第71話
七.【妖婆の予言】
お婆さんのいる場所は一段高くなっていた。そこに大きめの毛皮の敷物を敷いて、随分小さいお婆さんが、随分沢山着物を着こんで座っていた。頭巾の下にのぞいている小さな顔は皺くちゃで、どこが目でどこが口か分からないくらい。
敷物が二枚並べて用意してあり、アオイとリリナネはそこに座った。案内の少年がさがり、別の少年がお茶を持ってきた。
お婆さんが口を開いた。アオイの見たままで表現すると、皺の一つが開いて声を発し、そこが口だと分かった。
「よう来たの。リリナネも。ご苦労」
「お元気そうでなによりです」リリナネは和かに微笑んで会釈した。
そのリリナネに皺を曲げて(笑って)頷いてみせ、お婆さんはアオイの方を向いた。皺が開いて茶色い眼球がのぞいた。
「アオイセナかい?」
「はい」アオイは武人らしく頭を下げた。こういった場合の儀礼的な常套句を、彼も既に身につけている。「本日はお招きにあずかり光栄に存じます。ご尊顔を拝し」
「よいよい」とお婆さんは遮った。「堅苦しい挨拶は抜きじゃ。記憶が無いと聞いておる。困っておろう?」
「はい」やはりその話かと思った。ひょっとして俺が何処から来たのか教える為に呼んだのか、とも。
「顔をあげて、ようと顔を見せなさい」
「はい」アオイは言われた通りに顔をあげ、姿勢を正した。
しかし。
お婆さんは暫くジッとアオイの顔を見て、そして言った。
「ふむ。ちっとも見えんの」
「はい?」
「おぬしの過去が見えぬ」
やっぱり分からないのか、ガッカリしたアオイ。
「ワシにちっとも見えぬということは、おぬしはちっとも見えぬ場所から来たということじゃ」
「はあ……」なるほど、と思った反面、得心いかなかった。誤魔化されたようなはぐらかされたような……。
「それよりも」お婆さんは続けた。「見えたぞ。おぬしの大望」
「え?」
「野心というべきか」
「え、ホントに?」彼は焦った。大望とか野心とか言われて思い当たることはアレ以外ない。聖女マナハナウラを冥界から連れ帰るという。それは人に知られては困ることだった。なにしろそれは人々から見ればだいそれた考え。
お婆さんは笑った。皺くちゃの口を曲げて。「まあ良い。心やさしき故じゃ。それより未来も見えた。聞きたいか」
正直アオイは面食らっていた。巫術師がこの歳になると人よりも神に近い存在になるのか。内心を見抜かれ、さらに未来まで見えたという。この人が「見えた」ということは本当に見えたのだろう。それを「聞きたいか」と問われて「聞きたい」と答えるのは勇気がいる。しかし。
「はい。勿論」と答えた。
お婆さんはかんらかんらと笑った。そして皺を曲げた。悲しげに見えた。寂しげにも。
「人が己の未来を知ってしまうことは良いことではない。そうじゃな……、こう言っておこう。おぬしの望むこと、一つ叶い、一つ失う、全て失い、最後に全て得る」
これじゃ謎々だとアオイは感じた。これだけの言葉では何一つ分からない。「一つ叶い」とは冥界入りできるということか? マナハナウラを連れ帰れるということか? あるいはリリナネと両想いになれるということか? 「失う」とは? まさか失恋ーー??
リリナネが心持ち肩を寄せて小声で囁いた。「良いお告げじゃない。最後には全て得るんだから」
「そうですね」アオイが顔を向けると、「そうよ」ニコッと頷いた。
最後に妖婆はアオイとリリナネ等分に目をやりながらこう言った。
「強くあれ。何事があろうとも。闇に負けぬよう。闇とは闇の霊、ポオばかりではない。己自身が闇の原理に囚われてあることを深く知れ」
「はい」二人は頭を深くさげて、礼をした。
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