守戦
「ふたりは全力で身を護ってくれ。それとグラドを頼む」
魔女の呪いを受けて妖魔化したグレイモンキールはその目に見えるほどの濃密な妖気と言える衣を纏っている。この妖気は陰力とは少し違い、陰力が変質した負の力だ。
「あの妖気に当てられるとおかしな状態異常になる可能性があるから気を付けろよ」
魔女との闘いの経験からハーバンにアドバイスしたものの、あのときと違い鎧がない俺は不安が拭えない。
奇跡の鎧を自分の意志で顕現させたことはないのだが、今までの経験から危機的状況に陥れば俺を護るように現れるのではないかと思っていた。そして、今がそのときのはず。
「なんで、なんで鎧は出ないんだ。俺の一部だろ!」
両の拳で交互に地面を叩く妖魔獣。挑発なのか獲物が現れた歓喜なのか、その行動を止めたとき、妖魔獣は壁に向かって跳躍した。
「エルス・スパイラル・アローラ」
四大精霊法術の中で風属性はかなり高速ではあるが、壁走りする妖魔獣は風の矢を叩き落とす。
古びた施設の崩壊を防ぐために考慮したのだろう。アムにしては小規模な勢いの風の矢の群は、グレイモンキールにとって脅威ではなかった。
床、壁、天井と次々跳び移り、着壁の反動を使って襲い掛かった相手は、アムではなくハーバンだった。
「うおわぁぁぁぁ」「ガイア・ランザーラ」
その場に動けず体を仰け反らせたハーバンの悲鳴にアムは法文を被せた。
さすがの反応で迎撃防御がおこなわれ、地面から突き上げる複数の岩石の槍がハーバンを護った。しかし、風の矢と同様に力を抑えた法術では強靭な肉体と濃密な妖気を持つグレイモンキールにはたいして効果はない。
(おれが妖気ごと切り裂いてやるよ)
「奴がわたしに向かってきてくれるならな」
軽口を叩き合うリンカーとアムだが俺にその余裕はない。曲りなりにもエイザーグや魔女と闘った経験を持つ俺でさえこんな状態だ。ハーバンはもはやカカシも同然で動けない。様子を見てグラドを助けに行くことさえ期待できないだろう。
「まさかこの妖魔がこれほどの強さとは」
アムにしては弱気とも取れる発言。つまりはそういうことなのだ。
「ラグナ。キミの力が必要なようだ」
このアムの要望に対して俺は言葉を返せなかった。それは、『キミの力』とは、奇跡の鎧のことだからだ。
俺が返す言葉に困って口を開けかけたとき、妖魔獣とアムが部屋の中央で交錯した。
三メートルほどの範囲の中での闘いが数秒間おこなわれたことで、どちらが優勢かがあきらかになった。
「グラドを頼む!」
これまで人知を超えた恐ろしい相手に打ち勝ってきたアムに、妖魔獣は身を引いて跳び下がる。その隙にグラドのもとへ走り寄ったときだ。
俺がグラドに視線を向けた一瞬の間に、アムが床を転がり壁に激突した。
「アム!」
なにが起こったのか。さきほどの攻防で、わずかながらアムが優勢であると感じたのだが、この現状がその考えを吹き消した。
固まる俺を妖魔獣は口角を吊り上げ睨む。倒れるグラド、震えるハーバン、打ち飛ばされたアム。身構えるでもなく心構えもない今の俺に抗う術はない。
俺の方に体を向け、踏ん張った足に力が溜まる。その姿を見た俺の心の内から恐怖が溢れ出したのを感じた次の瞬間、その恐怖と共に妖魔獣をアムが斬り叩いた。
「おまえの相手はわたしだぞ」
(おれもだ)
床を転がり壁に激突する妖魔獣によって部屋が大きく震える。鉄骨が軋んで大きな天張りが落下してきた。
「今のうちにグラドをっ!」
俺の内から押し寄せる恐怖を叩き伏せたアムの言動。これこそがアムの英雄たらしめるものだと俺は思っている。固まった体は緩み、止まっていた思考も動き出した。
「助かった」
グレイモンキールを視界に収めた状態でグラドのそばに座った俺は癒しの法術を使った。
「ヒリング・ケアリオーラ」
派手に飛ばされ壁にめり込んだにしては大きな外傷は見受けられない。
遅々とした速度ながらグラドの傷は癒えていく。骨に異常があればこの闘いのあいだに動けるほどの回復は不可能だろう。ただ、劣化した壁面がクッションの役割を果していたのなら、大事には至っていないはずだ。
こうしてグラドの治療を施している目の前では、すでにアムと妖魔獣の闘いは再開されていた。
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