第43話
十二.[集結]
アオイは背後をふりかえりリリナネに尋ねた。確認しておかなければならない。
「リリナネさん。プレルツって何ですか?」リリナネはそれが使える。ユタから聞いた。それが何かにより、自分の取る行動も変わる。
「プレルツはツフガの言葉で、意味は虐殺呪文」
「虐殺……ですか?」
「うん。一度に大軍を始末できる。だから虐殺呪。こういう状況ででもなければ使っちゃいけない術」
「分かりました。俺はリリナネさんを何処に連れて行けばいいですか」
「敵味方入り乱れていたら使えない。だから、敵の前面に出たい。でも、この押し合いの中じゃ難しいかも」
具体的には分からないが、ほぼ予想してた通り。
「分かりました。先ず俺が跳びます。背後から敵を切り崩して、リリナネさんが前に出れる状況にします」
「うん」
背後から切り崩す事が可能かどうか分からないが、やってやると思った。門前の大混戦を人間優勢に導かないとリリナネは前に出れない。
アオイは印を結んだ。人と蠻族がもみ合っている門、その奥の暗闇を睨み据え。
「あ、こら」カタジニが慌てて言った。「またか、貴様、ずる」で途切れた。「いぞ、こらあ」は耳に微かに残った。
闇の中降り立った。畑だった。灯火の術をかけた斬馬刀を地に突き立てた。舌打ちをした。敵は壁際に寄せているものと思っていた。門の周辺に。背後に跳んだつもりだった。しかしそこはまだ敵の只中だった。
すぐに取り囲まれた。そしてそれ以外は、彼には目もくれず駆けていく。続々と闇の奥から現れている。どれ程集まってきているのか、分からない。舌打ちしたのは、これを全て殺さなければならないのかという嘆き。
剣を抜いた。
一斉に襲いかかってきた。この団子は避けきれない。移動呪で跳んだ。地を抉り躯を廻して敵の背中を叩き斬った。けれど二匹は斬れなかった。剣をふり抜いた姿勢の彼に、次々斧が振り下ろされた。
印は結んだまま。
前方に跳び、一匹の正面に躍り出てて、面食った敵の首を飛ばした。飛沫あがる血を浴びた。しかし血飛沫を斬り裂いて襲い来る斧。再び移動呪。剣を横に突き出して、一匹の側方に跳んだ。出現した時には剣は深々と腹に埋まっていた。バタバタ暴れる小鬼族を引き倒して剣を抜いた。しかし、間髪入れず打ちおろされる斧。再び移動呪。
きりがない––。とても一人では手に負えないと感じた。
その時には灯火の矢が無数に射かけられていた。月明りと相まって仄かに見渡せた戦場の全体図。彼の周辺は農地、その先は草原、前方遙かに、緩やかな丘陵地。緩やかな傾斜の先は闇に包まれている。その全てを埋め尽くして、小鬼族が駆けていた。闇の奥から、続々駆けてきている。全て、クムラギを目指し。
くそ––。
斬馬刀の回収はあきらめ、一旦後方へ跳んだ。門のすぐ外へ。人と蠻族が激しく切り結ぶ背後。
現れざまたて続けに二匹を斬り捨てた。しかしそれ迄だった。群がり襲いかかってきた。地上二メートルほど上に跳んだ。敵の頭を踏み倒して降りた。が、彼自身の体勢も崩れた。
無数の斧の雨。一斉に。
体勢斜めのまま移動呪。前方に跳び、左手地について、跳ね起きざま前にいた敵を下からかっさばいた。
しかしそれもそこまで。体廻すスペースもない密集。間断なく襲い来る斧。紙一重でかわす。引き倒そうと手が伸びてくる。袖をつかまれて引っ張られた。振り向きざま喉を貫いた。そこに背後から斧。身を沈めてかわした。起き上がりざま喉に斬りつけた。
超ヤバいじゃないか––。一瞬でも目を逸らせば斧に撃たれる。跳べない。これだけ密集していたら剣も振るえない。引き倒されたら最後。しかしその時。
凄まじく激しい鬨の声沸き上り小鬼どもが気を取られた。
敵の背後に突如現れたアオイを見て、武人らが奮いたったのだ。「あの剣士だ」「ツフガの剣士を迎え入れろ」湧きに湧いた。一角に集中して猛然と切り崩した。一気に緩み、決潰した最前線。アオイを庇い前面に躍り出た武人ら。アオイは肩を引っ張られ、乱暴に人側陣中に引き込まれた。
「無事かっ? 怪我は?」
「ありません」
結果オーライだった。大勢整った。人間側は門前に半円の陣を広げた。激しい斬り合い。怒号飛び交い剣戟の音響き渡る。「左緩んだ! 左翼固めろ、防塁を築け!」指揮を執るオニマルサザキベの声。
仲間たちが駆けてきた。カタジニ、イオワニに護られながら陣前面にたどり着いたリリナネ。視界が開けると同時に劍呪放つ。斬り結ぶ武人らを助け、たて続けに炸裂する劍呪。
アオイはリリナネの側に立ち、イオワニ、カタジニと共に彼女を護った。
「リリナネさん、プレルツは」この状況でならもう使えるのか、彼女の使う術をよく分かっていないアオイの問いかけに。
「まだ無理」呪文文言唱える隙を縫って答えた。
「焦るな、アオイセナ。まだ味方を巻き込むわ。このくらい俺が片してやるから暫し待て」疾風の如く斬馬刀振り回しながらカタジニが言った。
「なるほど。ですか」
「なんだ、そのトボけた答えは」
「え、普通だと……思いますけど」
「そうか。この状況でふざけているとはいい度胸だと思ったが」自分の事は棚に上げて笑った。
襲いかかってきた敵を斬馬刀で斬り倒し、イオワニは言った。
「こんなのは見たことない。確かに蠻族はこの二十年で増えたが、まるで国中の小鬼が集まったかのようだ。まさか。扉の神召喚を気取られたか……」
アオイは剣をふるいながら聞き返した。
「まずいんですか?」
「ああ。すこぶる附きにまずい。まあ、後で考えよう」
一人の武人が駆けてきてリリナネに言った。
「リリナネ様、状況があまり良くありません。敵の勢いが強く、リリナネ様を前方に出すのは困難です。我らはこのまま押します。リリナネ様、ご決断を」自分達を巻き込んでも構わない、そんな口ぶりの武人に。
リリナネは頷き、アオイをふり返った。
「アオイ。私を、さっき君がいた場所まで連れて行って。あそこから後方の敵だけでも退治する」彼女の下した判断はこうだった。
アオイは頷いた。
「分かりました。つかまってください」
残してきた斬馬刀を睨み据えた。闇の中、仄白く光っている。
リリナネが彼の肩に手をのせた。今度こそと手を伸ばしたカタジニの手が、反対の肩をつかむ前にイオワニの手がつかんだ。アオイは唱えた。三人とも、「こっ」まで聞こえた。
「らああ、貴様らあ」は後方遙かに聞こえた。「許さああん」は怒号の中にかき消された。
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