第44話


 リリナネを真ん中に、アオイとイオワニは剣を構えた。イオワニも斬馬刀を地に突き立て、剣を抜いた。すぐさま取り囲んだ小鬼族。目を剥き、牙ののぞく口を歪め、恐ろしい形相で。

 一斉に襲いかかってきた。


 こいつらは退くことをしない––、もう充分すぎるほど分かっていた。全て斬らなければならない。そしてどれほど斬ってもこいつらは突っこんでくる。


「アオイ、リリナネが合図したら一気に下がれ。リリナネの前に出るな」敵を斬り伏せながらイオワニは言った。「一瞬で終わる」


「はい」答えながら剣をふるった。しかし手に余る敵。移動呪をまじえ次々倒したが、討ち漏らしがリリナネを襲う。しかしリリナネは自分の身は自分で守れた。襲いかかってくる敵を続けざま劍呪で倒し、情勢、一瞬の隙を見て取り、二人に合図した。


「下がって!」


 二人が一気に下がりリリナネの横に張り附いた。敵を近づけないよう剣で威嚇した。リリナネは右手の平を前方の闇の奥へ向け翳した。呪文文言を唱えようとしたその時。


「え……?」


 闇の奥に焔が走った。赤い光。光は帯状に広がった。丘陵地の上。どろりと斜面をなめて。加えて、眩い閃光。何度も。光っているのは小鬼族の躯。一瞬眩く光り、倒れ、闇の中に消える。何処までも光り、なぎ倒される。


「シュスだ!」リリナネが目を輝かせた。


 敵を斬り伏せながらイオワニが言った。「ああ。シュスだな。迎えるぞ」


「大魔導師の?」


 問いかけたアオイに、リリナネが答えた。「そうよ。でも、どうしよう」イオワニをふり返り訊いた。「ここで待つ?」


「ああ。後ろの奴らも気附いたようだ。ここで武人らと合流し、シュスを迎える爲に道を開こう」


「分かった」「分かりました」リリナネとアオイは同時に答えた。


 答えると同時にアオイは敵に向かった。


 敵只中で剣をふるう彼の側で、リリナネの剣呪が続けざま炸裂する。躯を廻して敵を斬りながら、その動作の流れの中で後方を見た。灯火の術をかけた槍をかかげ、武人らが馬を進めてきている。敵を倒し、制圧し、道を作っていく。防塁の武人並び立ち、敵をはね返す。小鬼族の群れの只中を徐々に伸びてくる一本道。


 敵切り崩す先頭に、カタジニの姿あった。顔が怒っていた。


 躯廻して敵斬り伏せた時、もう一度見えた。その顔はまっすぐ彼を睨み据えていた。


 気のせいかな––。


 背後の敵を斬り伏せ、逆方向を見ると、闇の奥にもう一つ、新しい赤い焔が浮かんでいた。それが何かは、もう分かった。溶岩。局地的な噴出。静かに流れ出ている。その前面に相変わらず激しい閃光。光っているのは小鬼族自身。間近で目にしたら、目が潰れてしまうのではないかと思えるほど眩い光。


 体が光っている。体そのものが発火するのか––。樹木があれば樹木も光を放ち、瞬時に燃え尽きる。


 武人達の先陣が合流した。灯火の槍を地に突き立てて光の道を築きながら、大群の只中を切り開いてきた武人達。吶喊の声押し寄せ、アオイ達の周囲にも道が築かれた。そしてその中に当然いた。


 響き渡った一際大きな罵声。「くおおらああ」ふり返るとカタジニだった。

「貴様らあ、覚悟しろお!」

 鬼の形相でカタジニが胴服の内側から取りだした物は、アオイにも見覚えがあった。名前も憶えていた。ハリセン。


 カタジニは華麗に舞い、アオイ、イオワニ、リリナネの頭を次々はたいた。パン、パン、パンと。「あいて」「イテ」「痛い」。


「なっ、何をするっ」噛み附いたリリナネにカタジニは言った。


「ふん。俺を置き去りにした罰だ。今はこれで勘弁してやる。貴様らには後でお説教だ。覚悟しておけ」そう言うとハリセンを綺麗にたたんで、胴服の内側、腰帯の背中側にさした。「持ってきていて良かったわい」と言いながら。斬馬刀を地に刺し剣を抜き、呆気にとられた一同を残して駆け去った。


