妖魔

  「静かだな」


  俺もアムと同じことを思った。街の最外周の場所だが、最大級の魔導災害とみなして注意を払いながら三人並んで歩く。五十メートルほど進んだところでタカさんが足を止めた。


  「封印の力がない」


  街に踏み入れて感じたことは『特別な異常はない』といったものだった。何も知らなければそれが普通なのだろうけど、だからこそおかしいというのがタカさんの感想だ。


  この街の壁は聖霊仙人のハム=ボンレット=ヤーンが魔女と妖魔を囲い込むために大地の精霊を使役して作ったものだという。外界と隔絶する特殊な力があるのだそうだ。


  「おかしい。街の中心部には大きな力を感じるのに、この辺りには妖魔の力も聖霊仙人の力も感じない。封印を跳ねのけようと魔女の力があそこに集中しているのかもしれない。やはり封印は失敗したんだろう。不完全な封印法術陣では完全に抑えきれず力が拮抗しているように感じる」


  もっと異様な状況を想像していただけに、この静かな感じが逆に不安にさせる。


  「タカ殿急ぎましょう」


  俺たちは街の中心部に向かって走った。


 街門の先にはすぐにたくましい獣人と妖精らしき大きな石のオブジェが飾られた広場があり、そこから正面と左右の道に【闘士団宿舎】という看板ある。正面の通りを駆け抜け、続く住宅地に着くと街の人が心配そうに街の中心部の塔の方角を見ていた。


  「みなさん、現在の状況がわかりません。安全確保のために家に入って下さい」


  タカさんは人々に呼びかける。


  住宅地を抜けると今度は商店街が続いていた。


  街門からかなりの速度で走ること15分。少し息を弾ませるタカさんと俺だが、アムサリアとグラチェは平然と走っている。


  「この商店街の先が中心部までの中間地点だ。もうすぐ突き当りの壁にぶつかる」


  道の先にはおよそ五メートルほどの高さの格子状の壁が横に伸びていた。壁沿いを走り壁に作られた門を開けてその先に飛び込むと、俺たちは全員同時に足を止める。壁を抜けたところでガラリと空気が変わったのだ。


  夕暮れを迎え太陽が沈みかけた薄暗がりが一気に夜を迎えたようなそんな感覚だった。


  今まで何も感じなかったが壁を越えたここからは明らかに違いがある。それは地面からは暗く重い邪悪な念が一枚の薄氷の下でうごめく危うさを感じさせる。


  足を止めたグラチェは全身の毛を逆立てて低く身構えた。


  「闘いの気配がいくつかあるな」


  壁を越えてから状況が一変したところをみると、この壁も街壁と同じように聖霊仙人に作られた特殊なものなのだろう。


  「ここまで濃密な陰力が漂っているということはおそらく妖魔が湧いているんだろう」


  「妖魔ってどういった奴なんですか?」


  街に伝わる昔話に妖魔という名が出てくるが、どういった者なのか実態がつかめない。


  「妖魔ってのはこの地に漂う負の念に魔女が力を与えて使役する兵隊だ。半実半霊な存在で闘い方にコツがいる。存在が安定しなくなる程度に斬り散らせばいいのだが、ひと斬りで倒すには法技や闘技の力が必要……」


  そう話すタカさんの後ろに黒いモヤが収束する。


  感じ取ったタカさんは逃げるようにその場を離れ、俺も一歩引いて腰の剣に手を伸ばした。


  「こいつが妖魔だ!」


  アムは逆にその妖魔に向かって一歩踏み込み実体化した妖魔を両断していた。


  「両断してもまたすぐに収束して復活するっ?!」


  タカさんはそこまで叫んだところで言葉を切る。


  アムに両断された妖魔は剣戟の一閃で掻き消えた。


  「イーステンドの英雄には心配無用だったな」


  アムが繰り出すリンカーの一振りは法技に匹敵するということだ。


  『ちょれぇんだよ。妖魔なんざおれ様が全て切り刻んでやらぁ!』


  「お前じゃなくてアムがな」


  「ん、なにか言ったか?」


  「いえ、独り言です」


  タカさんには適当に誤魔化して辺りをひと通り見回し警戒する。


  「この地区の住民は、魔女が封印された当初から住んでいる者たちがほとんどだから、それなりの戦闘能力を持っている者が多い。手助けしつつ壁向こうまで誘導してくれ」


 俺とアムはうなづいて住民の誘導に加勢した。

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