大団円

 俺とクレイバーさんにリナさん、そして天使シルンの四人が馬車のソファーでぐったりとし、グラチェも床でスースーと寝息をたてる中で、一番苦労したはずのアムがなぜか元気だった。


 博物館に戻るとフェンドさんと一緒にお父さんとお母さんが待っていた。


 陰獣たちは数時間前に忽然と消えたということだ。蒼天至光そうてんしこうから邪念が消え、漏れ出す陰力もなくなったからだろう。


 ようやくアムサリアと再会を果たしたお父さんとお母さんは、涙で目をうるませながらアムとガッチリと抱き合っていた。だが、そんなお父さんの姿を見るとなんとも複雑な気分だったが、この感動の再会に水を差すほど空気が読めないわけではないので、俺はぐっとこらえる。


 天使シルンの思惑に見事に利用された俺たちではあったが、奇跡を引き寄せるみんなの頑張りもあって掛け替えのないモノが戻ってきた。


 アムの強い英雄願望から始まり、俺とリンカーが生まれ、闘いの中で一時的にすべてが失われたものの、こうしてまた取り戻すことができたのだ。シルンには腹立たしい感情があるが、冷静に考えればそのシルンさえも聖都の支配者に利用された被害者のひとりである。それらをかんがみるに、この結果はアムの願いがあってこその不幸中の幸いの極致だろう。


 その後、俺たちはクレイバーさんの別邸にて二日間療養していた。その間シルンはほとんどの時間眠り、わずかな時間だけ活動していたが、変わらず丁寧な上からの命令口調であれこれ要求してはまた眠ることを繰り返した。


 俺はその二日で完調したので、寝っぱなしのシルンの御守おもりをリナさんに頼み、クレイバーさんと俺の両親とそろってイーステンド王宮にこの数日のいきさつを説明しに行った。


 ここでもアムとの再会を喜んだ元キダム王と元王子で現キダム王が熱い抱擁を交わすのをもやもやした気分で見る羽目になる。


 聖闘女の帰還を祝して急遽王宮でパーティーの開催が決まり、国中からアムサリアに会いに人々が集まった。教団の巫女や巫女だった人たちはアムサリアとの再会を大いに喜び涙していた。


