完勝
「だりゃぁぁぁ!」
気合と共に妖魔獣の攻撃を受け止めたのは四度目だ。
部屋の隅にグラドを寝かせ、ハーバンが巨大な手甲の法具を構えて身を固める。その前にアムが陣取り、俺が前衛に立っていた。
四度目にして完全な防御を決めた俺の背面からアムが跳び出す。
「やるぞ!」
「ランド・バズーガン」
大地のエナジーによって踏み込まれたタックルが決まり、妖魔獣の体を浮かせて、跳び下がる寸前にその動きを封じた。
「ストーム・セイザー」
(大両断!)
頭に響くリンカーの叫びと共に振り下ろされたアムの法技が妖魔獣の分厚い胸部を切り裂いて黒々とした霧とドス黒い血をまき散らす。
(ばかラグナ、飛ばし過ぎだ)
タックルの勢いが強すぎて思った以上に間合いが開いてしまい、アムの法技は浅くなってしまった。
「ヒギギギギ」
初めて出した鳴き声は、たしかなダメージを与えた手応えだと感じさせる。しかし、その動きはまだまだ健在であり、その後も空を蹴る変則かつ、多角的な高機動により襲い来る。
それでも俺は体を張り、そのたびにアムが反撃に転じた。
いったい何度目だろう。鎧から散る光の飛沫の強さが、減衰させたダメージの大きさを物語る。鎧の力により傷こそ負わないまでも、代償により心力を削られるのだ。
「こんにゃろう!」
残った心力により意地の叫びを口にして振るった反撃も、かすることなく空を切るのみ。少しばかりの疲弊を実感したとき、俺は妖魔獣の動きに反応が遅れてしまう。
けっして気を緩めたわけではない。しかし、妖魔獣の動きと速度が一段上がり、それを目で追ったときにはすでに壁を蹴っていた。
無意識の中で護りを固めてしまうのだが、奴は俺でもアムでもなく、その後ろに立つハーバンに向かっていったのだった。
「しまっ」
「メガロ・ストライク」
完全に虚を突かれた俺の背後で、アムの法技による巨大な闘気の刃が妖魔獣を叩く。その刃が消えないうちに、横に薙いで打ち飛ばした。
俺がその行動を把握する間もなく低い姿勢でアムは跳び出し、起き上がりざまを斬り叩たく。
完全に防御に入った妖魔獣はたまらず天井に跳び上がり、壁に跳び移り走って逃げるのだが、アムはそれを追随する。
この闘いの前にアムが言っていた高機動戦闘による作戦がここにきておこなわれていた。
「コルドスト……」
しつこく向かってくるアムに対して空を蹴って回避する妖魔獣。法技は不発に終わると思われたとき、アムは空を蹴って妖魔獣に肉薄した。
「……セイザー」
氷結して鋭さを増した刀身により、アムに両断された妖魔獣は壁にベチャリと接触してドス黒い血を引きながら床に落ちた。
アムは壁を蹴り一回転して着地を決め、リンカーをふた振りしたあと鞘に納めて背中に背負う。
「倒した。あの妖魔獣を」
部屋の隅に退避していたハーバンは信じられないという顔でアムを見ている。
ほんの少し前まで俺は体を張って状況を好転させるために奮闘していたのだが、アムによって一気に勝負が決まってしまった。
どうにか上体を起こしたグラドも考えていることはハーバンと同じようなことだろう。かく言う俺もこんな勝ち方になるとは想像もできなかった。
「あの妖魔獣をこんな簡単に。それも奴の動きに合わせて追うなんて。お嬢さんひとりでも勝てたんじゃないか? そうとしか思えねぇほどの完勝だ」
ハーバンは痛めている腕をだらりと下げた。
「まさか。これを完勝と言うならラグナあっての完勝だ。彼のおかげで妖魔獣の動きをじっくり観察できた。そうでなければあの動きを追えるものか」
アムがやったことは言うほど簡単ではない。まずあの変則的な動きをじっくり観察できたというのが並外れた行為だ。俺が虚を突かれてハーバンが狙われたときの法技での迎撃も。さらに奴と同時に跳んで追いかけるなんて芸当も。
「アムサリア、最後に妖魔獣が空中で向きを変えたとき、あなたは同じように空中で向きを変えて同時に跳んだが、あれはどういうことなんだ?」
グラドの質問にアムは少し笑って答えた。
「空中で向きを変える妖術の正体は、あいつだけが触れられる足場を作ってそれを蹴って向きを変えていたんだ。わたしは触れてみたが触ることはできなかった」
「だったらなぜアムサリアは向きを変えられたんだ? あいつだけしか触れられないんだろ?」
そう、今アムが自分で言ったのだ。なのにアムは同じように空中で向きを変えて跳んでいる。
「奴の陰力の波長とわたしの陰力の波長を合わせてみたんだ。そしたら、その足場を踏み台にして跳べたわけさ」
あの一瞬でそれを実行するとはとんでもないとふたりは思っているだろう。もちろん俺も思っている。
闘いを終えたアムはさして
それを
今のアムは奇跡の鎧こそ無いが、攻撃に関する能力はあの頃よりもずっと強い。例え歴代の聖闘女と闘うことになっても負けるはずはない。そう確信したのだが、いましがた見えていたはずのアムの弱点に気が付かなかった俺は、このあとの闘いでそれを思い知り後悔することになる。
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