申し出

 フォーレス場内へ直通する危険な地下施設の踏破。それを進言したアムの言葉にハーバンは立ちあがった。


「いや、それはさせられねぇ。君らは貴重な戦力だ。その後のことを考えれば万が一にも失うわけにはいかねぇしよ」


 自分の態度がアムにそう言わせてしまったと、ハーバンは慌てふためきながら包帯の巻かれた両の腕と首をブンブン振った。


「だが、地下施設調査が最優先であろう? わたしとしては戦場でフォーレスの人間を斬ることはできないし、ラグナにもさせるつもりはない。であるならば、そういった裏方の仕事に力を使わせてもらいたい」


 アムの言う通り戦場で人を斬るなんてことはしたくない。というか邪悪な者というわけでもない人を斬ることなんてできないだろう。そんな俺が戦場に出ては足手まといとなって多大な迷惑をかけてしまう。最悪俺自身が命を落とすことになる。

「アムサリアさん。あなたは城内に攻め入ったあとに聖闘女と対峙してもらいたいのです。聖闘女の存在とその力は未知数。こちらの最大戦力とブライザ組の最大戦力をもってしても聖闘女に太刀打ちできるのかわかりません。なので、こちらもあなたという未知数の力を持つ人が必要なのです」


 リリサさんも硬い面持ちでアムの申し出を断わった。


「だったらそのブライザ組に協力を要請すればいいのでは?」


 戦争による真っ向勝負を回避できる画期的な作戦になるかもしれないのになぜ大きな闘いを選ぶのか? リリサ組にしろブライザ組にしろ、どちらの作戦にもこの地下施設から城内に突入する作戦は使えるのだから、それこそ最優先事項と言っていいはずだ。


「ブライザ組は地下施設に巣くう獣と闘うことはリスクが高すぎると判断しました」


「おいおい、人間同士が闘って大勢の死傷者がでるかもしれないのに魔獣一匹から逃げるってのかよ」


 だが、俺のこの発言を聞いてもリリサさんたちはブライザ組が出した結論に異を唱えることはなかった。


「グレイモンキールだ」


 すかさずアムが反応する。そして、アムがそう反応した理由もわかる。グレイモンキールは一般の闘士が手を出してはいけないリストの上位に入る獣だ。分類は魔獣ではないし出会っていきなり人間を襲うような好戦的な獣ではない。だけどひとたび戦闘になれば、二足歩行で駆け回り、知能も高く道具も使い、複数であれば連携も取るやっかいな奴らだ。


「それも魔女の影響を受けて妖魔化した個体のようなんだ。二名の調査隊員が出会いざまに瞬殺された。その後も戻らない隊員を探しに行った数人も殺され、その情報を持ち帰った者も酷い怪我を負ってしまった」


「なるほど。狭い地下施設では組織的、戦略的に闘うことができず個の力で挑まなければならないわけだ」


 勝率の低い闘いを勝つまでおこなわなければならない博打を繰り返して大きな戦力を削るわけにはいかない。そう考えてブライザ組の者は地下施設の踏破をあきらめたのだろう。


「グレイモンキールがいる部屋の中で闘える人数は四人が限界だ。それ以上入ると武器も振り回せなくなる。天井はけっこうな高さがあるが、その高さは奴に利がある。縦横無尽に飛び回って多角的な動きで攻撃してくる」


 ハーバンの話をうんうんと頷いて聞いていたアムはハーバンが話し終えたと同時にこう言った。


「わかった、やはりその闘いはわたしとラグナに任せてもらおう」


 呆れ気味にアムを見て口を開こうとするハーバンに手のひらを向けて制した。

「最大四人程度しか入れない部屋で天井も含めた高機動戦闘をおこなう敵ならば、こちらも高機動戦闘は不可欠だ。ならば人数は少ない方がいい」


「だけど俺のスタイルは高機動戦闘じゃないぜ。鎧の力を使えればできないでもないだろうけど……」


「そうだな。この闘いに鎧の力はあった方がいいが、ラグナは相手の機動力を発揮させないようにしてもらう役回りだ。崩落の恐れのある狭い部屋で派手な法技や闘技は使えない。相手の土俵を崩してこちらに有利な闘いに持っていかなければ。アムザーグだったわたしと同化して闘った経験をいかせば大丈夫さ」


 二十年前に破壊魔獣エイザーグだったアムの半心半魂を憑依させて闘ったことで達人レベルの戦闘経験をした俺は飛躍的に強くなった(気がする)。その後もアムとの訓練や魔女との戦闘を経たことでの評価によって、ふたりでなら勝てると判断したのだろう。だが、妖魔化したグレイモンキールを実際に見たわけではない。アムが負けるなんて考えられないが、限定された状況下での闘いであり相手も相手だ。勝つにしてもその後の闘いに影響が出るほどの痛手を受けないとも言い切れない。


「ハーバン殿、もう少し詳細な戦闘空間の情報と……」


 俺の役目はアムを無傷で敵陣に送り込むこと。願わくば聖闘女の前に立たせることだ。アムを護るのが俺の使命。たかが妖魔化した獣ごときにその使命を砕かれてたまるかと、俺は気合を入れた。


 その後、対グレイモンキールの作戦を立て、フォーレス王城へ突入するいくつかの出入り口へ続くであろう地下施設の経路を覚えるために頭を使う羽目になった。


 全面戦争を回避するためにはこちらの作戦の方がより成功率が高いとわかってもらわなければならない。明日にでも地下施設に突入して妖魔化した獣、言うなれば妖魔獣となったグレイモンキールを倒し、フォーレス王城への突入経路を確保して報告する必要がある。


 朝食後におこなわれた二時間に及ぶ作戦会議が終わると、俺たちはリリサさんに連れられて昨日途中で中断となった街の観光に出かけた。


 すぐにでも討伐に向かう意気込みはあったが、ブライザ組のリーダーがまだ戻ってないこともあり、王城での対策会議ができないため、観光しつつ戻るのを待つことにしたのだ。


 この国は多くの村や街を治めているだけあって様々な名産品が売られている。中でも法術錬金鍛冶を応用した裁縫錬金で織り込まれた衣類の質が高かったので、これまでの闘いで傷んだ戦闘衣を新調することにした。質が良いだけあって値が張るのはわかるが、これが適正価格か怪しいので素直に定価で買おうとするアムを制し、店員との激しい値引き交渉の末に二割二分引きにて購入。


 続いて、この国の祭り事である野生獣同士を闘わせる見世物や、闘士たちが素手で食用獣と格闘戦をおこない、仕留めた食用獣をその場で捌いて振る舞うという出し物を観覧した。食用獣のレベルによっては団体戦をおこなうこともあり、これが一番の見せ場だというのは実際に見ればよくわかる。それは、観客までも乗り込んでの大乱闘だったからだ。


 参加したくてウズウズしているアムをなだめつつ大声で応援したあとは、食用獣の調理を手伝いながら振る舞われた肉を頬張った。


 大いに楽しんだあと帰宅した俺たちはフォーレス地下施設に巣くう妖魔獣討伐と施設踏破作戦の再確認を済ませ、十九時過ぎには就寝した。

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