「まずかったですかね……?」アオイは隣のリリナネに訊いた。置き去りにして跳んだのは自分だった事を思いだし。


「大丈夫。あいつは五分したら忘れるから気にしないで」

「五分……」それよりも、と思った。「あの人はいつもハリセンを持ち歩いてるんですか?」

「ハリセン? アレは、カタパンよ」

「カタパン?」

「あいつが考えた武器。仲間を叩く爲の物」

「えっ? アレって、カタジニさんが考えた物だったんですか?」

「そうよ。他に誰があんなくだらない物考えつくの? あいつが考えて、あいつが自分の名前を附けた」


 アレを考えたのがカタジニとは吃驚だった。何か違わないか––、もっと昔からある物で、もっと普及している物という気がした。しかし、普及する理由がない。考え込んでいるとリリナネに促された。


「アオイ。集中して。戦場のど真ん中よ」

「あ、はい」

 イオワニも笑った。「おいおい、ぼうっとしてたのか。大物だな、お前は。シュスはすぐそこまで来ている。合流したら全軍が一気に退くぞ」

「はい」


 その時には先陣はとうに先へ進んでいた。闇の中に光の道が出来ている。一直線にクムラギの門へと導く道。そしてその道を護る武人ら。押し寄せる小鬼族を斬り伏せ道を護っている。武人の一人がふり返り言った。「イオワニ殿っ、俺だ、サカだ」。イオワニと知り合いのようだった。


「おう。なんだ、頑張ってるな」

「軽く言うな。加勢を頼めるか」

「おう」イオワニは答え、アオイとリリナネに言った。「俺は道を護る方に加わる。お前らは先陣を追え。行け」


「うん。分かった」リリナネはアオイを促した。「行こう。アオイ」

「はい」


 前方を見た。闇の中の大群を切り開く武人達。閃光が間近まで来ていた。


 アオイはリリナネと共に光の道を駆けた。すぐに先陣後方に合流した。武人らが蠻族の群れを切り開いている。そしてそこへ近づいてくる光。眩く光りバタバタと倒れる小鬼族。やがて二騎の騎馬が見えた。二人の男が小鬼族を蹴散らし駆けてくる。


 一人は四十代と思しき痩せぎすの男。鷹のように鋭い目をしている。その男が手を翳す度、その手の先の小鬼族が眩い焔を噴き上げ倒れる。何処までもなぎ倒す。もう一人は三十代と思しき筋骨逞しい男。長槍をふるい、術者を護っている。その男の目も鷹のように鋭い。二人とも長髪で、槍の男は後ろで髪を結び、術者の方は結ばず垂髪にしている。


 術者がシュスロー、もう一人が、多分、聖女の叔父アヅハナウラ……。


 先陣の武人達が一気に割れ、二騎の騎馬が光の道に入った。しかしその背後から何かが附いて来ていた。馬上のシュスが何度ふり返り手を翳しても、倒れず、執拗に。


 アオイは目を見張った。それは巨大な黒犬だった。武人らが行く手を阻み取り囲んだが、蹴散らされている。リリナネが手を翳した。けれど武人らを巻き込んでしまうのか、術を使うのを躊躇していた。

「俺が行く」アオイは自分の剣を捨て、代わりに側に立っていた灯火の槍を抜いた。黒犬の頭上を睨み据え唱えた。


 出現した時には、目論み通り槍は深々と犬の眉間に埋まっていた。犬が跳ね上がり、アオイは宙に投げ出された。飛ばされ、弧を描いて地面に叩きつけられた。慌てて体を起こして見ると、黒犬は死んでいなかった。ブンブンと頭をふっていた。血まみれの槍が抜けた。目を丸くしていると、黒犬は踵を返し駆け去っていった。闇の中に姿を消した。


 リリナネが走ってきて、倒れている彼に手を差し出した。


「お手柄ね。アレを追い払ったわ。怪我はない? 立てる?」

「はい」リリナネの手を借り立ち上がった。「アレは何ですか?」驚き覚めやらなかった。

「害獣よ。つまり魔獣。さあ。みんな一気に戻るわよ。急がなきゃ、取り残されちゃうわ。走れる?」

「はい」


 リリナネは彼の剣を持ってきてくれていた。走りながら剣を渡された。門へ向かい二人で駆けた。手をつないだままだった。


 武人らも駆けていた。「退け、一気に退け」口々に号びながら。

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