「すげぇ人気だな。偽りだなんて気に病んでたけど、やっぱり本物の英雄じゃないか」


 アムの周りには人が絶えず、移動するたびに笑顔と涙の再会が繰り返されていた。


「当たり前だ。なんてったっておれの相棒だからな。あいつは人々のことを本気で想い、本気で闘っていたんだ。慕われて当然だろ」


 俺の背中に背負われた奇跡の闘刃が誇らしげにそう話した。そして、一時間が経ったころ、ようやくアムが戻ってくる。


「この人数の人々と再会の挨拶を交わすのは闘うより疲れる。元々人と接するのは得意な方じゃないのでね。少々休憩させてもらうことにするよ」


 嬉しそうな顔でそう告げると、警備団に制された人々に手を振って奥の部屋へと向かった。


「アムー!」


 女性の声が響き、アムは足を止める。


 振り向いてアムが見た先には長い黒髪を後ろで束ねたお母さんに近い年代の綺麗な女性が血相変えて手を振っている。そして、俺はその人をよく知っていた。


「ハリゥ先生?」


 ハリゥ=サンシャン。俺の通っていた学校の先生だ。家も結構近いので、たまにお母さんが焼いたパンをおすそ分けに行くこともある。


 ハリゥ先生は警備団員に抑えられながらも手を振り叫んでいる。元気一杯な人だけど普段穏やかな先生とは随分違う印象だった。物凄いアムのファンだったのだろう。


「先生!」


 俺は先生に向かって手を振った。


「ラグナ君!」


 俺に気が付き驚いたように目を見開く。俺がこうしてアムの近くに立っているのだから当然の反応だろう。


「なぁアム、あの人は俺が学生だった時の恩師なんだ。俺に免じて応えてやってくれないか?」


 と言いかけたときには、アムは走り出して警備員を蹴散らし、ハリゥ先生に飛びついていた。


「なっ……」


 今度は俺が驚いた。


「ハル! 元気にしていたか」


「アム、生きていたのね。良かった、本当に良かった」


「あはははは、半分死んでいたのと変わらなかったがな」


 ふたりは強く抱き合いその再開に涙している。しばし抱き合っていたふたりが、今度は目を合わせ言葉を交わす。


「あなたはあのときのままなのね。まるで時が止まっていたみたい」


「そうだな、わたしはずっと眠っていたんだ。そのことをゆっくり話したいよ」


 いや、その話は超極秘事項だろ、と心で突っ込んだ。


「ここではなんだから一緒に控え室に行こう。ちょうど休憩するところだったんだ」


 アムはハリゥ先生の腕を引いて足早に控え室へと歩き始めた。


「さぁラグナも行こう」


「お、おう」


 俺と先生はお互いを不思議そうに見て一緒に控え室へと入った。



   ***



 控室へでハリゥ先生に話されたこれまでのこと。その中で二回大きな絶叫があった。


「先生がアムの親友のハル?」


「アムが着てた鎧が生まれ変わってラグナ君になった?」


 これが絶叫の理由だ。それに対してアムはゆるやかに落ち着いて説明していた。


「うむ、ハリゥは言いづらいからな、わたしはハルと呼んでいたんだ」


「そんな名前の呼び方がどうの言ってる場合じゃないでしょ。鎧が人間にってどれだけとんでもないことだと思ってるの?」


 よくよく考えればこの驚きは当然の反応だ。この数日は怒涛の展開だったし、自分が元奇跡の鎧であったなんて正直信じられない。


「俺もそれを知ったのは三日前のことなんです。色々あって記憶が戻ったというかなんというか……」


「その色々をしっかり聞かせなさいよ」


「え、あ、それが、その……、キダム国王から聖闘女の絡むこの件については関係者以外には他言無用だと」


「なら私は関係者ね」


 俺が最後まで言い切らないうちに早口で言葉を重ねた。


「当時私は唯一、偽りの英雄の秘密を知っていた側付そばづき兼、お目付け役兼、幼馴染兼、大親友なのよ。だから『聖闘女が絡むこの件』の条件に当てはまるわ」


「その通りだ」


 アムもうんうんとうなずくと、これまでの経緯を二十分以上かけて詳細に話した。その間先生は目を爛爛と輝かせ、適宜質問と俺のツッコミを織り交ぜながら聞いていた。


 話しが終わると先生はお茶をゴクゴクと飲み干してひと息つく。


「奇跡って起こるのね」


 と、ひと言感想を述べた。


「しかし、任意で起こせる奇跡など意味はない。正しい心と努力の上にあってこそ、ありがたみがあるってものだ。この世界に蒼天至光そうてんしこうなんてものは必要ない」


「そうね、そんな物があったから不幸が起こったわけだしね。でも……」


 そこで先生はニコリと笑う。


「そのおかげで今のラグナ君が生まれて来たわけだから、不幸の中にも幸いはあるものだわ。過去の不幸を悲しんでばかりいないで、今の幸せを噛み締めましょう」


 アムと再会して妙にテンションの高かった先生が、いつもの調子に戻って先生らしく話をまとめた。


 俺とアムの話が終わったところで、今度は先生について聞いてみた。


「ねぇ、先生が元教団の巫女だとは聞いてたけど、アムと闘女を目指して競ってた友人だったなんてこと話してくれたことなかったじゃん。田舎の学校の先生じゃなくて教団で司祭や神官や宣教師なんて役職の道もあったんじゃないの?」


 そう話を振ると、先生とアムは微妙な表情で顔を見合わせてから苦笑いを見せた。


「私はね、闘女にはならなかったの」


 先生は少し遠い目をして語った。


「アムの誕生祭のときに間近でエイザーグと対面して、その圧倒的な恐怖に私は心が負けてしまった。特別な力を持っているわけじゃない闘女に成りたてのアムが、生死の狭間でエイザーグと闘っていたのに、足がすくんで動けないならまだしも、後方支援もせずに親友のアムを置いて大聖堂から一目散に逃げたのよ」


