談合

 リリサ組の拠点に負けない要塞じみた屋敷は、より無骨で防衛拠点といった作りだ。国の内情を知った今となっては、これが戦争を意識しての建物だと理解できる。庭はリリサ組よりも広いがバリゲードとなりそうな障害物が置かれていて、庭園という景色は皆無だった。


 頑丈そうな大きな扉から玄関ホールに入ると正面に階段、登った踊り場からはぐるりとホールを囲うように通路がある。その通路を囲う物が手すりではなく壁だったため、上から弓などでホールを攻撃するためか? と思わせる雰囲気を感じさせる。


 ホール左隅にある扉に案内されて中に入ると、リリサ組の屋敷で食事をしたのと同じくらいの広さの部屋だった。十人程度が囲える黒いテーブルが置かれている以外は特になにもない。


「そこらに座ってくれ」


 俺たちは奥側の椅子に並んで座った。


(一番逃げずらい場所か)


 窓も扉も反対側で出口がない。壁も恐らく分厚い石で囲われているだろう。


 目線をキョロキョロさせていると、メイドらしき女性がお盆を持って入ってきた。俺たちの前にカップを置いてお茶を注ぎ、茶菓子の乗った小皿を添える。


「それはまぁそこそこのお茶だ」


 湯気からはほんのりと甘い香りを漂させていた。


「そいつを飲みながら少し待っててくれ」


 彼は部下らしき者たちとメイドを残して出ていった。


 五分以上待たされたであろう。飲み終えたお茶を見て、メイドがカップにお代わりを注いだとき、ようやく戻ってきた。


「またせたな」


 馬車に乗っていた男たち三人が席に着く。


 メイドにお茶を用意させると一番立場が上と思われるおじさんが話を切り出した。


「おれはグリーティ。単刀直入に聞こう。あんたらは何者で、なにしにこの国に来たんだ?」


 彼は名乗って早々と本題に入った。


「少し長い話になるが……」


「大丈夫だ。今日の予定はさっき済ませてきた。このあとは暇なんだ」


 こういった話をするのは何度目だろう? こんなことならイーステンドでクレイバーおじさんが経営するアムサリア平和記念館のパンフレットでも持って来ればよかったと俺は思った。


 聖闘女アムサリア=クルーシルクの歴史を興味深く耳を傾けていたおじさんらではあったが、やはりハーバンたちと同じく信じられないといった感じで溜息をついた。


「嘘をついている感じはしないけど、これが嘘だったら大変なことになるぜ」


「嘘など言っていないさ。明確な証拠は出せないが、それはこの国の聖闘女が本物かを証明できないのと同じだ」


 二十年前から今の時代に復活したアムだ。その時代に生きていた者でなければアムが本物だってことをわかりはしない。


「そんで、その聖闘女さんはリリサ組のなに手を貸すんだ?」


「具体的にはまだ決まっていないが、全面戦争は回避したい。そして、聖闘女が悪しきことをしているのなら止めたいと思っている」


「全面戦争の回避ってことは俺たちブライザ組を止めるために来たってことか」


「止めたいとは思っているが、馬車でも言ったように今日はただの観光だ」


 輝くアムの目から伝わるモノからは嘘偽りは感じられないようだが、その話の内容が信じられないことばかりなので戸惑っている。


「ホントにあんたがハーバンに勝ったのかねぇ」


 これも疑わしい部分だろう。普段は内包する陰力を極力外部に漏らさないようにしているため、アムから感じるモノは一般の女性のそれである。凛とした雰囲気はあるが、それはどちらかというと巫女の気品であり、闘士が醸し出す達人のよう鋭さではない。


 長話でお茶と茶菓子が無くなったアムは、カップを一瞥してからこう言った。


「わたしの話はこのお茶の価値があったかな?」


 催促とも取れる自信に満ちた言葉だったが、あちらさんの基準としてはどう判断されただろう。


「困ったもんだ。信じてやりたいところではあるが、あんたが聖闘女を名乗ることがな」


 困ったようにこめかみを押さえて眉を寄せる。


「ブライザは聖闘女のことになると……」


 そこまで言いかけたとき、


 ガチャ


 扉のノブが回されてメイドに連れられてハーバンが現れた。


「ハーバン」


「よう、お嬢さん方」


 その後ろにはリリサさんもいた。


「リリサさんまで。どうしたんですか?」


「あなたたちの身元引受人としてお迎えに来ました」


「聖闘女の名を出されたんだ。話を聞いただけで、はいそうですかって帰せないからな。リリサ組に連絡をして確認してみた。まさか組の頭首が自らやってくるとは思わなかったよ」


 目をギラつかせながら視線を交わすグリーティとハーバン。その行為はふたりがただならぬ関係なのだろうと感じさせる。


「ブライザに乗せられて武闘派気取ってるが、もういい歳なんだからそろそろ隠居しろ」


「これでもおれはブライザ組一番の穏健派だぞ。お前こそ荒くれ者のくせに紳士を気取るなよ。リリサさんに幻滅されないように我慢してるんだろうが、そのうちストレスで大失敗するぜ」


 見上げるグリーティ、見おろすハーバン。火花を散らすふたりのあいだにリリサさんが割って入る。


「兄弟喧嘩は今日はなしよ」


「え?」


「「ふんっ!」」


 そっぽを向きあうふたりは兄弟だった。


「ブライザの考えは分からないでもありませんが、やはり私は戦争に賛成できません。まともに激突すれば勝っても負けても多くの死傷者が出ることはあきらかです」

「だが、もうそうも言ってられん状況だ」


「まだフォーレスが進軍してくることが確定したわけじゃない! それにそこの聖闘女のお嬢さんの協力を得た。少し時間は必要だがあの聖霊仙人の力添えも期待できる!」


 痛々しく包帯の巻かれた腕でテーブルを叩きながら声を荒げるハーバンをなだめてリリサさんはグリーティに言った。


「ブライザに話があるのだけど居ないのかしら?」


「ブライザは今忙しくてな。毎日のように朝から晩まで駆け回ってるんだ」


「そう、明後日の定例会までに伝えておきたかったのだけど」


「悪いね。明日の昼までは帰って来ないと思うぜ。良ければ伝言しておくけど」


「いえ、詳細に伝えないといけないことだし資料も持ってきてないから、また後日にしておくわ」


 アムを一瞥しながらグリーティにそう伝えてハーバンの脇腹を軽く小突いた。


「さぁアムサリアさん、ラグナ君、戻りましょう。観光の続きはまた明日にでも私たちが連れていきますから」


 立ち上がるアムに続いて俺も腰を上げる。


「では失礼させていただきますね」


 優しく丁寧に頭を下げる彼女のあとに付いて扉をくぐり屋敷を出ると、外は日が傾き始めていた。吹く風は少しだけ冷たい秋の色を示し、俺の頬をなでる。この秋の様相は今後の明るい未来を連想させるには至らなかった。

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