われてみれば確かにそんな記憶がある。が、なぜかアオイは銀座という名に聞き覚えがあった。初めてこの通りを歩いた時、ユタに「ここは銀座です」と説明され「え⁉︎ ここが⁉︎」と吃驚したのを覚えている。


 ユタは平然と説明を続けた。「銀座もあれば金座もあります。そうでしょ?」この区画には銀の取引所があって云々と説明を受けた。


「そうか……、そうだったな……」と納得してしまったアオイ。「ひょっとして俺の住んでいた街にもあったのかな?」


「大きな街だったらきっとある筈ですよ」とユタは答えた。


 だったら当然か……と、更に納得した。それがもう一ヶ月以上前のこと。その時目に止まったお洒落な店、石銀。


 そして今日、アオイはその石銀ののれんを初めてくぐった。実はここに立ち寄るのは避けていた。なぜなら、いつも若い女の子で賑わっていたから。


 彼が店内に入ると変な雰囲気になった。水を打ったように静まり返り、次いでヒソヒソとなにやら小声で囁き合い。



 彼は居心地悪かった。女の子の聖地に入りこんだような気がして。顔が紅くなった。思わず挙動不審に「ええっと……」と頭を掻き、首を捻り、腕組みをして、棚に並んだ商品を見た。


 が、なぜだか店内の女の子が全員こっちを見ている気がして、勿論凝視はしていないが、チラチラ見られている気がして落ち着かなかった。商品を見ていてもちっとも目に入らなかった。「コレはアレかな……」不自然に呟いてみた。自分でも意味不明だった。


「何かお探しですか」店主らしき女性に声をかけられた。


「はい」助かった……。自分の腕の龍翅を見せて「これと似た物を女性用に」


 店内の空気がキンと音を立てて張りつめた。客の女の子達が全員聞き耳を立ている気がした。気のせいだよな……、と自分に言い聞かせた。


 店主は落ち着いていた。女性だが若くはない。いや、三十代でまだまだ若いが、小娘ではなかった。

「黒瑪瑙と水晶の組み合わせが良いのですか」クムラギ一有名な剣士の意向を確かめた。


「いや」それだと全くお揃いになってしまう。「僕は詳しくないのですが、黒ではなく、女性の好む色で……、良い物を見繕っていただければ」色違いのお揃い、それが良いと思った。


「でしたら赤系……」


「赤が良いです。赤と水晶で」


 店主は棚に並んでいる小箱の、綺麗な桜色の石を指差した。「これなんていかがでしょう。珊瑚石です。最近、若いお嬢さんに人気なんですよ」


「そうですか……」充分綺麗だが、もう少し濃い色の石が似合うと思った。その時ふと目にとまった石。「これは?」


「赤目石です」


 虎目石を赤くしたような渋めの赤い石。気に入った。彼女の紅鳶の瞳が思い浮かび、似ていると思った。


「意味は?」魔導師に持たせるのだから効能も大事。


「邪悪なものを跳ね返します。魔除けであり、持つ者に霊力を授け、集中力を高めます。虎目石と同様の効果があり、さらに持ち主の勝負勘を高めたりと、虎目石より攻撃的な性質の強い石です」

「へえ……」だったら魔法使いにはうってつけ。


「じゃあこれにします。これと水晶で。あ、あとこれ、曹灰長石と、……」龍翅の代わりはないから仕方ないとして、もう一つ、この数珠には石が付いている。「この赤い石、何か分かりますか?」リリナネが着けてくれた赤い石を見せた。


 店主は一目見てわかったようだ。

「あら。輝赤石ですね」


「キセキ石?」


「ええ。別名願掛け石と呼ばれています。何かしら願いをこめて身につけていると、その願いが叶うという石です」


「ああ。確かに」

 そう言っていた。戦場で死なないとか。いや、でも、戦場で死なないお守りじゃなかったんだっけ……⁇ ううむと考え込んでいると、店主は奥から真新しい綺麗な輝赤石を三つ持って着て、彼の横の机の上に並べた。


「石には等級があります。当店で一番良い物を三つお持ちしました。手をかざしてご自分で選んでください」


「え?」


「一つずつ手をかざしてみて、波長が合うものを選ぶのです」


「波長?」半信半疑でアオイは手をかざした。「こうするんですか?」


「そうです」店主は笑みを浮かべた。「霊波を感じるはずです。かざした手のひらに。温かく優しい霊波を」


「ううん……」言われたら何となくそんな気がする。気のせいかも知れないが、真ん中の物に手をかざした時に温かく感じた。微かに。


「これかな……」これって霊波なのかな? が正直なところ。


 店主はニッコリ微笑んだ。

「これですね?」


「ええ、多分……」確信は全くないけれど、というのが本心だったが。


「でしたら手に優しく握りしめ、願いをこめるのです」


「え? 今、ここで、ですか?」


「ええ」当然とばかり、店主はにっこり促した。


 彼は戸惑った。願いをこめるとしたらアレしかないが、勝手にそんなこと願って良いのかどうか、それを秘密に相手に持たせて良いのかどうか。それもこんな場所で願いを?


 けれど。


 少し照れながら手に握りしめ、声に出さず口中で呟いた。


「リリナネさんと結ばれますように……」




十二.【彼女は】


 彼女は真珠岬と呼ばれる大都市ラエモミの出身。ナネという姓はその地域特有のもの。つまり先住民族の姓。


 しかしラエモミは西方との交易が盛んな都市。多くの人種の血が入り混じり、肌の色や髪の色は実に様々。先住民は背が低く肌の色が赤銅色だったと伝えられているが、その特徴を残す人は今はいない。


 彼女を見れば、スラリとした四肢、きめの細かい色白の肌、紅鳶の瞳、明るい茶色の髪。


 その彼女は二三歳。十三歳の自分と何が違っているのか、説明できない。何も大人になっていないと感じる。しかし。


 大人であろうと努めていた。常に大人として接していようと。


 彼はルルオシヌミと順調のようだ。時々芝居やツキツキ見物に行っている。実は困っていますと相談は受けたものの、この調子ならいずれ……と、感じていた。そうして恋になることもある……、自身の恋愛経験などないくせに達観してそう思ったりした。


 そうなると気になって仕方ない。彼の数珠につけたあの石が。このまま持たせたままではいけない気がする。けれど。


 今さら返して欲しいとは言えない。それは到底無理だった。なにしろ、理由が。とても言えない。


 とはいえ、自分はスッパリあきらめないといけない。いつも自分に言い聞かせていた。


 あの子はまだ十八歳くらい。全然子供じゃないか。と、いつも思うことを今日も思って、いつも思うことを続けて思ったり。


 全然子供っぽくない……。


 十八歳とは思えない大きさを感じさせられる。時折垣間見せる大人な顔。それは、単に記憶を失っているから、そう見えるだけかも知れない。ただそれだけの理由かも知れない。


 けれど。間の抜けた言動や失敗談でさえ、おおらかに感じて惹かれてしまう。


 偶然を装い、不自然でなく顔を合わせたくて、このマアシナの部屋で、神像を前に独り座る。彼が黙想するためにここに来るのを待って。たわいない言葉を交わすのを楽しみに。ただ一言二言言葉を交わし、笑顔を交わすのが楽しみなだけ。


 静かに、背後の扉が開いた。


 彼女は笑みを浮かべてふり返り……、そしてそこに立っていたタパに黙礼した。


「随分熱心じゃな」初老の巫術師は感心した様子で言った。


「いえ」彼女は笑みを浮かべて答えた。


 当然、がっかりした。

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