「しかし、それはわたしがハルに逃げろと言ったわけだから」


 ハリゥ先生は首を横に振った。


「いいえ、あなたの言葉を聞いてあの場を去ったんじゃないことは自分が一番よくわかってる。大怪我して治療ちりょうを受けているあなたに会いに行ったときにひどく後悔したわ。なのにエイザーグと闘う闘志も湧いてこなくて、このままアムのそばにはいられないと思った。だから私は王都を離れて都外の教会に移ったの」


「目が覚めたときには手紙だけを残してハルはもう王都を離れていた。さびしかったがときおり送られてくる手紙を楽しみにしていたよ。二十年経った今となっては手紙の行方はわからなくなってしまったがな……」


「私も町がデンジュラウルフの群に襲われたときに紛失しちゃったわ」


 悲しげなふたり。そんなふたりのことを思い、


「……その手紙だけどさ、平和博物館で展示公開されてるから安心……」


「なんだってっ!」


「なんですって!」


 しんみりしてしまった空気を少し変えようと、良かれと思って言った言葉にふたりは叫び声を上げ、アムが俺の胸ぐらを掴み激しく前後にユサユサと振り回す。


「展示公開だと! 安心できるわけなかろう。一体どこにあるんだ?」


「ほら、あの夜閉館後に館内を回ったときは、奇跡の鎧を見るために途中の階を飛ばして三階に直接上がったろ? 手紙は二階の奥の方でアムの交友関係の……」


 そこまで言うとアムは「クレイバーめ!」と叫んで部屋を飛び出して行った。


 首をおさえてコキコキほぐしている俺に先生が頭を下げた。


「ありがとう、アムを護ってくれて」


「護ったって言ってもそれはラディアだった俺であって今の俺じゃないから」


 と、自分で言うのもおかしなことを返してしまった。


「それから、アムを助けてくれてありがとう。あなたのおかげでこうしてアムとまた会うことができたわ」


「助けになっていたのか正直なところ分からないよ。最後はアムの力ですべてを片付けたんだから」


「そこに至るにはあなたの力があってこそなんだから、どんなに小さな助力でも卑下ひげする必要はないわ。私は逃げてしまった自分の行動に後悔するあまり、アムのそばにいるという彼女が求める自分の役割すらも放棄してしまった。そのことの方がよっぽど彼女を悲しませることになったのに。でも、その代わりをラグナ君がしてくれていたみたいで、そういう意味でも感謝してる」


 微笑む先生に「うん、アムのそばには俺がいるよ」と勇ましく応えた。


 そばにいる。ラディアが強く望んだことだ。鎧として彼女を助力し護るのではなく、人として彼女の横に立ち並び、彼女と一緒に闘い護ることが望みだったけど、その闘いが終わった今、今後どうなっていくのだろう? 


 トントン


「ラグナ君いる?」


 扉をノックしたのはリナさんだ。


「はーい」


 扉が開いた。


「あ、こんにちは」


 リナさんは先生に気付くと挨拶する。


「こんにちは。あなたはリナさんね、子どものころから何度か会ったことがあるわね」


「はい、ラグナ君の学校の先生でしたよね?」


 そう言ってリナさんは、その先生がなんでここに? という顔をしたので俺が説明した。


「ハリゥ先生は元教団の巫女でアムの親友だったんだ。博物館に展示してあるアムの親友との手紙のやり取りの相手のハルが、ハリゥ先生だったんだよ」


「まぁ、先生がアムサリアの手紙の相手だったの?」


「そうなの、その手紙が博物館で公開されてるって聞いて恥ずかしいったらないわ。私は有名人じゃないし本名じゃなかったからまだ良かったけどね」


 それを聞いてリナさんは思い出したように慌てだした。


「そうそう! そのことで呼びに来たのよ。アムサリアが手紙の展示の件でおじさまに食ってかかって大騒ぎしてるの。ラグナ君も一緒に止めて。ハリゥ先生もお願い」


 きっと聖闘女としての品位を欠くような事態になっているのだろう。アムはそういった対応にかんしてはわりと子どもっぽい。


「わかった、行こう」


 騒動を鎮圧し、その後冷静な話し合いがおこなわれ、アムが起こした個人的な珍事の収拾を以って、二十数年に及んだエイザーグとの闘いの物語は大団円で幕を閉じた。

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