組織
ハーバンとリリサさんが乗って来た馬車の中は外より随分と温かい。見ると足元の四角い箱から仄かな温かみを感じる。俺たちはその箱を挟んで向かい合わせに座った。
「ブライザ組の周回馬車に乗るとは運が無かったな。ふたりで街を回るなんて考えていなかったから伝えていなかったんだが、馬車にも赤と青のプレートが付けられている」
「あなたたちは自分らの組の馬車にしか乗らないのか?」
「そんなことはない。そこまで頑なになるほど組はいがみ合ってはいないよ。君らがそう感じるのは仕方ないが、フォーレスの進軍の情報が入ってくるまではこんな感じではなかったんだ」
「そうは言っても肩肘を張って競い合っていましたけどね」
リリサさんの横槍に彼は口を尖らせた。
コトコトと静かに揺れる馬車の中でハーバンはふたつの組について語った。
「リリサはもともと王宮仕えの衛生法術闘士だったんだ。わかると思うが人望も厚く街の者にも王宮の者にも慕われてた」
それは見ればわかる。優し気な言葉にもなぜか重みを感じるのは、心の強さと清らかさからだろう。
「街にはいくつも組があった。それぞれが近隣の町などを取り込んで管理していたんだが、随分前にブライザ組が立ち上がった頃に組をまとめ出した。その好戦的な考えに異を唱えるようにリリサ組が自然と出来上がったんだ」
ハーバンの説明にリリサは少し呆れた顔をした。
「確かにブライザの考えに異を唱えはしましたけど、あなたが私を担ぎ上げてリリサ組なんてモノを作ったんでしょ。それを切っ掛けに私は王宮を離れることになっちゃったのよ」
「リリサがいなかったらもう何年も前にフォーレスと戦争になっていたかもしれないんだ。確かにブライザは強いカリスマ性を持っているが、リリサだって負けてはいない。奴とは違うやり方で、この街の者たちをまとめ上げている」
こんな穏やかで争いを好まなさそうな人が、街の人をまとめ上げているとは想像がつかない。俺とアムがリリサさんに視線を向けていると、彼女は気恥ずかしそうに言った。
「実際にまとめてくれたのはハーバンと、そのハーバンを慕うみなさんです。私は少しでも血の流れない方法はないかと考え、それを伝えただけですよ」
このあとリリサ組の方針が話されるはずだ。最終目的が聖闘女を倒すことはかわらないはず。問題はそのやり方だ。フォーレスに対して討って出たいブライザ組を止めるにしても、それを上回るような代替え案が必要だろう。
アムも同じことを思ったようでリリサ組のプランがどういったものなのか質問した。
「その話は明日だ。作戦会議中に呼び出されたからまだ話し合いの途中なんでね」
「そうだったか。余計な時間を使わせて申し訳ない」
「いいって、あんたらが要の作戦になりそうだから、なにかあったらこっちも困る。ということで今後出かけるときはひと声かけてくれ」
「承知した」
作戦の要とは魔女の封印のときとは大きな違いだ。プレッシャーは大きいが人族のみならずこの周辺の多様な種族の存亡の懸かった魔女との闘いに比べればまだましか。と思いかけたが、戦争ほど愚かなことはない。故郷イーステンド王国の歴史に他国との争いはなかったが、書籍や噂で他国の戦争の歴史をほんの少し学んでいる。そして、その結果が凄惨な結末になることもあるとブンドーラの歴史で知った。
リリサ組の屋敷に着き門をくぐるとグラチェが待っていた。
「留守番させて悪かったな」
アムの言葉を聞いて興奮気味に擦り寄ってくるグラチェをなだめてから部屋に戻った俺たちは、しばらくソファーでくつろいだあと、早めの夕食に呼ばれた。
そこでは今後の作戦についての話はなく、アムの過去やその後、ウォーラルンドでの闘いについて、そしてブンドーラの歴史など、もう少し掘り下げた内容が話された。
そんな中で一番驚いたことは、クレイバーおじさんが何度かこの街に来ていたということだ。
「君らがクレイバー殿と知合いだったとは」
クレイバーさんは昔からこの地域で取れる稀少鉱石の買付けに来ていたそうだ。言い値で買うお得意さんだったようだけど、それ以上のなにかを手に入れて帰っていく感じだったという。
そんなこんなでそれなりに盛り上がった夕食を済ませたあとに、「これでお互いの理解は深まり、今後の作戦が円滑にいくようになるかもな」という感想をアムが俺に告げた。
俺も少なからずハーバンたちに対するわだかまりは消えてきたが、それ以上におじさんの存在が気になってしまっていた。
おじさんはウォーラルンドとかかわりがあり、ヘルトらに法具を与えていた。そのことから魔女の復活のタイミングで俺たちを送り込んだのじゃないかと勘ぐっている。だから、以前からブンドーラに来ていたというなら、またなにか裏があるのではないかと思わずにはいられなかった。
「ハーバン殿はクレイバーからフォーレスどころか聖闘女についてのことは一切聞いていなかったと言っていたし、さすがにそれは考えすぎだろう」
確かにいくらおじさんでも国の上層部しか知らない極秘事項のフォーレスや聖闘女について知っているわけはない。それにその頃はアムの復活に躍起になって研究していただろうから、そんなことに首を突っ込む暇などなかったはずだ。
少々引っかかるものはあるが、それは頭の片隅に追いやり、風呂に入ることにした俺たちは、体に残った旅の疲れを湯船に解き放ち、早めの就寝によって次の日の朝には元気いっぱいになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます