第72話
六.【木剣勝負】
ニシヌタお婆さんの廟堂を辞したアオイとリリナネは、バルで軽く食事をして、その後別れてリリナネは政治堂へ、アオイはイオワニの道場へ向かった。途中。
「あれ?」
「あれれ? 今お帰りですか」
同じく稽古に向かうユタとリュウ少年と偶然一緒になった。
「ああ。廟堂に帰るのも面倒くさいから、このまま道場へ行くトコだ」
「そうなんですか。では一緒に行きましょう」
アオイは少年二人と並んで歩いた。
「ニシヌタお婆さまのお加減はいかがでしたか?」こまっしゃくれた口調でユタは聞いてきた。
「うん。元気だったよ。なんだか……すごいお婆さんだったな」
「そうなんですよ。すごいお婆さまなんです。三都一の大巫術師なんですよ」なぜか得意げな顔つきだった。
「三都一の……? まあ、そうだな。あんな人がゴロゴロいたら、心の中を読まれまくって困るよな」
「何か困ることを読まれたんですか?」
「あ、いや……。それより三都ってクムラギと何処と何処だっけ?」
「三都はクムラギとラエモミとプアロアですよ」
「ああ、そうだったな」以前リケミチモリ氏から聞いたことを思い出した。
「街の名の意味はご存知ですか?」
「え?」
「やっぱりご記憶にないのですね?」
「えっと……、みたいだな」
「クムラギは空の底、ラエモミは真珠岬、プアロアはとこしえの花という意味です。全部ツフガの言葉で、先住民族のつけた名が今に伝わっているものです。クムラギの街は空の底一面に広がっているでしょう? 勿論先住民がこの地に住み始めた頃は大きな街など無かったですから、空の底一面に広がる平野という意味でつけたそうです」
「へえ……、お前って物知りだな」感心して相槌を打つと。
ユタはニヤケてますます得意げになった。
「ラギは『空』『天』の意味です。善神をラギと呼ぶのは『天』の神ということです。クムは『基』とか『源』とか『土台』の意味です。タパさまから聞いた元々の読みは『ツム』だそうです。古い言葉なので訛ったのです」
「へぇ……」
「ですから古くはツムラギだったそうです。それが長い年月の間にクムラギへと変わっていったのです。『空』の『土台』の土地、と憶えると良いでしょう。ツフガの言葉は全部組み合わせですから、一つずつ別けて憶えていくと、いつかは全部意味が分かるようになります」
「そうなんだぁ……」あまり憶える気もなく答えると。
「アオイさま。憶える気はおありですか?」見抜かれた。
「あるある」
こんな会話はいつものこと。リュウ少年は相変わらず無口だが楽しげに微笑んでいた。
道場へ着くとオニマルが少年達に稽古をつけていた。いつもの光景。「よう」と声をかけ道場に上がった。「来たか」オニマルはアオイの姿を見ると笑顔になり、木剣を下ろした。稽古していた少年達がサッと退いて、試合をする線の外までさがった。一人が道場の外へ駆けて行った。
オニマルは笑いながら言った。「体をほぐせ。皆んな待っている」
「いきなり無茶だな」アオイは苦笑しながら、しかし屈伸をして腱を伸ばし、肩を廻して筋肉をほぐした。ユタが木剣を持ってきて手渡した。粉をかけて呪文を唱え、去り際に小声で言った。「今日はアオイさまが勝つに決まってます」アオイは笑って頷いた。
知らせに駆けた少年が戻って来て、見物人が集まって来た。この道場の名物、アオイセナとオニマルサザキべの木剣勝負を見るために。毎回お金を賭ける近所のおじさんや、きゃっきゃっ騒ぐ若い女の子達。
「騒々しいのは「嫌だな」真面目な顔でオニマルは言った。
「うん。照れる」アオイは笑みを返した。
が、すぐに真剣な表情になった二人。間に立っていた行司役の少年が、合図をしてスッと退いた。一瞬で緊迫した空気。オニマルは正眼、両手で構え、アオイは片手、左半身、いつもの構え。
構えたまま、微動だにしない二人。
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