歴史 2

「大昔のことだが、この国は一度滅ぼされている。当時の国名はヌスト。大盗賊国家なんて揶揄されるほどの欲深い国だった。その頃は聖都にくみさない完全独立国家で、周辺地域を今とは違うカタチで支配していた。そして、どでかい国力を持ったことで、東の地に広がる四大王国と聖都の国土をも手に入れようと動き出した」


 この辺りの話はウォーラルンドでダイナーさんの奥さんであるワイフルさんに聞いたことだ。


「とうぜん東の関所もなくて行き放題だったから、まずそのすぐ先にある四大王国のひとつイストラゴンを手中に収めようとした」


「四大王国を? さすがに大きすぎる相手だろう」


 アムの絶対無謀だという言葉に、


「いや、いい勝負をしていたらしい。かなり優勢で落とせると思える手応えはあったと伝えられている。だが負けた。軍の大半が出払った隙を突かれて攻め込まれたらしい」


「ほほう、それは少数精鋭の別働部隊か?」


 ハーバンは首を横に振ったが、言葉では肯定した。


「少数には違いねぇな。軍は出払っていてもヌスト王の側近たちは残っていたし、一個師団近い戦力は防衛のために配されていた。それらを蹴散らして国を潰したのはひと組の男女だって話しだ」


「たったのふたりで一個師団と王の側近を!」


「その男女ってのが魔女に滅ぼされた旧国ラドムドを現在のフォーレス王国として再建させた者と言われている」


 ワイフルさんに聞いた話しだと、ヌストを潰したのが聖闘女だということだった。そうなるとそこには齟齬そごが発生する。


「ヌストはイストラゴンの他にラドムド王国も手に入れようとしていた。だが、イストラゴンとの闘いを優先していたし、小国のラドムドは魔女とも戦っていたこともあって、片手間で攻める程度だったんだ。さっきも言った通りに一気にイストラゴンを落とそうと戦力を投入して王都がガラ空きになったとき、乗り込んできたふたりの闘士によって、大盗賊国家の時代は終焉した」


 そのふたりとはいったい何者なのか?


「その知らせを聞いた部隊は大混乱。国を落とすほどの戦力が背後から攻めてきて挟み打ちになれば逃げ場がない。パニックになって士気は下がり一気に巻き返された。命からがら逃げ帰ってみると王も大臣も精鋭部隊も、商人も農夫も、皆殺しだったらしい」


「それはもう戦争ではないな」


 他国との戦争と無縁だった俺は、アムが言っている意味がわからなかった。だが、ハーバンはうなずく。


「非戦闘員の民衆をも殺すのはただの虐殺だ。それがたったのふたりでおこなわれた」


 と、いうことだった。


「もともと武力だけで頭の無いゴロツキのような者ばかりの集まりだったから。人をまとめあげて立て直すなんてことはできず、生き残った兵の多くは別の国や街に逃げていき、もう国とは呼べないような残党だけが残った」


 そして、ようやく俺たちが聞きたかった話へとたどり着く。


「敗戦により国家としての力を無くした残党の盗賊団は、ラドムド王国のひとりの闘士によって完全に潰されたってことだ」


 ここまで話し切ったハーバンがふっとひと息ついたとき、アムがひと言添える。


「その者か、さきほど出てきたふたりの男女のどちらかが、聖闘女というわけか」


 アムのつぶやきにハーバンたちが一瞬だけ異常な反応をした。すぐにその空気はゆるんだが、殺気とも取れる強い反応。それをアムが見逃すはずはないのだが、彼女は変わらず姿勢を正して座っている。


「聖闘女のその後を追って来てみれば、とんでもない事態にでくわしたもんだ」


 この言葉に対しての反応は顕著だった。殺気こそなかったが、あきらかに警戒した空気に変わってしまった。


 ふぅとひと息ついたアム。そのアムにハーバンはあきらかに無理をしているであろう柔らかな口調で質問する。


「お嬢さんはこの国の歴史ではなく、聖闘女が気になっているのか? イーステンド出身とはいえそんな昔のことを調べるために旅を?」


 この質問が彼らがあかせない話しの核心に繋がっていくとは、このときは誰も気が付かない。


 俺とアムは目を合わせた。


「言っても問題なかろう?」


「隠す意味はないけど……」


 ただ、この空気の中ではこちらも警戒せずにはいられない。だが、リンカーはアムが掴んでいるため俺は丸腰だ。少しばかりの迷いの中で、アムはハーバンの質問に答えた。


「わたしたちは聖都への旅の途中なんだ」


「聖都だって!」


 先ほどよりも大きく空気が変わったのがわかった。


「なぜ……聖都に?」


「初代聖闘女がまだ生きていて聖都に居ると聞いたんだ」


 この場の緊迫感がグングン上がっていく。


「その途中でウォーラルンドに立ち寄ったところ、フォーレスの建国やヌストの滅亡の一端に聖闘女が絡んでいるらしいという話を聞いてね」


 ヒリつく視線はもはや彼らの心情を隠せてはいない。


「同じ聖闘女として興味を持ったというわけさ」


 ガダダン


 全員が椅子をひっくり返して立ちあがる。そして、その目には明らかな敵意を浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る