森の妖精
起き上がって周りを見渡すと守護獣だけは辛うじて耐えたようだが、怯えたように低く伏せて動かない。
「おいアム、いくらなんでもゴーラの法文はやり過ぎなんじゃないのか?」
ゴーラは法術に陰力属性を付与する法文で、肉体に対してだけでなく心や魂にも影響を与える。
「とうぜん加減はしたさ。だが、これでしばらくは動けないだろう」
肉体的にダメージを与えて戦闘不能にするよりは陰力に当てられて戦闘不能にした方が手っ取り早くて被害が少ないということなのだろう。それでも傭兵や兵士たちのダメージは少なくない。
「ラグナすまないがこの者たちの治療を頼む」
今闘って傷を負わせた相手の治療をするとはなんとも複雑な心境だ。悪しき者ではないにしても俺たちを殺そうとした連中には違いないのに。
あのとき叫んでたい『魔女の使徒』とはいったいどういうことなのだろうかと考えながらひと通り治療を終えたとき。
「……聞こえますか……」
何か声が聞こえた。
「ん? アム。なんか言った?」
何か聞こえた気がした。
「いや、わたしは何も」
辺りを見渡すが姿は見えない。
「気のせいだろう」
「……そうだな」
「さっ、早くここから立ち去ろう」
「ま、待つのです。この先はとても危険です」
今度はさっきよりハッキリとした声が聞こえた。透き通るような少女を思わせる声が耳に届く。
「誰だ?」
俺はもう一度辺りを見渡して問いかけた。
「私はこの森の妖精です。……あなた方の心に直接語りかています」
「え? 心に……」
森の四方から聞こえる声に妙な違和感を感じてアムの顔を見ると、苦笑いしたアムが側方の草むらを指さした。その指さす方向を見ると草むらの隙間に金色の髪が見える。
「旅人よ、ここから先に進んではなりません。今ウォーラルンドの街は大きな災厄に見舞われていて大変危険な状態なのです」
俺たちが向かっているウォーラルンドで何かが起こっていると警告する者が、俺たちのそばの草むらから語りかけている。心に?
「いったい何が起こっているというのだ?」
アムはどこにいるのか分からないかのように大きな声で叫んで返した。
「魔女です。その昔、封印された魔女が今まさに復活しようとしています」
魔女。ここにいる連中が『魔女の使徒』と言って俺たちを襲ってきた。そのことに関係しているのだろう。おじさんがわざわざ手紙と一緒に資料を送ってきたのはこのことからなのか。
「街の人間たちが全力で再封印しようとしていますが、あなたたちが風の陣を破壊したことで封印は不可能となりました」
「あっ」
俺は破壊された祠と気を失い倒れている法術士を見やった。
「街の上空を御覧なさい」
街の方角、林道の木々の隙間に、夕暮れの近い空で光るものが見えた。何かの法術陣が上空に描かれていて、よく目を凝らすと一部が欠けているように見える。
不可抗力とは言えとんでもないことをしてしまったと思いアムの顔を見ると、アムも気まずそうな顔で俺を見た。
そんな俺たちに思いがけない言葉がかけられた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
その言葉にアムからピリッとした緊張感が伝わってきた。
「どういうことだ?」
アムはさきほど納めたリンカーの柄へとゆっくりと手を伸ばす。
「おまえが魔女の使徒か?!」
俺も草むらの影に隠れる何者かの方にを向き警戒する。
「誤解しないでください。私は魔女の使徒ではありません。ただ、魔女を再封印しても恐らく数年と経たずにに封印は破られるでしょう。そして、魔女が復活するよりもっと恐ろしいことがおこります」
森の妖精と名乗る者はさっきよりも少しだけ低いトーンでそう語った。
「再封印は魔女による災厄を先送りにするだけでなく、より大きな災厄を生み出すことになるのです」
俺は、おそらくアムも破壊魔獣エイザーグによって苦しんだ自国のことを思い出していた。
「私たちは再封印をするよりも今の魔女をなんとかすることを選びましたが、人間たちは私たちを見て呪われた魔女の使徒だと言って話を聞いてくれません。ですが土壇場であなた方が祠を破壊し封印法術陣を阻止したことで再封印を防ぐことができたのです」
「今の話しが本当だったとして、どうやってその恐ろしい魔女を倒すというのだ?」
アムの質問に対して少し間を置いてから森の妖精は答えた。
「……命を懸けます」
具体的な内容ではなかったが、その言葉には強い意志が感じられた。
「命が惜しければ街に近づくのはやめて引き返してください。街に行けば呪いの影響を受けてしまう可能性もあります」
その声はだんだんと遠くなっていく。
「いいですね、絶対に街には行かないでください」
念を押す声はだんだんと小さくなり、草むらを縫うように走り去っていく小柄な体がチラチラと見え隠れしながら遠ざかっていった。そして、その後ろをさらに小さな何かが追いかけるように走って行く。
その様をしばし呆然と見つめる俺たち。
「今のはなんだったんだろうか?」
半信半疑ではあるが、魔女の件は気にはなる。心に話しかけていると言って草むらから(こっそり?)語った自称森の妖精の話は、今この場で襲われた事実とクレイバーさんの手紙にあった魔女の昔話と合わせて考えれば真実味はある。
「アム、どうする?」
判断できない俺はアムに今後の方針を丸投げする。
「どうするも何もわたしは元とはいえ聖闘女の名を冠された者だ。困っている人がいるならそれを見て見ぬふりをして通り過ぎるわけにはいかないさ」
『そうだぜ、おれたちでその魔女って奴をぶち倒してやろうぜ!』
聞くまでもないわかり切った回答のアムと、無駄に高いテンションでやる気をあらわにするリンカーに、俺も覚悟を決めざるを得なかった。
俺たちは、なぜ襲われたのかということもよくわからないままに、鼻息荒く魔女退治を決意して街を目指し、再び林道を進んでいった。
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