偽りの英雄 聖闘女アムサリア

推測

　地下から上がってきた俺たちはクレイバーさんの部屋に向かった。グラチェと呼ばれる牙獣（がじゅう）も俺たちのあとをシトシトと歩いて付いて来る。

　クレイバーさんは怪我をしている所員を博物館に退避していた仲間に預けて医術院へと運ばせ、残りの者には研究所で起こった惨劇の対処を頼んでいた。

　部屋に到着した俺はまず風呂に入るように言われ、全身の痛みに耐えつつもどうにかそれを済ませた。クレイバーさんが容易してくれた服を着て部屋に戻ってくるとリナさんに手を貸してもらってベッドに寝かされた。

　自宅の俺のベッドより高級なだけあって、横になるだけで痛みを緩和させてくれる。

　アムサリアが俺の足側に立つとグラチェはその横にやってきてちょこんと座った。霊体のアムサリアに懐（なつ）いているのが不可解だ。

　おじさんは上着を脱ぎ両手首になにかの法具を嵌（は）め、俺の近くに座って両手をかざして何事かの法術を使った。すると、薄っすらと光る手に四角い光の窓の様なモノが浮かび上がり、そのまま手を頭から足先まで移動させる。

　俺が不思議そうに見ていると、それに気付いたのか簡単に説明してくれた。

「両手首に付けている法具にあらかじめ四つずつ法術を錬成する回路が備わっている。心力を流すことで錬成がおこなわれ、自分の法術と合わせて様々な効果が発現されるのだ。この法具は体内を探るための物だ」

　上から下まで調べ、また上へと上がってくると、おじさんの表情は極めて険しくなっているのに気付き俺は少し不安になった。

「……打撲による内出血と左腕に亀裂骨折、筋組織断裂が少々あるが内臓には損傷はないし胸部の裂傷も浅い」

　その険しい表情とは対照的に体の状態は深刻ではないようで胸を撫（な）でおろした。

「良かった」

　リナさんもほっとした表情を見せる。

「イーエルス・ハヴィ・バーノン」

　クレイバーさんはそのまま治療（ちりょう）法術を唱えた。

「すり傷や切り傷と多少の打撲は五分もあれば塞（ふさ）がるだろう。リナ、お前は左腕の尺骨（しゃこつ）の治療（ちりょう）をしてあげなさい」

　おじさんに言われてリナさんは俺の隣に座って左腕を握った。

『今日はなんて嬉しい日なんだろうか』

　死ぬ思いをしたことなど吹っ飛んでしまう。そんな幸せな気分を感じて表情を緩ませている俺とは反対に、アムサリアの表情はクレイバーさんと同じく少し険しい。ふと横を見るとリナさんの表情も硬く見える。唯一グラチェだけはアムサリアの横で丸くなり、すぅすぅと寝息を立てていた。

「さて、なにから聞きたい？」

　そんなことに気が付いたときにクレイバーさんが問いかけてきた。俺はその問いかけに生唾を飲み込んで言った。

「おじさんに聞きたいのは……、なんでアムサリアが俺にしか見えないのか。そして、今まで見えなかった彼女がおじさんとリナさんには見える理由。ここに来たときリナさんには見えていなかったのに」

　俺が知りたい最大の疑問だ。それを知るためにおじさんに会いに来たのだから。

「これから話すことは推測が含まれていることは理解してくれ」

　俺は力強くうなずいた。

「まずラグナにしか見えないということについてだが、それは彼女がそこにいなかったせいだ」

　いきなり意味がわからない。

「アムはラグナの見えるその場所にいるのではない。お前にはそこにいるように見えていただけなのだろう」

　一度アムサリアに移した視線を再びおじさんに戻した。

「星幽体（せいゆうたい）、精神体……つまり、アムの心といったモノがなにかしらの理由によりお前と共にあったんだ」

「心？」

「そう、今までラグナが認識していたのはラグナの心の中にあったアムの心だ」

「俺の心の中にあったって……」

「リナに言われたんだろ？　重なってるって。アムサリアの心がお前の心と共にあったから、リナにはそういう感じに思えたのだろう」

「じゃぁなぜ今、アムサリアがふたりに見えるようになったの？」

　アムサリアの心が俺の心の中にあったということは突拍子もないことだが、いったいどうして？　それにどんな変化が？

「それは……」

　答えたのはクレイバーさんの横に立つアムサリア。

「キミが研究所でラディアに接触して気を失っただろ？　あのときに変化が起こったのさ」

　輝力を放っていた奇跡の鎧を運び出そうと触れたときに、俺もアムサリアも大きな衝撃に襲われた。俺には一瞬で大きななにかが流れ込んできたようなそんな感覚だった。

「お前が奇跡の鎧に触れたとき、アムは失っていた魂を得た……ようだ。それが心と結び付いたことで霊体となったのだろう」

　つまり、今までは霊体ではなかったということ。それがお父さんやお母さんには感じることができなかった理由。

「で、魂を得たってどういうこと？　どうして魂が……」

　謎が謎を呼ぶ。

「アムの心がラグナの中にあった理由はわからないが、心と言われる存在はそれ単体ではこの世界に長く維持できない。なにかエナジーを得るための依り代が必要となる。恐らくラグナからエナジーを得ていたのだろう」

「アムサリアの魂は今までどこにあったの？」

「恐らく魂は奇跡の鎧に保管されていたはずだ。これまで鎧を調査してわかったことは、鎧の中に霊体が眠っているということで、当然それはラディアだと思っていた。今までありとあらゆる方法で接続を試みたが明確な反応はしなかった。今日の今日までそれがアムだったなんて予想すらしていなかったよ」

　こう話すクレイバーさんの表情はこれまで見た中で一番困惑している。

「魂を得たことでアムは霊体となったが、その力は私が闘ったことがある闇の王国の霊王リックに近しいのではないかと思うほどだ」

「霊王リックって、夜にしか現れない国の王でしょ？　確か秘術を使って不老の半霊体になったとかってあれだよね？　おじさん、そんなのと闘ったことが……」

「研究の一環（いっかん）だ」

　この人の底はまったく見えない。

「その半霊体のリックの力に霊体で迫るアムサリアの存在感と力は類稀（たぐいまれ）なるモノだ。それはお前を助けた法術を思い出せばわかるだろ？」

「俺を助けた法術って？」

「あの邪念獣の攻撃を弾き返したじゃないか」

　確かに法術障壁が俺を護ってくれた。

「あれはおじさんの法術障壁じゃなかったってこと？！」

「気が付いてなかったのか？　そうだ、あれは私ではない」

　そう話すおじさんの隣で難しい表情をしている彼女と目が合う。一瞬視線を交わしたあと、彼女はそっぽを向いて答えた。

「あのときわたしも必死だったから。まさか法術が使えるなんて思いもよらなかった」

　どんな表情で話しているのだろう？　照れているのか？　それともなにか気まずい？　その声色からは感情が読み取れない。説明するクレイバーさんの声もどこか力がこもっているように感じる。

「研究所に現れた邪念獣と消えた奇跡の鎧。私の長年の研究の一部は解明されたが、大きな軌道修正も必要になってしまったようだ」

　困惑の表情や妙に言葉に力がこもっていたのはそのせいか。と納得したところで、今クレイバーさんが言った言葉を巻き戻す。

「え？　今、消えた奇跡の鎧って」

　新たな謎を示す内容が、彼の口から発せられた。