第47話 百分率で言い表すなら、1.8%ってところね

「そんじゃ、さっそく移動しますか」


サンディが転送盤を取り出し、砂の上に置いて目的地の座標を設定し始める。


「いや、ちょっと待て!」


突如老爺が大声を上げ、オーガストに鋭い視線を向けた。


「お前さん、なぜわしの痰壺を持っている?それをどうするつもりじゃ?」


「えっ、痰壺?!」


オーガストは恨みがましく陸人を睨み付けた。


「おい、陸人っ!なんでよりによって痰壺なんて持ってきたんだ!」


「知らなかったんだよ。それに、容れ物ならなんでもいいって言ったじゃん!」


「では責任を持ってお前がこの壺を持て」


「ええ?!やだよ!」


「おいっ!押し付け合うくらいならさっさと返さんか!」


老爺はとうとう激怒し、オーガストから壺を引ったくった。


「駄目だよ、おじいさん!すぐに僕らに返して!」


「それは一時間以内に処分しなければ危険なものなんだ!お願いだから我々に渡してくれ!」


「いいや絶対に手放さんぞ!この壺は我が家に代々伝わる大切な家宝なんじゃ!誰が渡すか!」


「は?大切な家宝の使い道酷くない?ゴミ箱として使う方が遥かにマシだよ!」


「うむ、陸人の言う通りだ!あの大量のゴブリンはもう先祖の祟りとしか思えんぞ!」


「ええいっ、うるさい!さっさと帰れ、このちゃらんぽらん共!」


老爺は散々怒鳴り散らし、壺を抱えて家の中へ閉じ籠ってしまった。


「本人が渡したくないと言うのなら、無理に回収する必要はないんじゃないかしら」


エレミアにそう言われ、陸人とオーガストは諦めることにした。


「そうだね。もう石は手に入れたし、僕らには関係ないか」


「ああ、バレる前にさっさとずらかろう」


「でもさ…」


陸人はサンディに聞こえないよう、声をひそめて言った。


「石が入ってるあの小瓶、なんかちょっと怪しくない?」


「ちょっとどころかメチャクチャ怪しいだろ」


小瓶を手のひらで転がしながら、シメオンが忌々しげに眉根を寄せる。


「一体何なんだ、この瓶は?」


「うーむ…」


オーガストがうずうずした様子で低く唸る。


「開けるなと言われると、益々開けたくなるな…」


「いっそのこと、開けてみましょうか」


エレミアの提案に反対する者は誰一人としていなかった。


「サンディはまだ転送盤いじってるし、今ならチャンスだよ」


「そうだな」


シメオンは躊躇いもなく小瓶を開けた。


刹那、瓶の中から夥しい白煙が噴出し、同時に地面が大きく震盪した。


「うわっ…!何何?地震?!」


異変に気付き、サンディが立ち上がって悲鳴を上げる。


「あーっ!何勝手に瓶開けてんスかぁぁ!」


老爺も仰天して家から飛び出してきた。両手にはまだ壺を抱えている。


「あああ…!なんということじゃ!最悪じゃ!」


砂塵と白煙の中に見える巨大な黒い影。どすんどすんと地響きを立てながら、ゆっくりと四足歩行で陸人達に近付いてくる。


現れたのは、ライオンの顔と人間の体を持つ、体長およそ十メートルの怪物。


「久々の外の空気は美味いのぅ」


嬉しそうに微笑みながら、懐かしむように辺りを見回している。


シメオンはキッと老爺を振り返って尋ねた。


「おい、じいさん!なんなんだ、あの気持ち悪いライオンは!」


「ガインダ最強の魔物“マフィンクス”じゃ。わしらの先祖はあの怪物の横行にすっかり参っておってな…。それを救ってくださったのが、たまたま旅行でガインダを訪れていたジャン・ギッフェル様じゃ。あのお方がマフィンクスを封印してくれたお陰で、ガインダに平和が訪れたのじゃ。それをお前さん達ときたら――――」


「でもさ、どうしてデルタストーンまで一緒に入ってるの?」


「それは…」


口ごもる老爺に代わってサンディがさらりと答えた。


「古文書によると、封印する瓶を間違ったらしいッス」


「は?!どうやったらそんな間違いできるの?!」


「そんなことよりどうすんだよ、この怪物」


シメオンがマフィンクスを顎でしゃくる。


「おお、わしを解放してくれたのはそなた達か。礼を言うぞ」


マフィンクスは陸人達に顔を近付けて一人一人をじっくりと観察し、口元を吊り上げて笑った。


「全部で六人。これはゲームが盛り上がりそうだのう」


「ゲーム…?」


突然、空に蛍光色の巨大な壁が出現し、マフィンクスや陸人達のいる一帯をドーム状に覆った。


「えっ?何これ?僕ら閉じ込められた?まさかこのまま食べられちゃうの?!」


「落ち着け、陸人」


オーガストが陸人の肩を掴んで宥める。


「俺達はこれまで何度も修羅場を潜り抜けてきたんだ。今回もきっとどうにかなるさ。いざとなったら転送盤で脱出することもできるしな」


「あ~、それはちょっと無理ッスね…」


転送盤をいじりながら、サンディが苦渋に満ちた表情を浮かべる。


「なんか磁場が狂ってるみたいで、稼働させようとしてもエラーメッセージが出るんスよ。たぶんあの変なドームのせいじゃないッスかね?」


「そっか…。でも、転移魔法使うって手もあるよね?」


「すまん陸人…。さっきの封印で魔力をほとんど使い果たしてしまった。回復までには少々時間が掛かるんだ」


「そんな!」


陸人は藁にも縋る思いでエレミアに視線を向けた。彼の意向をいち早く汲み取り、エレミアが口を開く。


「残念だけど私も彼と同じよ。百分率で言い表すなら、1.8%ってところね。転移魔法発動に必要な魔力が15%、1%の回復にはおよそ370秒掛かるから、大体あと一時間と二十一分掛かるわね」


「そんな!」


「ではゲームを始めるとしようかのう!」


マフィンクスはにんまり笑って喋り始めた。


「ルールは簡単。そなた達には今からわしが出題する三問のクイズに答えてもらう。一問でも正解すればそなた達をここから逃がしてやろう。しかし全問不正解だった場合はそなた達全員の命をもらう。ちなみに回答者はわしが指名する。答えられなかった場合はその者の“命の次に大切な物”を問答無用で頂くから覚悟しておけ。ではゲームを開始する」


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