第18話
リケミチモリ氏は暖簾の下がった一軒の家の前で立ち止まった。暖簾をあげ、中を覘きながら手招いた。アオイに見るように促した。
「ここは刀剣の鍛冶屋です。クムラギの剣は切れ味が良いことで有名です」
覘いてみると、土間の竈に赤々と火が熾され、上半身裸の男が二人、鎚をふるい鉄を打っていた。その光景は見覚えがあった。
「こういった鍛冶屋が、町の至る所にあります」
鍛冶屋は見覚えあったが。
製品の剣の方は。
「ここは刀剣を扱う商家です」ミチモリ氏にいざなわれ入った店内。
ずらりと剣や槍が並んでいる。槍などはアオイはよく分らない。何を分っているのか自分でも定かでないが。こういうものだと思った。違和感はなかった。
しかし、剣。それは剣だった。直刀。つばは随分小さい。彫物の無い単なる丸つば。柄は染色した革を綺麗に巻いている。そしてほぼ全ての剣の柄頭に環状の飾りがあった。環の中に、龍や魔物の意匠の彫物。
ミチモリ氏は一本を手に取って言った。
「これなどは上等な一振りです。鞘も上品な白造りで。帯取り金物の造りも大仰でなくて実に良い」
鞘を抜いて見せてくれた。両刃だった。当然だとアオイは思った。両刃でなければおかしい。柄頭に環のある直刀ならば、当然、両刃。
これは、
アオイは店内をぐるりと見廻しても見つけられず、ミチモリ氏に訊ねた。
「片刃の湾曲刀……って、無いのですか?」
ミチモリ氏は、はたと首を捻った。
「いちじるしく湾曲した幅広の刀を使う異民族もいますが……。この近辺ではあまり見かけませんね」
うーん、とアオイも頭を捻った。彼が考え込んでいる様子を見て、ミチモリ氏はパッと顔を輝かせた。
「もしや、アオイ殿はその異民族の出身では?」
「いえ。それは無いかと……」
さっきから脳内で石ころのようにコロコロ転がっている朧な記憶。それに、いちじるしく湾曲した幅広の刀、は符合しなかった。
その店には他に、
その後、様々な職工の仕事振りを覘きながら町を歩いた。ざっと並べると、刀剣関係では、尻鞘(毛皮の鞘飾り)を作る職人、つばを作る職人、鞘を作ったり柄の装飾をする職人、生活用品関係では、木桶を作る職人、銅鍋を作る職人、
ミチモリ氏は案内しながら言った。
「此処クムラギは職工と武人の町と言っても良いでしょう。職工の熟練者は、地位が高いのです。なにしろこの町の産業の基幹ですからね。今見てきたような工房は全て町中にありますが、町外れには大きな工場が沢山あります。硝子工場や、製鉄所、など」
立派な構えの門の前でミチモリ氏は立ち止まった。門の内側に広い庭があり、大きな桶が沢山干してある。ふり返りにっこり笑った。
「ここは酒蔵です。アオイ殿はいける口ですか?」
「いえ……」飲んだ記憶がなかった。
ミチモリ氏は少しがっかりした顔になった。
「葡萄酒を造っているのですか?」昨日の夜、食事に附いていたことを思い出して、アオイは訊いてみた。
「いえ。この辺りは穀物で造る酒です。葡萄酒は西方の交易都市ラエモミ(真珠岬)が名高い産地です」
その隣はまたまた大きな立派な建物。しかし酒造と違い塀も門も無く、建物自体が通りに面していて、大きな木の看板をかかげていた。
「ここは版屋です」
「版屋? ハンコ屋ですか?」
ミチモリ氏は何も言わずにっこり笑い、先に立ち中を見学させてくれた。
印刷所だった。
ズラリと並んだ机に何人もの人がいて、活字を組んでいた。大きな機械があり、太ったおじさんが、大きなハンドルをクルクル廻していた。印字された紙がパラリパラリと口から出ていた。
「プアロア(とこしえの花)から買い入れた最新式の印字機です。ハンドルを廻すだけで何枚でも印刷できます」
「へえ……」時間がかかって大変ですね、口から出かかっていた言葉をのみ込んだ。もしも言っていたら相手が気分を害する処だった。第一、何を基準に時間がかかって大変と思ったのか、自分でも分からない。
「プアロアの絡繰技術は進んでいます。そういった技術ではプアロアに適いません。時計なども」
「プアロアって何処なんですか?」
「ラエモミと同じく西方にある大きな町です。ラエモミの北には広大な平野が広がっています。その北端、山岳地帯の手前にある町です。此処クムラギとラエモミとプアロアで三都と呼ばれています。この地方で最も繁栄している自由都市です」
棚に見本らしき本が並んでいた。それらは紐で綴じられた物ではなく、製本された物だった。アオイの目にも馴染みがあった。ユタ少年が言った。
「こういう本はとっても高いんだ。欲しいけど……」
アオイは一冊手に取ってみた。それは百科事典だった。開いたページに鹿の絵があった。頭に羽飾りのある……。
横から覗き込んでユタ少年が言った。
「これが鶏冠竜だよ」
「へぇ……」
あえてもう何も言わなかった。
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